第7話 ある晴れた日に①
第二節
私にとっての初めての冒険。その最初の目的地は隣町ネスタルに向かうというものだった。森を切り開いて作られたこの道は左右を鬱蒼とした木々に覆われ、晴れている時でも真上からでなければ日の光がほとんど届かない薄暗い行路だ。ヒルドやシグにとっては何度も足を運んでいる場所なので何の迷いもなく足を進めている。普通に歩けば二日程の道のりらしい。馬があれば一日で移動することもできる道のりだけど私たちの村は奥深いため荷台はもちろん馬でも行くことができない。だから馬を飼っておらず、ほとんどのものを村の中で自給自足して暮らしている。村ではめったに手に入れられない鉄の道具などを手に入れたい時だけ村の特産物である羊毛で編んだ布を袋に詰めて往復四日かけて徒歩で隣町まで買い出しに出る。シグとヒルドが最後にネスタルに訪れたのは五年前。私が聖女であることが分かったあの日以来だ。
「なんか懐かしいな」
「そうね。あの日以来ずっと村で特訓に明け暮れてきたもんね。強くなれたのかどうかはよくわかんなくなっちゃったけど」
「相手がアルだけじゃな。コイツが特別だと信じたいがもしかしたらアルより強いやつもいるかもしれねぇし。旅を続けていればそのうち分かるだろ」
シグのその言葉を聞いたアルは真顔で答えた。「私より強い人間は存在しない」
「あーはいはい。そうでしょうともよ」
本気で言っているのか嘘で言っているのかもよくわからない抑揚のないアルの言葉を軽くあしらったシグはなんとなくソワソワしているように見えた。
「なんか出てこねーかな。凶暴な獣とか見たことないような化け物とか」
「馬鹿なんじゃないの? そんなの一度だって出てこない方がいいに決まってるでしょ」
「はぁ? 何でだよ。出てこなかったら鍛えた意味ねーじゃねーか!」
「それならそれでいいじゃない。安全に越したことはないわよ。エイルの巡礼さえ終わればすべて元通りの生活に戻れるんだから」
「元通りの生活なんてまっぴらだ! あんな小さな村で一生を終えるなんて考えただけでも涙が出てくるぜ。俺はこの旅で英雄になるって決めてるんだから」
「――くだらない」
「あー? なんだと!」
いつも通りのやり取りを繰り返す二人の後をアルと二人肩を並べて歩いている。さっきまでアルに一喜一憂していたことが余計に馬鹿々々しくなる。あの二人はきっとずっとああして二人で過ごしていくんだろうな。私はどうなんだろう? この旅が終わったら私はどうなるんだろう。村に帰ったらまた三人で仲良く過ごしていけるんだろうか? でもシグはそれが嫌みたいだ。本当に騎士になって村を出ていくのだろうか? そうしたらヒルドは? 村にいるのだろうか? シグに付いて村を出ていくのだろうか? アルはきっと元の場所に戻るんだろう。そうしたら私は? 旅立ったその日に旅が終わった時の心配をしてしまう私はやっぱり馬鹿なのかな? そんな事ばかり考えて歩いている私にアルが声をかけてきた。
「大丈夫か? まだ辛いか?」
見当違いな心配をしてくれていた。相変わらず無表情ではあるが私に気を使ってくれているのは確かだ。それがアルの使命だからだとわかっていてもやっぱり嬉しかった。
「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だよ」
「そうか。何かあればいつでも言ってくれ」
「うん」 こんな一言に本気で喜んでニヤニヤしてしまっている私はやっぱり馬鹿だ。
「スライムだ!」
急に声を上げたシグが指さす方を見てみるとそこには緑色でベトベトしたヘドロのような塊が二ついた。待ってましたと言わんばかりのシグは背中から剣を抜き、スライムに向かって一直線に駆け出した。ヒルドはシグが向かった方を確認してそれとは違う方のスライムに向かって弓を構えた。
「待て」
と発したアルの言葉は二人には聞こえていないようで勢いを緩めることなく走って行ってしまった。
「うりゃ!」 力いっぱい剣を振り下ろした瞬間なぜか吹き飛ばされるかのように後ろ側にものすごい勢いで飛んでいき、後ろにあった木に思いっきりぶつかった。
ベキンと甲高い音が鳴り響いたと同時に「ぐはっ!」とシグが苦痛の声を上げた。その姿を目で追って唖然としていると今度はすぐ後ろにいたヒルドが悲鳴を上げた。
