私とアイツは本当にそういう関係じゃないし私好きな人います。

筆屋富初/Hituya Huhatu

私とアイツは本当にそういう関係じゃないし私好きな人います。

 屋上に行く手前の階段。


 その階段で私とある男友達が腰かけて、話をしている時だった。


「お前好きな人いるだろ」


 唐突にそいつは話題を変えた。


「えっ」


 確かに、私には好きな人がいる。でも、コイツでは無い。


「違うのか?」

「いや……いる」


 正直に答える。


「誰か当ててやるよ」

「できるものなら」


 瞳と瞳がバチバチと音を立てるようにかち合う。


 しかしやがて……彼は飽きた、というかのように目をそらす。


「いや、やっぱ分からねぇわ……フン、全く、つまんねぇの」


 吐き捨てるように言う。


「つまんなくて悪かったわね」


 良かった。


 こんなこと言ってるけど、内心当てられたらどうしようかと思っていた。


 でも当てられたってどうせ、そしてこいつが告白してきたとしても、コイツとの関係は変わらないのだけど。



 数日後、学校の帰り道。


 あの時との男友達とは違う、別の男子生徒と横並びで帰る途中。


「お前、好きな人いるだろ」

「……うん」


 ドキリ。心臓が高鳴る。


 お前だよ、お前。


「……」

「……」


 横並びのまま、なんでもないように平静を装う。


 しかし、もし彼がこちらを向いてしまったら、明らかに気が動転して目が泳いでいでいることがわかってしまうだろう。


「……」

「……」


 私は何も言えくなってしまった。彼も何も言わない。

 横並びで、ただ歩き続ける。


「……」

「……」


 男友達には好きな人がいるってことを当てられても、あれだけ軽口が叩けていたのに。

 この人相手だと全く違う。心臓が張り裂けそうになって、言葉が全く出てこない。


 ダメだ、きっとこれ以上は怪しまれる。


 そう思っても、その場はただ沈黙を保っているままで、どちらも何も言えないまま、いわないまま。


 そのまま歩き続ける。


 しばらくして。


「……ホットココア、買ってやるよ」

「う、うん」


 彼が自販機に行ってしばらく心を落ち着けているうちに、自販機から彼は缶に入ったココアを取りだし、渡してくれた。


 季節は冬。


 寒い中でもそのホットココアはとても甘ったるくて、暖かい。


「ありがと」


「お礼と言っちゃなんだけどさ、その…好きな人って誰?」


「……教えない」


「……」

「……」


 また沈黙がやってきてしまった。


 私は今、おかしな表情をしていないだろうか? ちゃんと平静を装えているだろうか?


「ふーん、まあいいけど」

「……」


 やはり私は何も言わなかった。



 後日。


 その日もまた、例の男子生徒と一緒に帰る日だった。


「あのさ」

「……なに」


「好きな人、だれ?」

「教えない」


「……」

「……」


「ふーん…まあ、今日もホットココア買ってやる」

「……うん」


 次の日も。


「ココア買ってやるよ。どれがいい?」

「これ」


 ガタン。


「はい」

「ありがと」


「で、好きな人って誰?」

「教えない」


 一週間して。


「よく来たな、上がって上がって」


 例の男子生徒の部屋に招かれていた。


「うん、お邪魔します」


 そして……机の上にはホットココア。


「私、別にココアだけが好きってわけじゃないけど……」


「なら別のにするか?」

「いや……これがいい」


 私がホットココアを口にしている時。


「……で、好きな人って誰?」


 だからお前だっつの。


「教えない」

「そっか」


「……」

「……」


 沈黙。


 そして、結局その話題は流れて、学校のテストの話や、お互いのクラスの話、授業の話などをして一日が終わる。


 「今日はありがとう」


 「また来いよ」

 「うん」



 後日。


 また例の男子生徒の家に来ていたが……その日のココアはちょっと味が違うような気がした。


「好きな人誰?」

「教えない」


 それにしても、このココアは一体なんだったのだろう。

 コーヒーなら豆の違いとかは聞いたことがあるけど。

 ココアも味が違ったりするのだろうか?


 そしてまた別の日。


 また味の違うようなココアを出された。


「で、好きな人って誰?」

「教えない」


 謎のココアと、私の秘密が交差して、交わっていくようだった。



 そして……季節は巡り、春。


 ホットココアは自販機からなくなっていった。


「なあ、今日もうちによっていかないか」

「いいけど」


 そして、出されたのは……アイスココア。

 さすがにここまでされると、私も困惑する。


「えっと……」


「アイスココアは苦手か?」

「ううん、飲める」


 私はアイスココアに口付ける。


「で、……」


 その先は、聞いていなかった。

 

 でも、いつも通り返した。


「教えない」



 季節は夏。

 毎日毎日、味の違うアイスココアを出される。


 どうしてだろう。

 こんなに色んな種類のココアがあるものなのか?

