第8話 ある晴れた日に②
再びネスタルに向かって歩き出した私たちは今後の計画について話した。
「で、結局のところこのまま聖地を巡る旅は続けるとして、それ以外はどうしていけばいいんだ? スライムを連れて歩いてエイルが浄化するところを見せて回ればいいのか?」
「馬鹿ね。スライム連れて歩けるわけないでしょ!」
「じゃあどうするんだよ。人が集まる場所でスライムが出てくるのをひたすら待っとくのか?」
ヒルダは顎に手を当てて少し考えた後答えた。
「うーん……。それだって難しいわよ。人里近くに現れるスライムなんてほとんど狩りつくされてるし。大体これまでの聖教会の教えが間違いでしたなんて言えるわけないし」
「じゃあどうすればいいんだよ! スライムが光の粒になって消えるのを見せずに説得なんてできるのかよ? 実際に見た俺ですら半信半疑だってのに」
「分からないけど、各地を巡って聖騎士のアル自身の言葉で伝えて回るしかないんじゃない? 聖騎士の言葉なら聖教会の言葉と同義だし私たちが罪に問われることもないでしょ。この人言葉足らずだから不安だけど……」
「……それ、いったい何年かかるんだよ」
そう。聖教会が広めた間違っていましたなんてことを言う事自体が重罪に当たる。世界中に伝えるとなるとアルの言葉だけでやっていたら何年かかるかわからない。普通に聖地巡礼の旅をするだけでも長い時間危険な旅を続けることになる。しかも聖地がある場所はどの国も人を寄せ付けないへんぴな場所らしい。だからこそ私たちは決死の覚悟で村を出た。その上、世界中の人に情報を流布して回るとなると途方もない時間がかかることは火を見るよりも明らかだった。
「今の間違った情報が広まっている事を聖教会に直接伝えて聖教会自身でスライムを殺すなって広めてもらった方がいいんじゃないのか?」
ヒルドは思い出したようにシグの言葉に反応して大きな声を出した。
「それよ! そこなのよ。聖教会はこの間違った情報をなぜ正そうとしないのかしら? 自分たちの間違いを認めたくないとか?」
「単純に知らないんじゃないか? スライムを殺すことがダメだってこと」
「そんなわけないじゃない。アルが知ってるんだから」
「あ、そうか。じゃあ間違った情報が伝わってることを知らないんじゃないか?」
「それだっておかしな話だわ。何十年も前からスライムを殺すことが正しいと伝えられてるのに聖教会が知らないって変じゃない?」
「いや、でもアルは知らなかったじゃねーか」
「あ、そうか。そうよね……うーん」
ヒルドは再び顎に手を当てて考え込む。
「案外、木の国以外ではスライムを殺せって伝わってないんじゃないか? 木の国は他国との交流は少ないっていうし」
「あ、そうか。そうよね。それなら辻褄が合うわね。それに小さな木の国だけなら村を全部回ってもそれほど時間はかからないわ」
そう二人が無理やり納得させ話を収束させようとした時、アルが珍しく話に割って入った。
「精霊は世界のバランスをとって存在している。木の精霊だけがスライム化することはない。間違いなく他の国でも異変が起こっているはずだ」
「あ、そう。……あーもう! じゃあどうすればいいのよ! アルの言ってることは正しいんだろうけど、聖教会の言葉を疑うこと自体が禁忌なのよ! 聖教会の教えが間違いでしたなんて言えるわけないじゃない!」
「先ほどから言っている聖教会の言葉を疑う事が禁忌というのは何だ?」
私たちは呆気にとられた。
「何って……そういう決まりじゃない。聖教会の教えは絶対で間違いはない。それを疑うことは罪だって。なんでアンタが知らないのよ?」
「それは間違っている。人は間違えるし時が進めばそれまで知り得なかった新たな真実が明るみになることもある。間違いを修正するのは当然だ」
「私に言われても知らないわよ! 聖教会のお偉いさんに言ってよ!」
「わかった」
と踵を返し来た道を戻ろうとするアルの袖を掴みヒルドは制止させた。
「――って今すぐじゃないわよ! もう……融通が利かないわね。どの道巡礼はしなくちゃいけないんでしょ? 今は当初の予定通り、ネスタルに行ってアルが伝えられる範囲で精霊の事を皆に伝えて準備が整ったら木の聖域に向かいましょう。その後は巡礼の途中で立ち寄った場所では出来る限りアルに精霊の事を流布してもらいながら巡礼を進める。最終目的地の水の国には聖教会があるんなんだからその時にアルが聖教会のお偉いさんに精霊を殺すのを止める様に伝えてくれるように説得してもらいましょう。これなら各地で情報集めもできるし一石二鳥だわ」
「ああ」 アルはそう答えて再びネスタルの方に踵を返した。
