第5話 義弟



 エングルフィールド公爵家に運ばれたスノウ君は高熱を出していた。魔力暴走は収まったけれど、ホロウェイ未亡人が施した実験が彼の体を蝕み、魔力を不安定にさせていた。


「これはもしかすると、……ホロウェイ未亡人の悪魔のような実験が成功してしまったのかもしれませんな」


 ベッドで魘されるスノウ君を診ていた医師が、深刻そうな口調でそう父に告げた。

 スノウ君のベッドの傍で椅子に腰掛けていた私は、不安になって医師と父の会話に耳を澄ます。


「後天的に魔力量を増やすなど、本当に可能だと言うのか?」

「奇跡的にという表現は良くないでしょうから、まぐれと言う他にありませんが。現在スノウ・ホロウェイの体には、彼が生まれ持っていた魔力量よりも何倍もの魔力に溢れております」

「魔力量が後天的に増えてしまうと、実際どのような問題が起こるのだ?」

「そもそも我々人間の魔力量が後天的に増えないのは、体内にある魔力器官の大きさが生まれつき決まっているからだと考えられております。魔力器官に蓄えられる量を上回る魔力が体内にある場合、人間にどのような症状が起こるのか、全くもって未知数です。ルティナお嬢様のお話では一時的に彼と会話が出来たようなので、もしかすると命の危険はないかもしれません。ですが前例が一つもない以上、彼が今後目を覚ますのか、目覚めた後もきちんと生活が出来るのか、大人になるまで成長することが出来るのか……」


 私は父の上着の裾を掴んだ。


「お父様はスノウ君を見捨てたりはしませんよね?」

「ああ。もちろんだ。彼をルティナの義弟にしよう。……しかし、彼が今後無事に目が覚めたとして、長く苦しい闘病生活が始まるかもしれない。耐えてくれるだろうか……」

「お父様、私がスノウ君に膨大な量の魔力量を操るすべを教えますわ」

「ルティナ……」

「人間は、本当は明日無事に目が覚める保証なんてありません。私だって健康な生活が続くなんて誰にも言えなくて、大人に成長出来るかなんて未知数です。だから、私はスノウ君と一緒に未来に向かって足掻こうと思います」


 私がキッパリと言うと、父がそっと私の頭を撫でた。スノウ君の状態に心を痛めていた医師も、優しく微笑んでいる。


「そうだな、ルティナ。周囲の人間が悲観してはいけないな。先生、これから定期的にスノウの診察に来てほしい」

「かしこまりました、エングルフィールド公爵様。ルティナお嬢様を見習って、諦めずに彼を見守りましょう」


 一週間ほど経つと、スノウ君は熱が下がって無事に目を覚ますことが出来た。

 彼が眠っていた間に養子縁組の手続きをしたので、彼は正真正銘エングルフィールド公爵家の人間になっていた。


「これから私はあなたの義姉です。ぜひ私のことは『ルティナお義姉様』と呼んでくださいね。私も義姉らしく、あなたのことをスノウと呼び捨てにしますから」


 スノウは私の言葉に一瞬固まったが、「そうか。……家族ってそういうことか」と頷いた。


 私が改めて彼に手を差し出すと、スノウもゆっくりと手を差し出し、握手をした。


「これからよろしくお願いいたします、スノウ」

「こちらこそよろしく、義姉さん。それにしても、僕のことを呼び捨てのわりには敬語なんだ?」

「私、敬語で喋るのが癖になっているんですよね……」

 憧れの『ルティナお義姉様』呼びではなかったけれど、まぁいいわ。





 それから私は義姉らしくスノウの面倒を見ながら、彼と義姉弟仲を深めていった。


 私自身魔力量が多い上にまだ成長途中で安定していなかったので、彼と一緒に自分の魔力を安定させる方法をいろいろと試していった。


「魔力を安定させるには、やっぱり健康が一番だと思います。というわけでスノウ、調理場で魔道具を借りて、最強のスムージーを作ってみましょう」

「待って、義姉さん! お願いだからニンニクは入れないで! 一緒に入れようとしている玉ねぎとセロリとピーマンは諦めるから、ニンニクだけは……あああぁぁ……っ!」

「スノウったら、そんなに絶望の声を上げなくてもいいじゃないですか。ニンニクは健康にいいって医師もおっしゃっていましたもの」

「健康にいいのと、スムージーに向いている野菜かどうかは別物だと思う……」

「きゃあああ! 美味しくない! このスムージー、本当に美味しくないわ! 世界一美味しくないです!」

「だと思ったよ……。……うわ、本当にきつい……」


 自分で考えた最強の食事療法はちょっとイマイチだったので、栄養面は料理人たちにお任せすることにして、他には体力作りや精神面を鍛えるために瞑想をしてみたりと、私とスノウは毎日いろんなことに挑戦した。


 そのうち私たちは自分の魔力をコントロールする最適な方法が分かるようになった。私の場合はとにかく心身の安定が大事で、スノウの場合は魔力器官に魔力がいっぱいになる前に魔法として放出することで安定した。


 そんな私たちは早朝から一緒に庭で走り込みをして、栄養たっぷりの朝食を採って、午前中は家庭教師からそれぞれ勉強を教わって、昼食の後は一緒に魔法の訓練をして、時々父から魔獣討伐に呼ばれて実戦経験を積んでいく。夕食のあとはスノウと読書をしたりチェスをしたりして、ゆっくりと過ごした。


 時折どうしても魔力が不安定になって、どちらかが寝込む日もあったけれど。私たちは手を繋いで励まし合い、荒ぶる力を抑え込んだ。


「僕は義姉さんがいなかったら、魔力が暴れてこんなに苦しい夜を耐えることなんて出来なかったと思う。いつも僕の傍にいてくれてありがとう、義姉さん」

「私も同じ気持ちですよ。スノウがいなかったら、毎日こんなに頑張れなかったと思います」


 お互いがお互いのことを掛け替えのない存在だと認めるほど仲の良い義姉弟になり、私が十五歳になると、私の魔力は完全に安定した。

 私の魔力量はマデリーンよりも多く、エングルフィールド公爵家一族で歴代一位の記録を残した。と同時に、私がアラスター王太子殿下の婚約者になることが決定した。





【あとがき】

10月10日頃、DREノベルス様より『美醜あべこべ異世界で不細工王太子と結婚したい!』発売予定です!

何卒よろしくお願いいたします(✿ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾

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