悪役祓魔師は努力と原作知識で無双する~闇堕ちするライバルに転生したので破滅エンドを回避していたら、なぜかヒロインに好かれて日本の救世主になっていました~

須々木ウイ

第1話 闇堕ちライバルに転生

「冗談だろ……」


 仰向けに倒れたまま、ぼんやりと夜空を見つめる。


 折れた肋骨が内臓に刺さったのか、口から血が溢れて止まらない。

 全身を襲う激痛に加えて、なんだか寒気までしてきた。


 まさか自分がひき逃げに遭う日が来るなんて。

 バイトが終わって帰宅してただけなのに、轢かれるなんて理不尽すぎるだろ。


「救急車……何番だっけ……」


 ポケットからスマホを取り出したいけど、指が上手く動かない。

 視界がぼやけ始め、心臓の鼓動もどんどん弱くなっている。


 もうすぐ俺は死ぬんだろう。

 こういうとき漫画だと、走馬灯が見えたりするんだよな。


 俺の人生はどんなことがあったっけ。


 ……………………。


 ……何もないな。

 びっくりするぐらい薄っぺらい人生だ。


 学生時代は部活や勉強に打ち込んでいる同級生を、ずっと冷ややかな目で見てきた。


 凡人が努力したって、才能のある奴にはかなわない。

 世の中上には上がいるのに、何を必死になってるんだか。


 そんな感じだ。


 この悪癖は社会人になってからも続き、どんな仕事に就いても真剣になれなかった。


 だから同僚や上司に嫌われて、同じ職場に長くいられない。

 日雇いのバイトがメインになってからは、毎日不機嫌に起きて、半額弁当食べ、ソシャゲをやって寝る。


 あとは同じことを繰り返すだけ。

 人生の履歴書があるなら、俺のは空欄ばかりだ。



 ……こんなことなら、もっと真剣に生きればよかった。

 上手くいかなくても馬鹿にされても、何かに打ち込めばよかった。


 全部が手遅れになってから気づくなんて、俺は大馬鹿野郎だ。


 ああ……痛い……寒い……。

 目が霞んで何も見えなくなる。


 やがて俺の意識は闇の中に、深く深く沈んでいった。





 ◇ ◇ ◇ ◇





 まぶたの外に光を感じ、俺は目を覚ました。

 ぼんやりとしていた意識が覚醒し、仰向けの状態から身体を起こす。


 あれほど苦しかった激痛は、きれいさっぱり消えていた。


 口から吐血もしていないし、肋骨が折れている感触もない。

 あのあとすぐ救急車が来て、病院で適切な治療を受けられたんだろうか。


 どんな理由があるにしても、本当によかった……。

 生きていられることへの安堵と感謝で胸がいっぱいになる。


 医学の進歩に五体投地で感謝を捧げたい気分だ。

 だが周囲を見る余裕ができると、そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。


「ん? ……ここはどこだ?」


 俺が寝ていたのは病院のベッドではなく、高級そうな絨毯の上だったのだ。


 しかも今いる場所は一階のエントランスホールらしく、見回せばいくつも部屋があり、大きな階段が二階へと続いている。


 これって洋館の中だよな?

 こんな場所、推理ドラマくらいでしか見たことないぞ。


 まったく状況がわからず、頭の中が疑問符で埋め尽くされていく


 その時、人の近づく気配がして、まだ幼さが残る女性の声が聞こえてきた。


「お兄さま。どうなされたのですか?」

「え?」


 声のする方に顔を向けると、黒髪ロングの美少女が俺の顔をのぞき込んでいた。

 蒼く澄んだ瞳は長いまつ毛で彩られ、見ているだけで吸い込まれそうになる。

 身体つきはほっそりとしていて、年は中学生くらいに見えた。


 ここが自宅なのか、もこもこしたピンクのルームウェアを着ている。


 ただよくわからないのは、彼女が俺のことを「お兄さま」と呼んだことだ。

 両親に隠し子でもいない限り、俺は一人っ子のはずなんだが。


「床でお休みになるんて、疲れが溜まっているのですか? かすみはとても心配です」

「えっと、君は霞さんっていうのかな?」

「? 霞は霞です。お兄さま……妹のことをお忘れなのですか? もしや術式による記憶操作!?」

「じょ、冗談だ。血のつながった妹を忘れるわけないだろ。まだ寝ぼけてるみたいだから顔を洗ってくるよ」


 強引に会話を切り上げて、妹を名乗る少女から離れる。

 今の顔どこかで見た気がするんだけど……いやまさかな。


 頭の中に浮かんだのは、荒唐無稽な妄想だった。

 ここは物語の世界で、自分が登場人物の一人になっているという妄想。


「だって、そんな……あり得ないだろ。中二病じゃあるまいし」


 でも、それが頭から離れない。


 俺は本当に俺なのか?

