第十二章 第一節 「最後のデザート」
横から視線を感じてそっちを見ると、ニヤニヤとこちらを見ている紗矢ちゃんがいた。
「ひっ!?」
「――お熱いねぇ二人とも」
「な、紗矢、いつの間に!?」
「んふふふ」
それはもう、意地悪を極めたような顔だった。私の顔が急に火照ってきたのが分かった。紫塔さんも口をあんぐり開けていた。
「すごいや、アタシにはそんな重い事とか、感じてないもん」
「コホン。紗矢、あなたはそれでいいのよ。何もここまで重荷になってることがないのなら、それで」
紫塔さんが居住まいを正して紗矢ちゃんに接するところが、なんだか面白く感じてしまった。さっきまであんなにダバダバ泣いていたのに。表情を見るに、紗矢ちゃんも同じことを思っている。
「おなかすいたね。ここって何もなかったっけ?」
「廃ビルよ。何かあるほうが怖いわよ」
それもそっか、と紗矢ちゃんは肩を落とすと、まだ寝ているブロンドの彼女に
「うーん、シェリーちゃん起きないね。そんなヤバいもの嗅がされたんだっけ?」
「いいえ、そこまでのものじゃないはずよ。たぶんここまでの疲労も重なっているんでしょう」
まあ、ここまでかなり過酷な道だったし……。
「そういえば、この廃ビルはどうやって見つけたの?」
「あー、近くにあったとこなんだ」
「……結構適当に決めた感じ?」
「まーね、もうみんな重傷だったし。みおっちは足を撃たれて、アタシも本調子じゃない。シェリーちゃんは謎に寝てたし、はるっちも気を失って。この状態でどうやって移動するんだよ、ってね」
それはそれは……申し訳ない。
「あれ、じゃあ紗矢ちゃんが私やシェリーを運んだの?」
「それ以外ある? ああ、別に気にしないでいいから」
いや……すごく、感謝したい。今度何かプレゼントでもしたいな。
「大変だったけど、みおっちがすぐに廃ビルに気配消去の魔法をかけてくれたから、間一髪どうにかなったんだ」
そう言うと、紗矢ちゃんは喋り疲れたのか、ふぅ、と一息ついた。
「そういや、はるっち、気分はどう? 気絶した理由がよくわからなかったから」
「それなら、うん、もう大丈夫」
そっか、と紗矢ちゃんはそれ以上聞かなかった。
「はぁ……ヤバいね、なにもできないね」
ごろんと紗矢ちゃんは床に寝転がって、そう言った。
「進みたいのに、それが出来ないなんてね」
「そうね……」
「仕方ないよ。無理に動いたら、全部崩れちゃう」
気持ちは私だって分かる。本当だったらこんなところでくすぶらずに今にでも教会へ特攻を決めたい気分だもの。
「ねね、じゃあこんな時だからさ、……遊ばない?」
「え?」
「遊ぶ……?」
何をするの? と紫塔さんが聞くと、紗矢ちゃんは携帯を取り出してカメラをこっちに向けた。
「うわっ盗撮!?」
「言い方! 違うよ、カメラの前で踊るの、はるっちも見たことあるでしょ?」
あ、知ってる。SNSで見たことある奴だ。私はあんまりやらないけれど、紗矢ちゃんみたいなギャルがやってそうなのは想像できる。
「さ、はるっち立てる? アタシと一緒に踊ろうよ」
「え、あ、あぁ」
一応身体に不調はない。立って踊る用意をする。紗矢ちゃんは携帯を紫塔さんに渡すと、私の隣に立った。ちょっと私より高い背がやっぱ素敵だ。
「この曲知ってる?」
紗矢ちゃんの携帯から流れるポップな曲。聞いたことはある。踊りのほうは知らなかった。
「えっと……振付教えて?」
「はーい」
紗矢ちゃんの振付講座が五分くらい続いた後、さて踊ろうという時に、向こうでむくりと起き上がる影が見えた。
「あっ、シェリー」
「おっ、シェリーちゃん起きたんだ。おはよ」
「……むぅ」
おや、寝起きだからかな、かなり怖い顔をしている。
「あれ、シェリーちゃんって目覚め悪かったっけ」
「たまに」
「……」
すごい、睨んでくる……どうしたんだろう。おなかすいているからかな。あんまり快適な寝心地でもなかったよね。下は布団じゃなくてただの硬い床だし。
「……んー」
低く
「どうしたのシェリー、気分悪い?」
「二日酔い……」
「まだ未成年でしょ」
駄目だこれは、頭が回っていない。ここまで目覚めが悪いのは久々だ。
「あー、カップ焼きそば、コンソメスープ、明太子、トンテキ、からあげ、ピッツァ、……私が求めてる、空腹の奴隷、お腹と背中の融合」
「……なんて?」
紗矢ちゃんが聞き返す。そりゃあ、いきなり言われてしまえばそんな反応にもなる。
「お腹空いたって」
イッちゃった目ととてつもない言語で紡がれているけれど、要約すればそうなる。
「あー……明らかに食べ物のこと話してたね」
「シェリー……頭でも打ったの?」
紫塔さんだってかなり困惑している。
「いや、年に一度くらいこうなっちゃうんだ」
「変過ぎるでしょ」
「理解に苦しむわね……」
やっぱりそうなんだ……頭が回らなさすぎると、人ってこうなるんじゃないかって思ってたことあったけれど。
「あー、前が見えない。ここはどこだろう。ラビットホールの奥底?」