「きゃあっ!」その声に驚いて今度はヒルドに目を遣ると地面に座り込んでいた。その手に持っていた弓は真っ二つに割れていた。私は何が起こったのかさっぱりわからなかった。文字通り右往左往している私は何があったか理解するため隣にいるアルに答えを求めようと左を振り向いた。でもそこにいたはずのアルの姿はなく今度はアルを探して目線を変えると先ほどスライムを切り付けようとしたシグが居たはずの場所にスライムを背に立っているアルの姿を見つけた。その様子はまるでスライムを守るためシグとヒルドに立ちはだかっているかのように見えた。
「な、何するのよ。アル!」と声を上げるヒルドに再び目線を向けると折れた弓を振り回しアルを怒鳴りつけるヒルドの姿があった。
「ごほごほ……っ痛ってーな! 何しやがるアル!」今度は逆方向からシグの怒号が聞こえた。なんだか目が回って少しくらくらしてきた。
「ちょっと息止まって死ぬかと思ったじゃねぇか! てめぇ何のつもりだ! って、ああ!」
シグは手に握っている剣を構えた。 その剣は剣身が真っ二つに折れて刃先半分が無くなっていた。
「それはこちらのセリフだ。二人とも何のつもりだ?」そう言うアルはいつも通りの表情でいつも通りの口調ではあったが私にはなんとなく怒っているように見えた。
「あ? スライムが居たら殺す。当り前じゃねーか! てめぇこそどういうつもりだ! 剣が折れちまったじゃねーか!」
「そうよ! どういうつもりよ。私の弓も折れちゃったじゃない! どうしてくれんのよ!」
すごい剣幕で攻め立てる二人は左右からアルに詰め寄った。
「何故彼らを傷つけようとする?」 アルは二人に問いかけた。
「何故? 彼らってスライム? スライムを見つけたら殺せっていうのが聖教会の教えでしょ!? さっきから何を言ってるのよ!」
アルの問いかけにそう答えたヒルドに対してアルは「彼らはスライムではない。精霊だ」と答えた。
「は? さっきから何わけわかんねー事言ってんだ? どう見たってねばねばドロドロの気持ち悪りぃスライムじゃねーか!」
シグの疑問に対してアルは答えず、代わりに「エイル。こっちに来なさい」と私を呼んだ。こういう言い争いにはあまり巻き込まれたくなかったけど意味もなくアルが私を呼ぶわけはないだろうと黙ってうなずいてアルの方に足を進めた。アルの前まで行くと指をスライムに向けて差し私の顔を見ながらこう言った。
「彼らの周りの土を浄化しなさい」
「え?」意味が理解できなかった。浄化? 浄化ってなんだっけ? このスライムの周りの土を浄化する?
「あの、それってどういう?」
「エイルの力でこの場所を癒してみなさい」
「癒す……」やっぱり意味は理解できなかった。土を癒す? とりあえずアルに言われるがままスライムの直ぐ隣に座り手を大地に当てる。そして、この五年間練習してきた通りに大きく息を吸い力を込めてみた。手のひらから光が溢れる。その姿を見たシグとヒルドは血相を変えて近づいて来た。
「おい! 危ないだろ!」と私をその場から離れさそうとする近づくシグをアルは止めた。
「大丈夫だ。彼らは決して人を傷つけたりしない」 そう言うとアルは私の隣に座り、肩に触れた。
「落ち着いて。この傷ついた大地を癒しておくれ」
アルに触れられて少し落ち着いた私はさらに力を送った。するとその大地の上にいたスライムの身体が緑色の光を放ち始めた。
「そうだ。そのまま力を送り続けて」
アルに言われるがままに力を送り続けているとヘドロのようだったスライムから次々と緑色の光の粒が溢れ出し、少しずつ空に浮き上がって消えていく。
「え? なんだこれ?」
「綺麗……」
次から次へと光の粒の数は増えていき、同時にスライムの身体は徐々に小さくなっていた。そしてしばらくするとスライムは跡形もなく消えてしまった。
「な、なんだよこれ? どういうことだ?」
「これが彼らの本来の姿だ。普段は目に見えないほど小さな光の粒子で大気中を漂っている。しかし、世界が汚れてしまった時、彼らは一塊に集まってその汚れを喰うスライム状の姿に変わる。そして浄化が済めばまた今のように光の粒子となって大気中を漂う。先ほどの緑色の光は植物に属する精霊だ」
「は? なんだよそれ? そんな話聞いたことねーぞ」
「そうよ。それにおかしいじゃない! そもそもスライムを見つけたら殺せっていうのは聖教会の教えよ? 私たちはその教えに従って今までずっとスライムを殺してきたのよ?」
「その教えとやらが間違いだ。しかし、そうか。この世界の不浄に対して精霊があまりにも少ないのはそういうことか」
アルの言葉を冷静になって考えてみたが、やはり理解できなかった。いや、確かに私はアルに言われた通り大地を浄化した。そして、その結果スライムは光になって消えた。それは分かる。でも聖教会はスライムを殺せと命令してきたし、その聖教会の騎士であるはずのアルはその教えが間違いだという。どうにも理解できない。
「だったら何か? 俺たちは今まで世界を救うどころかずっと傷つけ続けてきたってことか? 聖教会の命令に従ってやってきたんだぞ!?」
「精霊を切ったところでこの世界が壊れることはない。ただ、傷つけられた精霊は再び先ほどのようなスライム状の姿になるまでに長い時間がかかる。再び浄化できる姿になるまでに世界はさらに汚れ、大気に漂う精霊はどんどんスライムに変わる。増えたスライムを傷つければさらに浄化に時間が掛かってしまう。つまり、この世界の不浄の原因は世界を癒す力が失われてしまったことにある」
「世界の不浄? ねぇ! どういうこと?」
「今この世界は至る所で均衡を崩してしまっている。この時期にこれほど寒いのもその一つだ。その原因を探って改善する必要もある」
「原因を探って改善? 原因って何よ! ずっと太陽が出てこなかったのもそれが原因だっていうの? スライムがそんなに大事なんだったら何で聖教会はスライムを殺せなんて命令を出してるのよ! それとも間違った情報が広まっちゃったの? ううん。それは無いわ。もし間違った情報が広まっていたら聖教会がすでに正しているはずだもの。つまり敢えて間違った情報を聖教会が広めている? 何の為に?……」
他人に疑問を投げかけながら自分で答えを導きだそうとするのはヒルダのいつもの癖だ。
「理由は分からない。だが、このまま聖地を巡り浄化するだけではまた直ぐに汚れてしまうだろう。スライムを殺せという間違った教えを広めているのならばその誤った教えを正すことが必要だ」
アルとヒルドが問答を繰り返している間、聖女として聖地を巡り浄化をする旅に出たはずの私は自身は思いがけないアルの言葉をうまく理解できずにいた。
「スライムを殺したらダメだってことはわかった。わかったが、だったら口で言えよ! 何で俺をあんな勢いで投げ飛ばす必要があったんだ! アル!」
止まらない問答を黙って聞いていたシグが声を上げた。
「そうよ! 見てよこれ! 真っ二つに割れちゃったじゃない! 出発したばかりなのにこれからどうしたらいいのよ!」
ヒルドも思い出したかのように弓をアルに突き出した。
「待てと言った」
「「は?」」
そういえばアルは確かに『待て』と言っていた。
「私はシグから剣だけを奪って投げるつもりだったがシグごと飛んで行ってしまった。まさかあれほどの力で握りしめているとは思わなかった。強敵を前に武器を手放すことは死を意味する。最後まで手放さなかったことは見事だったが敵を前にしていない時は剣もっと軽く握った方がいい。ヒルドの方も放った矢で弓の弦だけを切るつもりで撃ち返したが、君が咄嗟に返ってきた矢を弾こうと弓を動かした為に弓に当たった。咄嗟とはいえあの速度の矢に反応できるのは見事だった。だが自分に向けられた矢を正しく見極める目を養った方がいい」
しれっと言い返したアルの言葉に二人はさらに激昂した。しかし、返す言葉が見つからないのか、何気に褒められたのがうれしいのかシグは地団駄を鳴らし、ヒルドは座り込んだまま頭を抱えていた。
「エイルと二人で旅をしていればすでにこの国の聖地は既に浄化し、今頃は火の聖地にいただろう。このことに気づけたのはお前たちが同行したおかげだ」
「「「――は?」」」
おかしなことを言ったように聞こえたのは私だけだろうか? 今頃火の聖地にいたと聞こえた。
「何言ってやがる? すでに火の国の聖地にいただと? そんなことできるわけねーだろ! いったいどれだけの距離があると思ってやがる? 馬車を使って移動したって港まで数日掛かるんだぞ」
「そうよ。しかも木の国と火の国は船でしか渡れないのよ? 船での移動だけでも数日掛かるのに」
やはり私の聞き間違えではなかった。そう。私の村から火の国に渡るには馬車を使って真っ直ぐ向かったとしても十日以上は掛かる道のりだ。聖地は人里離れた場所にあるから立ち寄りながらなら猶更だ。どうやっても移動できるわけがなかった。
「私とエイルだけなら飛んで移動できる」
「「「――は?」」」
さっきからアルは訳の分からない事ばかり言う。気でも触れてしまったのだろうか?
「どういうことだよ? 飛ぶ? 飛ぶって空を? 鳥みたいに?」
「ああ。風の精霊の力を使えば半日ほどで聖地から聖地まで移動できる。エイルの体力を考えて一日に一か所の聖地を浄化したとしても五日で終わる作業だった。エイルと二人でなら飛んで移動できたが、お前たちが一緒だと飛べない」
「「「――言えよ!」」」
思わず私も叫んだ。私たちは頭を抱えた。え? つまりどういうこと?
「じゃあ何か? お前は俺たちが邪魔で今歩いて移動してるってことか?」
「ああ」
「ああじゃねーよ! 最初に言えよ! そんな簡単に移動して終われる旅なら俺たち意味ね―じゃねーか!」
「だから、足手纏いだと言った――」
「馬鹿野郎! それだけじゃわかんねーよ! 何でお前はそう言葉足らずなんだ!」
シグはもどかしそうに両手で頭を掻きむしっている。二人の言い争いを黙って見ているヒルドは言葉を失ったようで膝を抱えて項垂れていた。
「はぁ。……ヒルド帰ろう。アル。俺たち村に戻るわ。エイルと二人で行ってくれ」
肩を落としヒルドの傍に移動したシグは頭を抱えて座り込むヒルドの隣に座って肩に手を置いた。ヒルドは黙ってその手を握り返す。私はその姿を見てそれでも一緒に来てほしいとはとても言えなかった。するとアルは私の心を見透かしたように予想外の言葉を放った。
「ダメだ。お前たち二人には共に旅を続けてもらう。この世界はすでに聖地の浄化だけでは元に戻せない。世界中を回り、間違った情報の是正をする必要がある」
その言葉を聞いてシグとヒルドは互いの顔を見合わせてアルに視線を向ける。その顔には心なしか安堵の様子が見て取れた。しかし、ヒルドの表情がみるみる曇っていく。
「ん? 待って。それってただ聖地を巡る旅じゃなく世界中の人たちにスライムは殺してはいけないって伝えて回るってこと?」
「ああ」
「ああ。じゃないわよ! それがどれだけ大変だと思っているの? だいたい聖教会の教えが間違ってるなんて世界中の人たちにどうやって伝えるのよ! 私たちが間違ってるって言われるに決まってるじゃない! 何より聖教会の教えは絶対なのよ? 間違ってるなんて言ったら死罪よ!」
「お前たちには伝わった。それと同じように正しい情報を伝えればいい」
「「はあ……」」
シグとヒルドは顔を見合わせて大きなため息をついた。声には出さなかったが私も同じ気持ちだった。アルという人間は途方もなく不器用なんだ。口下手で必要なことをちゃんと相手に伝えることができない人なんだ。
「お前たちが一緒に来なければ気づかなかっただろう。このまま聖地を浄化して旅の目的を果たしても世界の均衡を取り戻すことはできなかった。ありがとう」
「お、おう」「うん。ってお礼言われてもね。現状何をどうしていいかわかんないし」
アルに初めて礼を言われた二人は照れているようにも戸惑っているようにも見えた。でもそれ以上に二人が嬉しそうに見えた。
「では先へ進もう」
そう言うアルの言葉にどうにも腑に落ちないといった二人は体を起こし渋々足を前に進め始めた。私もその後について歩き出す。そしてそのすぐ後をアルは当たり前のようについて来た。
「ねぇ、アル。あなたって強いけど馬鹿よね」 とヒルダは言った。どうやらもう聖騎士として敬う気持ちは無くなってしまったようだ。
「ああ。馬鹿だな」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
「そうか」
「そうだよ」
なんとも不毛なやり取りを繰り広げる三人は何故か楽しそうだった。
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