第61話 エピローグ
波のように上下に揺れる電車の中。
俺は亀田と東へ向かっていた。
海を目指して。
「結局、雷轟殿以外の行方はわからないでござるね」
ドラゴンの居場所は突き止めた。
神奈川県川崎市にある監獄。
だが他の二人はまだ見つからなかった。
「一回、きらぽよには遭遇したんだけど、逃げられたんだよな」
「どこ行っちゃったでござるかね?」
「トー横で目撃情報があるけど……」
その情報を頼りに俺がトー横に行っても、一度も出会えることはなかった。
「ちょっと拙者も調べてみるでござるよ」
「助かる。神田に関してはマジで謎みが深い」
「情報が出回らないでござるね」
きらぽよはちょくちょく噂を耳にするのだが、神田だけは視聴者すらも何も知らなかった。
どうやらフィリピンのマニラってところにいるらしいのだが、そこからぱったりと情報が途絶えてしまった。そのうち亀田と二人で海を渡ろうかな、と思っている。あっちのダンジョンにも興味があったし、俺のことを誰も知らない場所でのんびり過ごしたいって気持ちもあった。
「会って、ちゃんと話がしたいな」
俺は車窓の向こう側に目を向ける。
景色ではなく、もっと遠くを見ていた。
「雷轟殿には、5年後、会いにいこう」
「そうだな」
5年の時が経てば、俺たちはきっと、もっと違った見方で向き合える。
ブゥンブゥン。
「おうふ」
ひっきりなしで震え続ける俺のスマートフォン。
俺は四六時中ポケットの重みを意識せざるを得なかった。
登録者が100万人を越えるインフルエンサーで、なおかつフリーランスのダンジョンシーカーとなると、ギルドの勧誘やら案件のメールやらが大量に届く。
俺はそれを処理できずにいた。
そのことを相談すると、
「桐斗殿もそうでござるか。拙者も辟易としてるでござるよ」
亀田も同じ悩みでうんざりしていた。
亀田の場合、忍法・
アーメン。
「マネージャーがいると便利なんだけどな」
俺には縁のない存在だと思っていたが、探索をしながらこの案件の量を捌くのは無理があった。あと切実に編集者も雇いたい。いつまでも視聴者さんに甘えるわけにもいかない。
「桐斗殿はこれからどうするつもりでござるか?」
亀田が上目遣いで見つめてくる。
「まあ、ダンジョンシーカーとして一流を目指してみようとは思ってる。それが俺のガキの頃からの夢だったし、たぶんもう諦めることはないと思うから」
もう俺は努力が実る味を知ってしまった。
神様に諦めることを諦めさせられた。
大富豪の卵に最推しされたからには、このまま突き進むしか道はない。
「そっか。お供するでござるよ」
「最終目標は、〝神渡りの楽園〟――北千住ダンジョン!」
すべてのダンジョンシーカーの終着点。
北千住に現れた〝神渡りの楽園〟を攻略すれば、神々のすべての謎が解け、願い事を一つだけ叶えてもらえるという。
「Sランクダンジョンでござるか。大きく出ましたな、兄者」
「まあ最初は地道にコツコツ、ダンジョン配信していこうぜ」
〈【全裸聖母】があなたの行動を静観しています〉
俺はふっと肩の力を抜き、窓の景色を眺め、そして――
すぐに目を奪われてしまう。
「お――」
俺の瞳に鮮やかな青が映り、口から感嘆の息が漏れた。
「海が綺麗でござるね」
海だった。
陽の光を照り返す、青銀の海原。
「ずいぶん遠くまで来たな」
亀田に連れてこられたのは、千葉県の南東にある房総半島だ。
「のどかだなぁ」
田舎の風景に自然と癒やされる。
「桐斗くんと、また小学生の頃みたいに海で花火がしたくなったんだ」
ということらしい。
今はすでに吐く息が白くなる冬なのだが、亀田はどこで入手したのか、花火の詰まったビニール袋を抱えている。
「任務したり入院したりで、夏らしいことしてなかったから」
「だったら、わざわざここまで来なくても」
「どうしてもここに連れてきたかったんだ」
「そうなのか?」
「うん。そうなの」
そう言って亀田は、肩をすくめてはにかんだ。
「ほらよ、ラムネ瓶」
海辺でしゃがみ込んでいる亀田に、透き通った青い瓶を突き出す。
「桐斗くん、見て。ヒトデ!」
オレンジの星を指さして、天真爛漫な笑顔を浮かべる亀田。
「お前、ほんと明るくなったよな」
「桐斗くんだよ、ボクを変えたのは。責任取ってよね?」
二人きりになると、ござる口調をやめるのやめてくんない?
なんかこう、胸がドキドキするんだけど。
「お邪魔していいかしら?」
「ふぁ!?」
唐突に背後から声をかけてきた人物を見て、俺は驚きのあまり裏声で仰け反った。
俺が仰天するのも無理もない。
だってそこにいたのは――
「二条茉莉花!!」
異様な雰囲気でDチューブを騒然とさせた張本人だった。
「私のこと知ってくれているのね。光栄だわ、御部くん」
二条が長い黒髪を耳にかける。
寒さのせいか、頬と鼻がほんのり赤い。
「おい、亀田どういうことだよ。俺、綺麗な女とはアガって話せないんだよ」
拗らせてしまったからな、1000年分の童貞を。
「あら、そうなの? 盆栽川さんとは親しげに話してたと思うのだけれど?」
「あれは中身がアホだからイケる」
見た目が最高でも、中身が最低だから、きらぽよは接しやすかった。
だからきらぽよは俺にとって特別な存在なのだ。
卑屈で自己否定をしてきた俺でも、等身大で接することのできる唯一の美少女。
「そういえば配信で好きだって言っていたものね」
「ぶほっ――」
大きくむせた。
「もしかして初期からチャンネル登録してました?」
「さあ、どうかしらね」
ぱっちりとした大きな目が、少しだけ笑ったような気がした。
「桐斗くん、マネージャーがほしいって言ってたよね?」
「ああ、言ってたけど、まさか――」
俺は唐突に、亀田の肩を揺さぶりたくなった。
「そう。ボクが二条さんに声をかけたんだ。彼女ならゴキブリチャンネルをよく見てたし、チャンネルに合ったマネジメントをしてくれると思うんだ」
「マジかよ」
美人は勘弁してくれ、と俺は思う。普通に緊張してしまう。
「こう見えて、サポートは得意なの」
「というか、逆にいいのか?」
二条は俺のマネージャーをやりたいのか?
「ええ、いいわ」
マジかよ……。
それはめちゃくちゃ嬉しいけど、やっぱり緊張してしまう。
「私ね、あそこの施設で療養してるの」
二条が海辺の建物に目を向けた。
木々に囲まれた、老人ホームみたいな建物だった。
「本当にね、本当に……ひさびさに外に出ることができた」
二条はまっすぐ目を見て言った。
「あなたの配信を見て、あなたの闘う姿を見て」
もしかしたらここに立てていること自体、二条にとってはすごいことなのかもしれない。
「私はこののどかな町で暮らしてたけど、全然ダメだった。外が怖くて怖くて仕方なかった。でも御部くん、あなたが私を連れ出してくれたのよ」
「いや、俺は何もしてないけどな」
俺は俺で、ただがむしゃらに自分自身と向き合っただけだ。
「でも、そういうことならよろしく。改めまして、御部桐斗です」
俺が手を差し出すと、二条が握り返してきた。
「ええ、こちらこそよろしく。GMです」
『竜殺し編』 了
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