「なんだよ。結局最初の予定と何も変わってねぇじゃん」
「仕方ないじゃない! だって何もわかんないんだもの。スライムを殺してはいけないってことが分かっただけでもいいでしょ?」
ふと疑問に思ったことをアルに聞いてみた。
「アル。今まで殺してしまったスライムたちはどうなるの?」
「どうもならない。傷ついた精霊は液化し、大地に吸収される。その後気化し大気中を漂う。時間が経てばまた集まってスライム状になり汚れた大地や水、植物の浄化をして再び大気中に戻る。浄化能力があるのはスライム状の時だけだ。その時に傷ついて液化してしまうと再びスライムに戻るまで時間がかかる。精霊の浄化能力は決して高くはない。長い時間をかけて浄化する必要がある。スライムを見つけたらそっとしておくしかない」
それを聞いて安心した。死んだわけではないみたいだ。時間がかかってもまた元に戻って世界を綺麗にしてくれるんだ。
「よかった。スライムは死んだわけじゃないんだね」
ヒルドとシグもほっとしたようで二人で顔を見合わせて微笑み合っていた。
「ああ。だが、死なないからと傷つけ続けてしまうといつまで経っても世界の浄化は進まない。何とかしなければ先に世界は崩壊する。通常スライム状の精霊が傷つき液化した場合、再びスライム状になるまで一年ほどの時が掛かると考えられている。これだけ世界が澱んでしまった状態ならもっと早く復活するだろうが――。彼らは世界が汚れれば汚れるほど世界のバランスを保つためそれを浄化しようとする力も強くなる。数を増やすと言った方が正しい。世界中の人々がスライムの重要性を理解し彼らを保護するだけでもこの世界は修復力を取り戻す」
アルほどの力を持つ人でも一人では世界は救えないんだ。そのことが聖女としてこの世界を救わなければならないと一人で悩み続けてきた私の心をスッと軽くした。私一人では世界は救えない。ヒルドやシグ、アルの力を借りて聖域の浄化をすることだけではなく世界中の人たちが力を合わせて変えていくことが必要なんだ。ヒルドとシグも同じようにこの旅に同行すると決めてからずっと悩んでいた。本当に自分たちは必要なのかと。私の為だとはいえ本当に意味があるのかと。直接私に話したことはないけれどずっと一緒に居れば嫌でもわかる。その不安を振り払うように二人はずっと鍛錬を続けてきたのだから。そんな二人の心の支えでもある剣と弓は弾き飛ばされへし折られた。それなのに今の二人には全く悲壮感がなかった。それどころか自分たちより明らかに実力も知識も優れている人間に必要だと言われたこと。明確な旅の目的を示されたことで長い間燻ぶっていた二人の瞳に希望の灯が宿った。
「よっしゃ。だったら俺たちで世界を救おうぜ! そして、必ず英雄になってやる!」
「うん! って言ってもスライムの重要性を伝えるだけだけどね」
「今はそれでいいさ! いつか世界中に俺の名前が轟くはずだ」
「スライムの伝道師シグって?」
「うへ!? なんだそりゃ? 恰好悪りぃー……」
「「ハハハハハハ」」
そう言ってみんなで笑った。考えてみればあの日から三人一緒に大笑いしたのは初めてかもしれない。私たち三人とアルの旅はきっと楽しい旅になる。そう思えた。
街道に出てから随分歩き続けたが心の不安も薄れさながら旅行をしているような感覚に陥っていた。私は村から出ること自体初めてだし、見える景色は相変わらず森の木々と真上に見える青空だけだけど、馬車が通れるこの道は森の中に比べれば断然歩きやすい。商人の子どもや旅を続けている親子とかならもっと小さい子どもでも普通に通り抜ける道だ。魔物が出るわけでも悪い盗賊が出るわけでもなく只々穏やかな時間が過ぎて行った。 しばらく歩き続けると開けた場所が眼下に広がった。
「お、見えてきた。ここも久しぶりだな」
「そうね。いつもここで野営するんだよね」
そこは少し開けた広場になっていてすぐ側を川が流れていた。道はうねりながらその広場に向かってゆっくりと下っている。
「今日はここで一晩明かして明日の夕方にはネスタルに到着だ」
まだ十分明るい時間だが今日はここで野宿をする様だ。私は家以外で夜を明かした経験がない。外で夜を明かすということは旅に出る不安要素の一つであった。でも、楽しそうに準備を始める二人の姿を見て私も少しずつ不安が和らいでいった。
「ねぇ。どうしてここで野営するの?」
「え? どうしてって……いつもここで一晩明かすから俺たちもそうしてるんだけど」
と何も考えていなさそうなシグに呆れた様子でヒルドは言った。
「馬鹿ねぇ。ここは川が近いから水や魚が獲れて食事の準備しやすいし、川上に滝があって沐浴したり何か都合がいいからここを利用してるのよ」
