第29話 アーカイブ:フェニックスと赤兎大捜索 未だ倒されていないらしいけど逃げ足が速いだけの雑魚らしいのでさっさと倒しモースw
「にしてもよォ、ボスはどーやって『トリ』がダンジョンに入ったかどうかを判別したんだろうな?」
ダンジョンの奥深く、穏やかにして殺伐とした雰囲気の漂うその一室にて。
椅子に座りくつろいだ姿勢のまま、フェンリルは言った。
「なぁヒュドラ」
「……あのさぁ、お前バカだろ?」
もはや怒りを通り越して呆れの感情をため息に乗せた少女、ヒュドラは頬杖を突いた状態で目線を動かさずに応答する。
「お前にあれだけキレてた私にさぁ、普通話しかけてこないだろ」
「ハッハハ!気にすんなよ」
「チッ……というか、私達の中で何度も話題になったでしょ、『トリ』に関しては。バエル様が何を使っていようと、大事なのは結果で────────」
「あら、お父様が『アレ』を使ってると言いたいのかしら?」
会話に割り込んできたその声に、ヒュドラは眉を顰めつつも視線を向ける。
「どういう意味、【
「別に?ただわたくしは、あなたがお父様を疑ってるんじゃないかと思ってしまったのだけど」
黒く艶のある髪に、豊満なスタイルを覆うダンジョンの中にいるとは思えないほどの煌びやかな服装。それは探索者か奪ったモノか、自ら迷宮を踏破し見つけ出したものなのか。
フェルニゲシュと呼ばれた少女は意地悪そうにヒュドラに笑みを送った。
「私達に『アレ』を頼るなと言ったのはバエル様。疑う訳が無い」
「はいはい、それなら良かったですわね…………はぁ、ごめんなさいね。少し喉が渇いていたから、イライラしちゃってたのかも」
わざとらしく喉を抑える仕草をしてから────────冷徹な瞳を床に座っている少年に言った。
「聞いてるのかしら、【
「はっ、はい?」
「……え、何?聞いてなかったの?わたくし、たった今ここで『喉が渇いた』って言ってたんだけど、聞いてなかったのかしら?」
「ご、ごめん、ちょっと考え事してて────」
「言い訳はいらない。さっさと持って来なさいよ。今はオレンジジュースの気分かなぁ……入れてくださる?」
「わ、分かった。ちょっと待っててね」
まるで少女のような顔と身体つきの少年は慌てて走り出す。揺れるピンク色の髪と走るスピードの遅さも相まって彼と呼ぶには違和感のある容姿の彼だが、グレモリーはその部屋から繋がる廊下を走り、また別の部屋に辿り着く。
「えぇっと、オレンジはぁ……ここだっけ?」
箱形の魔導具を開けると、グレモリーの顔にあふれ出た冷気がふわっと当たる。その中にあった柑橘類の果物を数個手に取り、次にジョッキを取り出した。
「えっと、まずお水を取り出して……」
今度は大きめの箱形魔導具を開け、バケツに入った冷えた水でジョッキの半分程度を満たす。
「魔法で良い感じに温めて……お砂糖、お砂糖入れて……溶けたかな?」
粉が全て溶けたのを確認し、グレモリーは氷魔法を発動しジョッキの中の液体の温度を元に戻す。
「後は絞るだけ……よいしょ、っと……よし、これで完成────────」
「あ、おぅおぅ!オス失格雑魚マゾチ●ポじゃ~ん、何してんの?」
「そ、その呼び方は……」
入口の方を振り返ると────大きなリスのような尻尾を生やした少女が立っていた。
「【
「ま、どーせお嬢様気取りデカパイ異常女にでもジュース作ってこいって頼まれた系でしょ~?」
「フェルニゲシュちゃんの事、だよね……?」
「え、お前あいつの事そんな風に思ってんの~?引くわ……」
「そ、そうじゃなくてね」
「ウソウソ。あっ!そうだそうだ、デカパイから伝言預かっててさ。『やっぱりキウイジュースが良いわ』だってさ」
「それも嘘でしょ?さっき、何してんのって聞いてきたじゃん……」
「おぅ、バレちったか~。お前、馬鹿そうに見えて脳筋白髪ワンコよりは馬鹿じゃないのがだるいんだよな~」
嘘に嘘を重ねる少女に、グレモリーは困ったように笑って言った。
「あまり待たせるとフェルニゲシュちゃんに怒られちゃうから、僕はもう行かないといけないんだけど、ラタトスクちゃんも何か飲む?」
「……いらね~かな」
「分かった、じゃあ」
グレモリーはジュースをこぼさないように、やや早歩きで廊下を移動する。そうして再び広間へと戻り、椅子の上でふんぞり返る少女の前にジョッキを置いた。
「お待たせ、オレンジジュースだよ」
「おっそいですわ、次からはもっと早く用意して」
「ご、ごめん……」
「はぁ、本当にあなたは使えませんわね────」
フェルニゲシュはジョッキの中の液体を口の中に注ぎ、一気に飲み干してから────俯きながら言った。
「そんな美味しくないですわ」
「そ、そっか……」
「こればっかりはグレモリーのせいじゃないでしょ。フェルニゲシュ……だからバエル様は言ってるんだよ、『現代文明に触れるな』って。どうせお前、探索者が持ってた飲み物とか口にしたとかじゃないの」
「……そうは言いましても、一度味わった甘露は────そう忘れられるモノではない、そうでしょう?」
「……」
憂鬱そうに言うフェルニゲシュの顔が気に入らなかったのか、ヒュドラは適当に目に入った────少年の足を蹴った。
「いてっ!ど、どうしたのヒュドラちゃん……」
「お前、私のジュースは?」
「え、え……?」
「ラタトスクに伝言、頼んだんだけど。『私もキウイジュース欲しい』って……聞いてないの?」
「あ……」
「身に覚えが無いって顔じゃないね」
「い、いやそういう訳じゃなくてっ、多分ラタトスクちゃんがまた嘘を────────」
「文句言ってる暇があったらさっさと行けば良いでしょ!!弱いから私達に戦ってもらってるくせに、ちょっとは働けば!!」
「ご、ごめ────────」
理不尽に怒鳴り散らかすヒュドラを止める者はその場には誰もいなかった。フェルニゲシュは空っぽのジョッキを見つめるだけ、グレモリーに反論する度胸は無く、そしてフェンリルは周りで起こっている事に一ミリの興味も抱かずただぼうっとしていた。
そう、その場には止める者はいなかった。
「────静粛に」
「「「「!!!」」」」
結果的に止める事となったのは、唐突に表れた彼らの長。
『王』たる風格を纏う男────────バエルだった。
「喧嘩をするな、騒々しい」
「もっ、申し訳ありません、王よ……しかし!」
「何だ。何か、争わなければならない正当な理由でも────」
「私、キウイジュース飲みたかったんです……!」
「単刀直入に言うが、『トリ』が現れた」
「え!?…………え!?!?」
自分の発言が無視された事と、バエルの発言の内容と……二度の驚愕を声にしたヒュドラは、改めてバエルの表情を確認し……息を呑んだ。
「…………っ」
いつになく真剣で、怒りや憎しみのように簡単には表現できないような瞳だったのだ。
「だが、場所までは分からない。知っているのは奴がダンジョンの中に足を踏み入れたという事実のみ」
「であれば、やはり転移魔方陣のある61階辺りでしょうか?」
「そう考えるのが妥当、だが…………」
「……?」
「…………」
バエルは顎に手を当て────思考する。
生物の特権である、脳の稼働を行う。
「私としては『37階』……いや、『72階』が怪しいと睨んでいる」
「72階、ですか。それは、何故……?」
「グレモリーなら分かるだろう」
「っ!あ、まぁ、はい……そうですね、確かに僕も72階にいてもおかしくないなって……」
「え?せ、説明してよ、分かりやすく────」
「あァ、そういう事かッ!なるほど72階……確かに匂うぜ」
「え"っ、い、犬……お前も分かったのか?」
「おうッ!」
この『群れ』の中で恐らく一番知能が低いであろう男が満面の笑みでサムズアップをし、ヒュドラは一気に顔を青ざめさせる。救いを求めるように黙ったままのフェルニゲシュに目線を向けると────
「はっ……し、失望しましたわグレモリー。こんな簡単な問題で何を自慢げにしてるのかしら?」
(どうしよう……フェルニゲシュまで分かってるっぽいぃ……)
「そ、そんなつもりは……」
「あなたの事だから理解したふりをしてるかもしれませんわね。……そ、そうですわ。念のため『何故72階が怪しいのか』説明してくださる?簡潔に、分かりやすく」
(よ、よかった、多分コイツも分かってない!!)
「……はぁ、全く貴様らは…………」
安堵の感情が思いっきり顔に出ているヒュドラとフェルニゲシュにため息を吐きつつ、咳払いの後にバエルは続ける。
「しかし、だ。確率で言えばまだ61階の方が高いと踏んでいる。奴が私達のように特権を得ているとも限らない……」
「まァ確かにな……」
「そ、そうですね。私もそう思います」
「わ、わたくしもですわ」
「故に────まずは61階に転移する。それで良いな?」
その場にいる四人は無言で頷く。互いの顔を見合わせ、さっきまで下らない事でいがみ合っていた彼らの間に緊張感が生まれる。
そして────────気付いた。
「……アレ、一人足りなくねェ?」
「ラタトスクちゃんが……やっぱりジュース飲みたくなっちゃったのかなぁ」
「全く、こんな時に……さっさと呼んで来い、ラタトスクが来たらすぐに転移の準備をする」
バエルの言葉に四人は再び顔を見合わせ────そして、一人に目線が集中する。
「や、やっぱ僕だよねぇ……」
さらに再び、少年は立ち上がり────走り出した。
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