 不安に急かされるように、気づいたら走っていた。


 ドアをいくつも開けて、洗面所に駆け込む。

 そこで鏡を見た俺は、理解してしまった。


 妄想が現実だってことを。


二神霧矢ふたがみきりやだ……」


 俺の顔は『月光戦記』というライトノベルに登場する、闇堕ちキャラ『二神霧矢』になっていたのだ。


 髪の毛はサラサラで、瞳は切れ長のイケメンになっている。

 よく見れば身長も180センチ近い長身になっている。


 前の俺は160もなかったのに。


 たしかに中学時代よく読んでいたラノベだけど、作中の登場人物に転生してるなんて……。


 神様、俺をからかっているんですか?


「落ち着け。冷静になろう」


 洗面台でバシャバシャと顔を洗い、頭を冷やす。

 わけのわからない状況だけど、パニクったら余計に事態が悪化しそうだ。


 月光戦記の内容を思い出して、起こっている事態を把握しよう。


 ……。

 …………。

 ………………。



 ────状況を整理すると、つまりこういうことらしい。



 俺の名前は二神霧矢。


 ここは〈業魔〉と呼ばれる怪物と戦う〈祓魔師〉の学生たちを書いた学園ライトノベルの世界だ。


 俺は主人公のライバルになる、性格最悪のいけ好かないイケメンポジション。

 家族は父親と妹、母親は霧矢が五歳の時に亡くなっている。


 二神家は祓魔師の中でもエリートの家系で、国から依頼されて任務を受けることも多いそうだ。


 霧矢も幼少期から厳しい訓練を受け、国を背負う祓魔師を目指していた。

 しかし学園に入学後、一般家系から祓魔師になった主人公に決闘で敗北。


 今までどんな相手にも負けなかったプライドを、粉々に粉砕されてしまう。

 運命が狂い始めるのはここからだ。


 主人公に勝つために力を追い求める霧矢は、敵である業魔の誘惑に乗って、他者の命を奪い魔力を吸収する禁断の術式に手を染めてしまう。


 人間を裏切った霧矢は父親と妹を殺し、二人の魔力すらも吸収して、世界で最強の祓魔師に至ろうとする。


 そして、日本中の人間から魔力を吸い上げるために、業魔たちと共謀して大規模なテロを引き起こすのだ。


 だが最終的には主人公と仲間たちに計画を阻止され、化け物に変身してまで逆襲しようとするが、フルボッコにされて無様に爆散する。


 その様子はあらゆるメディアで放送され、世界最悪の祓魔師として歴史に名を残すのだった。


 あまり転落っぷりに、読者の間では『初登場がピークの男』『逆張りが発生しない唯一の存在』『凡骨のブーメラン』『生き恥』など、散々な評価をもらっている。


 顔だけはいいし、作中のモブ女性キャラにもよくモテるので、そこも嫌われる要素になっているみたいだ。



 ──こうやって思い出してみると、作者のサンドバッグかと思うくらい最悪のキャラだな。


 こんな奴に俺は転生したのか……。

 なんかもう、すでに絶望的な気分だ。


 エリート家系だから祓魔師になるのは決定済みだし、逃げたところでこの世界は業魔なんて化け物が蔓延る、治安最悪のダークファンタジーだ。



 それに自分が二神霧矢だと自覚したことで、霧矢の思考や記憶を知ってしまった。


 いまは抑えられているけど、自分の意思とは無関係に傲慢な振る舞いをしたい衝動だってある。


 わかったのは、こいつのプライドが怪物のように肥大化していることだ。

 二神家に生まれた自分が負けるなんて想像もしていない。


 やがて日本最強……いや世界最強の祓魔師になる確信すら持っているみたいだ。まったく、どこからその自信が湧いてくるんだよ。


 つまり俺は一度でも負ければ、即闇堕ちルートに入りかねない呪いを背負ってしまったのだ。


 せっかく二度目の人生が始まったのに、転生した時点で詰んでるなんて……。


「……いや、まだだ」


 無意識の内に声が出ていた。

 前世の俺は一度も真剣に生きてこなかった。


 死ぬ前にした後悔をもう忘れたのか。

 今度こそ、あの薄っぺらい人生にリベンジする時じゃないのか。


 死んでも本気になれないなんて、正真正銘の大馬鹿野郎だ。


「俺が二神霧矢なら世界最強になってやる。こいつの運命を背負って生きてやるよ」


 鏡に向かって決意を口にする。

 最強を求めるというのなら、その願望を叶えればいい。


 そうすれば、闇堕ちだって回避できるはずだ。


 こうして第二の人生が幕を開けた。







──────────────────────────────────────


 この作品を読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも『面白かった』『続きが気になる』と思っていただけましたら、フォローや☆で応援していただけると嬉しいです。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る