第2話

 俺は全裸で車の中に寝っ転がっていた。横では、同じく全裸の木葉さんがぐったりとしている。

 どうも、この一年で随分と体力が付いたらしい。


「…………私、君に主導権握らせたこと後悔してる」

「俺まだちょっと感慨浸ってるわ。想像以上に良かったし」

「相手の目の前で『良かった』とか言うなこの野郎」


 これで俺も無事魔法使いを回避できた。行為中の木葉さんは随分と可愛かったし、信じられないほどに幸せだった。これまでの人生の中で一、二を争うほどには幸福だった。


「で、これから木葉さんはこの後どうする?」

「どうするも何も、元の目的地に向かうから。そこまで護衛よろしく」

「本当に良いんすか、その程度の対価で」

「女一人は危ないからね」

「もう襲われてますやん」

「うるさい」


 まだ若干息の荒い木葉さんが、諦めたように溜め息を吐く。

 数時間を経て、最初よりは仲良くなった木葉さんだが、俺が想像していた以上に口が悪かった。快活な雰囲気は人の印象を良くしようと猫を被っているだけなのだと。

 とはいえ、彼女が暗い性格かといったらそうでもなく、あれほど純真無垢なヒマワリ的な雰囲気は偽物だよ、とのこと。このぐらいの口の悪さだったら、逆に絡みやすくて男子としては非常にグッドポイントですけどね?


 数分休憩した後、いそいそと二人で服を着て、パンクした車の方へと向かう。実は、パンクしているだけではなくて、瓦礫に乗り込んだ衝撃でホイールすら歪んでいるんだけど。


「まずは私の帰る方法を考えなきゃだね」

「この車を直すってこと?」

「それ以外に帰る方法はないでしょ」

「いや、俺車あります」


 そう、レンタル屋のおっちゃんからレンタルした車である。もう既に一年以上借りているのだが、車を借りパクしている事実を最初の半年ほどは忘れていて、ついぞ思い出した頃にはもう後には引き返せなくなっていて、返すに返せないでいた。そもそも帰ってすらいないので。

 ということで、返却しに行かなければならないわけだった。ついでに木葉さんを送って行けるのであれば、丁度良い。


「…………てか、こんな場所で一人で生活してて、車すら持ってる君って何者なの」


 怪訝な表情で聞いて来る。


「車はレンタルですけどね。あと俺はテツです。哲学の哲で、哲」

「名字は?」

「あわよくば下の名前で呼んでもおうキャンペーンなので黙秘します」

「君も私のこと下の名前で呼んでるしね。しれっと」


 ちなみに木葉さんの名字は辻で、俺の名字は土井である。


「で、どうします? この車に思い入れがあるのであれば、頑張って直す場所探すけど」

「いや、持ち主は亡くなってるし、ここに置いて行こう」


 よく考えれば、木葉さんも何者なのか分からなかったりもする。そもそもこのご時世に一人車で移動している人間は殆どいないし、なぜ都心に向かってるかも分からないし。


「ガソリンはあるの?」

「ないです。買ってきましょ」

「てかその微妙な敬語なんなの。いいでしょ、どうせ済ませることも済ませてるし」

「なんかそのさっぱりしてる感じ解釈違いなんで止めてください」

「そんなさっぱりじゃないから」


 クッソ、童貞ってのは大抵ユニコーンなんだよ。

 俺が一人しか経験してないし、そもそも付き合った恋人とか存在すらしないから、一人距離が近づくと執着しそうになる。


 取り敢えずガソリンを買いに、近くのガソスタに走る。この場所には殆ど人はいないので、もちろんここに店員がいる訳ではない。

 つまり、盗み放題ってこと。どうせ人も戻ってこないから、別に気にする必用すらないのでしょうけど。良く見る灯油タンクにガソリンを入れて、車のある場所へと走る。


 木葉さんは死ぬ気で走っている俺をつまらなさそうに眺めていた。ガソスタからこの廃墟までの距離は二キロ程度。一応灯油タンク二つほど入れれば、ガソスタまでは動けそうだけど。どうでしょう。


「まぁ、行けるでしょ。途中で止まったらまた走れば良いし」

「走るの俺なんだが?」

「あはは、働き給え働き給えよ」


 てか、本当にこの車は動くのだろうか。そもそも俺、まだ運転できるかどうか怪しいしね。まぁ、木葉さんに任せれば良いけど。


「木葉さん、運転頼んます」

「さん付けキモ」

「ぐはッ……あぁッ……」


 無理だ。俺は女子からの暴言には耐えられないタイプの人間だ。俺には新しい扉を開くにはまだ素質が足りなかったらしい。


 ともかく、此方を冷たい瞳で見ている木葉さん、もとい木葉の視界から逃げるように車に乗り込んだ。場所は当然後部座席である。精神的ショックから回復する時間が必要なのである。


 呆れた様子の木葉がハンドルを握った。その姿を後ろから眺める。良く思い出せば、ここ最近の自分は随分と人との関りを絶っていた。常に戦いに明け暮れて、寝ても覚めても常にサイボーグの破壊しか考えてなかった。

 そう考えると、こうして誰かとの接触を持てたのは幸福なのだが───………。


「って俺この一年食事とってねえじゃん!!!」

「うわ、急に大声を出さないで! びっくりして道から外れるとこだったって!」

「道ないでしょ、ってかそれより俺の食事事情の方が大切でしょ!?」

「知らないよそんなこと…………」


 マジで衝撃的過ぎるんだが?

 何故、食事すらしないで生きてこれたんです…………?

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