「あっ」
彼女の鞄から眼鏡を取り出す。大体は彼女の大げさな眼鏡を装着してあげると、じきに収まってくる。
「あー……カリブ海」
「駄目だわ、私、シェリーの言っていること一ミリも理解できないわ」
「みおっち、気が合ったね」
二人して困り顔で見つめ合っている。この状態のシェリーの言葉が理解できるのは、十年の付き合いの
「はぁ……」
シェリー、目の下のクマが凄い。髪も気持ちボサボサだし、この状態で外出させるのはかなり彼女を傷つけてしまうんじゃないかと思う。彼女が首を
「シェリー、そろそろ起きようか。可愛い顔が台無しだよ?」
そのまま充電切れみたいに目を閉じようとしたシェリーの身体を揺さぶる。お構いなしとばかりに彼女は目を閉じて、ついには寝息を立て始めた。揺さぶり続けるけれど、ぐっすり寝てしまった。
「起きてよシェリー、みんな待ってるよ?」
「くかー……」
ああ、これはもう起きない。一年に一度この状態になるけれど、ここまで上手く再起動できないのは五年に一回だ。
「うわー……ヤバいねシェリーちゃん」
「その……寝かせてあげましょうか、無理に起こすのも、気が引けてきたわ」
「うん……」
ちょっと無理だ。私はそのままシェリーに薄い毛布をかぶせて、そのまま寝かせた。穏やかな顔で寝ているところ、眼鏡は回収した。
「さて……アタシらはどうしようか。今から寝れる? それともこのタイミングで寝るのってマズいかな?」
「そうね……」
紫塔さんが考え込む。休息を取ろうにも、多分みんな目が冴えてしまっている。無理に寝ようとしたって、逆に疲れるだけだ。だけれど、今のシェリーを起こすのもかなり難しい。
「正直、教会に攻め込むのは早い方がいい。居場所がバレてしまうかもしれないし、明日になると、多分教会側も相応の準備をするはず。援軍を呼ぶかもしれないわ。――でも、私たちも万全ではないわね」
ちょっと意外だと思った。今の紫塔さんの意見には必死さのような、ギラギラしたものが感じられなかったのだ。どこか緊張のねじが緩んだような、そんな雰囲気。
「ねえ紗矢、さっき言っていた……ダンス、だったかしら。教えてくれる?」
これまた意外な発言に、一瞬場の空気が固まった。私は耳を疑った。きっと紗矢ちゃんもそう。目を数回パチクリした後、紗矢ちゃんは、
「ええっ!?」
とオーバーなリアクションを取った。
「み、みおっちが……映えるダンスを……!? 嘘でしょ!?」
「駄目かしら?」
「い、いやいやいや!! 全力でやらせていただきます!!」
なぜか紗矢ちゃんが紫塔さんに頭をぺこぺこ下げる。紫塔さんにはハテナマークが浮かんでいた。
「じゃあ、振付からね。……その前に、みおっち足は大丈夫?」
「ええ。回復薬を使ったから」
なるほど。紫塔さんの足元が楽そうだったのはそう言う事だったんだ。
「こんな感じで~……キメはこう」
「……ずいぶん楽し気な振り付けね」
「そういうもんなんだって。あー、じゃあ、どうしよう。はるっち、カメラマンお願い」
「うん」
そう言って、二人ともカメラの前で楽しいダンスを踊りだした。紗矢ちゃんは慣れているのかキレがいい。その相方として踊る黒髪の彼女は……。
「っ! ふっ!」
不慣れな感じはあるけれど、一生懸命さが伝わってくる。それに……なんだか、髪の綺麗な美人さんが二人も並んで踊っているのはすごく、なんか、映える……!
「よし、はるっちストップ!」
……。
「はるっち? どしたの? 止めていいよ」
「あ、ああ、うん!」
ビックリするほど、見入ってしまっていた。……この動画のデータ、ちょっと、いやメチャクチャ欲しい!! 私の端末に永久に保存してたい!!
「どうだった?」
「うん、すごく良かった! 紫塔さんも、一生懸命さが伝わってきて、すごく良かった! うん、すっごく!」
「はるっち、
「……こういうダンスが、紗矢のブームなの?」
「んー、アタシの、っていうよりは、世界的な?」
「へぇ……」
紫塔さんは興味が湧いたのかな? なんだか気になる反応をしていた。
「さ、今度ははるっちが踊りなよ。一人でやる?」
「いや、流石に一人はちょっと……」
「じゃあ……アタシが」
「いや、私と踊りましょう」
「うわっ!?」
随分食いつきがいい。もしかして紫塔さん、ハマってしまったのか……!?
「ちょっとさっきのダンス、私の中でまだ上手くいってないところがあったから」
「あー……すっごい向上心」
その後、代わる代わるダンスを踊り、わちゃわちゃして、踊り疲れた。ちゃっかり動画のデータは
「あー、疲れたね。これでちょっとは眠れるかも」
「そうね。身体を動かすの、気持ちよかったわ」
「うん」
そうして、明りを消して、私たちは寝ることにした。目をつむると、なんだか心地よい眠気が迎えに来て、すぐにそれに身を
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