 どれもこれも飲んだことの無い味だ。


 それでも、私は頑なに、教えない、と秘密を突き通した。



 季節は秋。

 久々にホットココアを出された。


「! あの、これ……」

「ああ、お前が最初に飲んでたやつ」


「ふーん、そっか。通りで、懐かしい味がするのね」


「ところでさ」


「教えないって言ってるでしょ」


「……そっか」


 いつもの彼とは様子が違った。

 いつもなら、興味無さげに話を流すのに。


 明らかに落ち込んでいるみたいだ。


「きょ、今日はもう帰るね」

「うん」


「また明日ね」

「うん」



 後日。


「お前バカじゃねぇの」

「私もそう思う」


 男友達に、自分の好きな人と、その顛末について教えた。


「俺は勘違いされると困るから、正直お前のこと本当の本当になんとも思ってないってことだけ先に言っておくわ、安心しろ」


「それはいい知らせだわ」


「多分嫉妬もしねぇし、いきなり気が変わりました、ハイ付き合ってください、みてぇなこともぜってえ言わねぇから」


「なんか失礼なこと言われている気がするわ」

「事実だ事実。なんならチョコレートも要らねぇ」


「そういえば私がせっかく高いチョコレート買ってやったのに、お前それ他のやつに食わせてたわよね。当てつけ?」


「あれは面白かったわー」


「ふざけてんじゃないわよ、それなりに仲良くやってんだから当然のことをしてやろうと思ってたのに、踏みにじりやがってさ」


「だってそれ受け取っちゃったら3倍返しとかいうホワイトデー様が、嫌がらせとして帰ってくるじゃねぇか」


「あら? そうだったかしら?」


「あとはトリックオアトリート!とか言いながらどさくさに紛れて俺ん家に入ってきてエロ本漁ろうとしただろ」


「だって面白かったから」


「やっぱお前、バカじゃねぇの」

「ふん、自覚はあるわ」


「それと、俺がお前のこと好きだからこのままの関係がいい……みたいな片思いにありがちの展開もないからな? お前が俺のこと好きになっても俺は振るし……」


「だから私の話聞いてたかよ! 好きな人がいるっつってんだろ!」


「あまりにもお前が馬鹿だから説明してやってるだけなのに怒るなって……とにかくその謎のココア男、謎が多すぎてわかんねぇ、でもこっちからは恥ずかしいし振られたくないから教えたくない、みたいな話だろ?」


「そうよ」


「だったらそれとなくヒントでも出して、当てさせてやれば? お前のこと嫌いならココア男は多分ここまでしねぇと思うし、茶化してるわけでもねぇだろ。純粋に友達として好きか、両片思いなだけじゃねぇの」


「そうかしら……ただ単にココアが好きで、味を共有する友達が欲しいだけ、みたいなのだったらちょっとショックだわ」


「そんときゃそんときだろ、俺の胸で泣いてくれたっていいんだぜ?」


「それだけは絶対にないと言い切れるわ、そんなことするなら首吊って死ぬ」

「そこまでか!?」


「冗談よ。まあありがと、助言だけは素直に受け取ってあげるわ。……はあ、まあ、あんたといるとスッキリするっていうか、お互いに変な恋愛感情を持ってないってことだけでなんか安心するわ」