「そうなんだ。便利な場所なんだね」
そう感心していると横に立っていたアルが加えて言った。
「ここは川が弓なりに曲がっていて手前の川は流れが遅く穏やかだが対岸は深く流れが速いから川側から獣に襲われる心配が少ない。加えてこの場所は広場になっていて森側を見渡しやすく急襲にも備えやすい。川側に背を向けて森側を見張っていればすぐに対処できるように考えられている。さらに川上に滝があることで魚も天敵に襲われにくく、成長しやすい環境にもなっている。今後野営地を自分たちで探す必要がある場合こういう地が理想的だ」
「「「へー」」」
一同で感心した。アルはどうも馬鹿なのか賢いのかよくわからない。
「昔からここで休んでたって聞いたが昔の人は色々考えてたんだな」
「恐らく今ほど平和ではなく徒歩で遠方に向かうしかない時代はそういう場所を多くの人が利用し、そしてそれは各地に存在していた。特にそういう便利な場所には人が集まりやすい。商売を始める行商人が現れ、だんだんと宿場や町ができる」
「へー。じゃあでも何でここは町にならなかったんだ?」
「恐らく立地の問題だろう。現在の旅人は馬車を利用すれば半日で移動できる距離にネスタルがある。ここに町を作ってもその次の町までの距離が近すぎれば人は集まらない。さらにここは開拓するには森が深すぎる。野営地としては良い条件だが町として栄えるには条件を満たしていない」
「なるほど」私たちは感心した。
「馬車も増え使われなくなった宿場や野営地は徒歩で移動していたころに比べて減ったはずだ。ここも恐らくお前たちの村の者と何らかの問題が発生した者しか使っていないだろう。だから危険を回避するためにも旅の速度を上げるためにも馬車を手に入れることが先決だ。旅の途中で誰かが怪我や病気になっても馬車があれば移動を続けられる」
「なるほど。馬車か。自分たちの村が余りにも奥深い場所だったから馬車は邪魔なだけだと思ってたけど移動手段としてはものすごく重要なのね」
「ってか色々ありすぎて忘れてたけど、アル! お前ら馬車で騎士団で来るはずだったんじゃねーのかよ。何で一人で徒歩で来てんだよ。聖教会なら立派な馬車がいくらでもあっただろうが?」
そうだ。色々な事がいっぺんに起こってうやむやになっていたけど、私たちは聖騎士団の馬車に乗って旅に出るはずだったのだ。そう聞かされていたしそれを当てにしていた。でも実際に現れたのはアル一人。だから今朝の出発時は徒歩での移動に適した荷を詰め直したのだ。
「騎士団なら馬車と共に水の国と木の国の境にある橋から落ちていった。私はエイルを連れて聖地を回るために一人で――」
「「「だから言えよ!」」」今日だけで何度頭を抱えたかわからなくなってきた。
「何で仲間が死んだのにそんなに平然としてるんだよ!」
「仲間ではない。彼らが私を攻撃してきたので回避した。それでも執拗に攻撃してきた彼らは自らの攻撃で橋を瓦解させ橋と共に谷底に落ちて全員死んだ」
私たちは言葉を失った。掛ける言葉が見つからなかった。なぜ仲間のはずのアルを攻撃したのか、アルがどんな気持ちでここにいるのか。聞きたいことは山ほどあったがとてもじゃないが聞けない。
「何でそいつらはお前を攻撃したんだ?」
そういえば無神経な馬鹿が一人いた。
「分からない。空を飛んでいたのが気に入らなかったのかもしれない」
「空を飛んでいたのが? 他の聖騎士は飛べないのか?」
「普通の人間は空を飛べない――」
シグはあきれた様子でアルの言葉を遮った。「あーはいはい。お前が特別だって言いたいんだろ? でも……、他の連中に殺されかけたのに何でお前はこの旅を続けるんだ?」
「私はただ自分の使命を全うするだけだ。これは私にしかできない」
表情こそ一切変わらないがその言葉にはアルの確固たる信念がにじみ出ていた。
「そっかそっか。お前にも色々あるんだな。わかった。もう何も聞かねぇ。でも心配するな。俺たちはお前の味方だ。仲間だ。今度お前を傷つける奴が現れたら俺がたたき切ってやるよ!」
「そうよ。私たちは絶対にあなたを裏切らないからね。これからよろしくねアル。」
「アル。その……よろしくお願いします!」
「ああ。宜しく」
アルは不器用で言葉足らずだから色々な誤解や妬みなんかもあったのだろうか? まだ十四の少年にとって仲間に殺されかけたという現実は彼の心にどれほどの傷を与えたのだろう? 私たちは彼に信頼してもらうことができるのだろうか? 私は彼の言葉をちゃんと理解してあげられるだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます