第4話 気にいらない
「戦いたいなら、俺が相手になるよ。だからその銃を捨てろ、秋元。俺と……決闘をしろ」
慎重に、言葉一つ一つ、選びながら発する。
しかし。
「何言ってるんだよ!」
秋元は目を丸くして、まるで向日葵の花のような純粋な笑顔で語り出す。
「敵がいないのに、ナイフを握ったってしょうがないじゃないか!」
「……は?」
「悠一くんは何かを勘違いしてるのかな? うん、きっとそうだよね、だって僕達は、敵同士にすらならないよ。君と戦っても、負ける気がしないんだ。どうせ勝つとわかっているのだし、そもそも僕に、君と戦うべき理由はないだろ?」
「そんな、俺はお前を……殺しに来たのに……。俺は、殺そうと、したんだぞ……?」
「なら、今すぐ殺してくれよ」
ナイフの柄を持つ右手に、秋元の左手が触れる。挑発的だが、そこに一切の殺意が見えない。
むしろ、秋元は囁きかけるように好意的な声色で、それが余計に俺の焦りを募らせた。
「っ……! らああああ!」
苛立ち、蔑み、嫉妬。自分の中の暗い感情を、全てナイフに乗せるようにして、秋元目掛け振り上げた。
「……」
一瞬だけ。
秋元の表情から、何もかもが失われる。時間が止まったようにも感じる。フェイントなのか、それとも彼のスイッチが切り替わる瞬間なのか。そのまま、するりと秋元は上体を揺らし、俺の直情的なナイフを躱した。
カシュ、とナイフが地面に線を描く。
「秋元ぉ……」
「フフッ」
不敵な笑い声をこぼしたその直後、秋元の右腕が俺に向かって伸びてきた。
真正面から不意にやってきた現象に、動揺で心臓が跳ね上がる。ヘラりと彼の口元がだらしなく歪み、その不気味さに目眩を起こした。まずい、このままでは殺される。
秋元の腕が俺の首筋へかかる。ギリギリと力がこもるのをただ耐えていた。
少しだけ、このまま死んでもいいのではないかという考えが脳裏によぎる。
ふいに。秋元が口を開く。
「なってみろよ。人間に」
秋元の腕が急にほどけて、俺は、地面へ開放される。
「痛てぇ! おい、何だよ急に!」
見下ろされる形になって、彼の間抜け面を下から眺めていると、なんだかこの状況が馬鹿らしく思えてきて、感情の振れ幅が下がっていく。
落ち着きを取り戻してから、秋元が答えを待っていることに気づく。秋元の表情は、先程とは違って少し悲しんでいるようにも見える。これがこの男の素なのかもしれない。
「俺は……人間にはなれない。なぜなら、もう既に俺は、人間だからだ」
俺は秋元の先程の訴えに、毅然と釈明をする。
それを聞いた秋元は、台所に戻り、置いてあった銀色の丸い器からコップへ中身を移し替えると、軽く口をつけ飲み下し、そのまま俺の元へやってきて、俺に向かってコップを突きつけてきた。
「ミルクシェーキ、うまいぞ」
正直意味がわからなかったが、あのまま殺せたであろう俺をほったらかすような真似をする時点で、彼に悪意があるわけではないのは確かだったし、口をつけたということは毒が入ってるわけでもないだろう。
俺は秋元に差し出されたものを素直に飲んでみる。
「……」
ろくに冷えていないし、氷も入っていない。ぬるぬるとしていて、後味もなんとも言えない酸味のようなものが残る。
「甘ったるい。精液を飲んでいるようで不快な気分だな」
「わかってないな、それがいいんじゃないか」
秋元はヘラヘラ言ってのける。こんなものを飲まされるくらいなら、普通に水をくれよ。
「やりたいことがあるんだ。そのために金が必要なんだ。君だってわかるだろう。この世界は理不尽だ。金がなきゃ、何も出来ないさ。君と戦って遊ぶのも楽しいけど、まあ、君を殺してもお金にならないからね」
何を言い出すかと思えばまたこの手の話か、もう聞き飽きた。
いい加減こいつは俺が潰さなければならない。
夢見がちで、料理も下手くそで、決闘の場面ですらヘラヘラ笑いやがるような、気の抜けたクソ野郎、その上金を求める。
そんなどうしようもない功利主義のこの男が、早く破滅するところが見てみたい。
「じゃあ俺は、金のない世界を作る」
「えっ」
「今決めたよ。俺はお前が息のあるうちに、お前が楽に生きることができる世界を作る。お前が俺を殺さない限り、お前は俺に勝てないよ。俺が理想の世界を作って、お前をボコボコにしてやる……俺は、お前に、勝つ」
「……そうか、がんばれよ」
コップを秋元目掛けて投げつける。彼はコップをひらりと躱し、真正面の玄関を通って帰っていった。
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