月光に照らされて煌々と輝き燃ゆるは紅蓮の乙女
新山田
第1話 白き獣
千年王国パドレス。
大陸広しといえどこれほど長い歴史を持った国は無い。
今その国は王位継承権を巡り王族同士の骨肉の争いがおきていた。
「それで姫君が通るルートの一体どこで仕掛けるつもりなんだ?」
整った顔立ちの男はすました様子で、
森の中を馬で駆けながら横にいる同僚に尋ねる。
「聞いてなかったのか?はぁ・・パドメ辺境伯の領地手前で強襲を掛けるんだよ」
同僚のスキンヘッドの男がすました男に呆れながらも答えてくれた。
「そうか」
その態度になおも男は澄ました様子だった。
────────────────────
王都周辺の森を走る馬車が一つ。
中にはパドレス王国の姫「アスタロット」が乗っていた。
彼女はとても不安げな様子でいた。
見かねた対面に座る執事のビクターが声を掛けた。
「姫さま大丈夫でございます。追っては王都内で巻きました・・・ここまでこれば安心でございます」
不安を取り除こうと務めて笑顔で言葉を紡いだ。
「ええ分かってます。でも追手のことで不安なのではなく、王国の民がいまこの時も王族の争いに巻き込まれている・・・そのことがたまらなく心配なのです」
アスタロットの顔は曇ったままだ。
「姫さまが生き残ることができればきっと王国の民を救うことができます。ですので気を落としてはなりません」
ビクターは自らの主君を鼓舞した。
「わかっています。兄さまを止めることができるのは今や私だけ・・ですから・・」
アスタロットは自分の白く細い手のひらをギュっと握り締めた。
王位継承権第一位の王子ギムレットは突然の病により失脚。
王位継承権第二位の王子ロキルットは、
自分の地位を盤石なモノにするべくほかの継承権保有者を暗殺していた。
その魔の手がアスタロットにも近づいていたのだ。
それを回避するべく中立派のパドメ辺境伯の元に逃げ延びようとしていたのだ。
馬のいななきとともに馬車が揺れる。
ドンドンドン!
扉が強く叩かれ開いた。
「アスタロット姫失礼いたします!敵襲です!」
近衛騎士のカノットは青い顔で、敵の接近を報告してくれた。
「報告ありがとうございます」
アスタロットはその手を取り感謝を伝えた。
近衛騎士のカノットはその行為にその青い顔の血色がよくなった。
「いえ勤めですk──」
意をただし姫の感謝への言葉を返す途中、
カノットの頭に鋭い音とともに矢が刺さった。
それが敵の襲来したことを報せる合図となった。
執事のビクターに手を引かれ戦場と化した山道を進む。
アスタロットの耳には、
矢が飛び悲鳴が上がり金属がぶつかり合い音が響く。
(またわたしのために人が死んでいく・・・)
つい涙がでてしまった。
心は沈み重くなるが、それに反して体は前に進む。
ビクターはその手を強く握り、
離さぬようにしながらもアスタロットの背後を警戒していた。
背後から迫る第二王子の強襲部隊は、
近衛兵たちを物ともせず足止めすらも叶っていない。
(今のままではどうにも、領地を超えることは出来そうにありませんな・・・)
額から流れる汗の量はビクター自身の焦りを表していた。
それでも進む。
この国を救うのは、
アスタロット姫ただ一人とそう信じているためであった。
それでも現実は残酷だ。
魔の手は遂にその背中に触れる寸前まできていた。
大きな影が二人に掛かる。
「ようやく見つけましたよ!姫君!」
澄ました顔の男はその両手に握った剣をためらうことなく振り下ろした。
剣がアスタロットの背に触れる寸前に腕を引っ張られて前に進んだ。
「うっ!?」
ビクターは二つの切先を受けて血が流れる。
「姫さま!はやくお逃げを!」
「ビクター!」
ビクターの意思に反してアスタロットは倒れた老執事に駆け寄った。
「ひめさま・・は・・やく!」
逃げるようにとアスタロットの肩を押すが力の無い腕ではどうにもできない。
「いやよ!あなたも失ってしまったら、わたしは誰を信じて生きていけばいいの?」
奇麗な瞳から大粒の涙が頬に流れていった。
「感動的だねぇ~」
二人に近寄る澄ました男は剣を上段に構えた。
「安心しなよ・・・二人とも仲良くあの世行きだ!」
太陽光に照らされた二対の剣が振り下ろされた。
その時、
「グォォォォオオオオ!!」
獣の叫び声が遠くの背後より聞こえた。
────────────────────
シングリクト王都領とパドメ領の境目にある”黒い森”
背の高い木々が作り出す影からその呼び名が付いた。
その木々たちを容赦なくへし折りながら現れたのは、
大きな体に白い毛を生やした獣だった。
その獣は匂いを嗅ぎつけてやってきた・・それは特別濃い”血”の匂い。
鉄のような臭いが充満していた場所へ出る。
森も中にできた小さな空き地には多くの人がいた。
「よっしゃ!兵士の首ゲットぉ~!うわっ!」
即座に地面を蹴り上げ跳躍すると、目の前にいた人間を襲った。
そのまま流れに身を任せて目の前の獲物を次々狩っていく。
先へ先へと進む中で獣の目に映ったのは、
泣きながら老人を抱きしめる少女の姿であった。
「思い残すことは無いわ!お願いよ!わたしを殺して!!」
少女の叫び声は黒き森に響きわたった。
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読んでいただきありがとうございます。
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