「それは俺もそう思う。不思議な感覚だけどな」


「……」

「……」


「ねぇ」

「いや、俺もお前の言いたいことわかるぞ」


「そうね、ごめんなさい」

「はぁ……まさかあいつとはねぇ……考えても当てられないわけだ」


 あの時、階段でコイツと二人で好きな人について話をした。

 そして今、その当てる機会を、コイツから永遠に奪ってしまった。


 ……タネ明かしはもう少し先だった方が良かったかしら。


「なんか気が引けるというか……」

「別に気にしてねぇよ」


「とか言って悔しいんじゃないのー?」

「あぁ!?」


「ご、ごめんってば」

「……上手くいくといいな」


「思ってないこと言うんじゃないわよ」

「おう……お前テレパスか?」


「顔に出てんだよばーか」

「なんなら本当に玉砕してくれた方が、マジで面白ぇと思ってる」


「あんた本当に性格悪いわよね!? もしあんたに好きな人が出来たとしても私は何も言ってやんないわよ!?」


「俺はお前ほど馬鹿じゃないし、まあそれなりにモテるから……それに引きずるタイプでもねぇし」


「チッ」



 季節は冬。

 その日は男子生徒と、教室に残ることになった。


「今日もうちに来ないか?」

「いえ、それより私のうちに来ない?」


「いいのか?」

「うん」


 決意は固まってる。あとは行動に移すだけ、でもやっぱり少し怖い。


「じゃあ、上がって」


 机の上にはホットココア。


「アンタもココア好きなんでしょ?あれだけの種類のココアがあったんだし」

「まあな」


 彼はココアをすする。


「で、あんた好きな人いる?」

「え?」


「どうなの?」

「いる、けど……」


 ゴクリ。


 唾を飲む。聞きたいような、聞きたくないような言葉を口にする。


「それ、誰?」


 やっと聞けた。あとはどうにでもなれ。どうにかなれ。どうにかなるだけ。


 そう思っていたのに。


「……悪い、今日はもう帰る」

「え?」


「ごめん」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 バタン。


 彼は本当に帰ってしまった。



 そして次の日、屋上階段。


「はぁ!?」


「こっちがびっくりよ! あんだけヒヤヒヤさせといて予定が崩れたわ! どうしてくれんのよ!」


「って言われても別に俺に責任ねぇだろ!」

「それは、そうだけど」


「当たり散らしてくれんのも八つ当たりでもなんでもいいけどよ、解決してねぇのがいちばん困るな……せっかくお前の玉砕話が聞けると思ってウキウキしながら授業受けてたのに……」


「ほんっとに性格悪いやつ!」

「ははっ」


「で、次はどうすんのよ、これ…」


「どうにもならねえ……っつーかお手上げだな。俺ならもう面倒くせぇから別の人を探してると思う。ああ、もしかしたらお前以外に好きな人がいて、言うのがはばかられたんじゃねぇの? くくっ、だったらサイコー」


「……」


「お、おい。マジに受けとんなって」


「別に……あんたに心配されても反吐が出るわ、玉砕してくれた方が嬉しいんでしょ? だったら、さっさと告白してくるわ。そんで次の人を探す。それでいいんでしょ」


「……」


「何よ、あんたの方がマジに受け取ってる?」


「いや、そんな言い方されるとは思わなかっただけ……お前がここまで落ち込むとも思ってなかったって言うか……元気出せよ。もっといつもみたいに……、いつもみたいに……」


「いつもみたいに、何? どの面下げて言ってんだか。さっさと終わらせるって言ってんでしょ。もうこの話は終わり」


「ならさ……俺がお前のこと好きって言ったらどうする?」


「ふーん……何考えてんだかしらないけど。嘘ついてることだけはわかるわ。顔に出てる」


「チッ」


「バカね、私を見くびらないで頂戴」

「お、いつもの調子が出てきたじゃねぇか」


「……それが狙いだったのね」

「お前こそ、俺を見くびってんじゃねぇぞ」



 翌日、放課後。

 下校時刻もすぎ、誰もいなくなった教室。


「にしても、どうしようかしら」


 あの時、彼が帰ってしまった理由を知りたい。

 でも、聞き出したとして答えてくれるだろうか?

 それを答えてもらったとして?一体どうするのだろうか?


「きっと、振られたら本当にショック受けるわ……でも、そんなこと言ってちゃ前に進めないわよね」


 そして。


 男子生徒は何事も無かったかのように家へと招き入れてくれた。


 ホットココアが机に置かれる。


「私、好きな人がいるって前に言ったでしょ」

「うん」


「それ、あんたのことよ」


 彼は目を丸くする。


「ごめんなさいね、ずっと隠してて。でもどうしても怖くて言い出せなかったの……でも腹を括ったわ、振られようが構わない、時間が欲しいなら待ってあげるわ、好きにしてちょうだい」


「俺も」


「え?」


「俺も……お前のことが好き」


「へ?」


「ずっと、諦めてたんだ。お前に好きな人がいるって聞いて。だから、さっさと踏ん切りがつくように、お前から誰が好きなのか聞きたくて、ずっと待ってた」


「ちょちょちょ、待って待って! ならなんであの時帰っちゃったの!?」


「自分から言ったら、引かれると思って……言い出せなかった。ごめん……」


 「……そう」


 ココアは冷め始めていた。



 屋上階段にて。


「ふーん。つまんねぇーの」

「怒るわよ?」


「だって、友達のカレカノの話とか、マジでどうでもいいっつーか、ノロケでしかねーし」


「あっそ……こんだけ苦労したんだから、多少の労りの言葉くらいあっても良くないかしら?」


「じゃあ、嫌がらせとしてココア買ってやるよ」


 ニヤリ、とヤツは笑った。


「いいわよ、受けて立とうじゃない。……でも本当、あんたみたいなやつがなんでモテるのか、私にはサッパリだわ」


 階段をおりていく。


「はっ、言ってろ。お前が乗り換えたいって言っても受け付けないからな?」


 そう言って、自販機にお金を入れる。


「絶対ありえないわ、なんなら結婚式にすら呼んでやらないわよ? あ、えーっと……コレがいい」


 ピッ。


「もう結婚式まで考えてんのかよ。重い女は嫌われるぞ。つーかよ、だいたい大学生になったら別れるのがオチだ」


「私はぜーったい別れない自信がありますぅ」

「本当に馬鹿な女……おらよ」


「……やっぱりココアはこれよね。ここの自販機に来るなんて、あんたもわかってるじゃない」


「俺はモテるからな」


「言ってろ、お前の結婚式には行ってやらないわ」


「ハハッ」

「ふふっ」


 カシュッ。


 懐かしいココアの味が、口の中を甘ったるく溶かしていくのだった。

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