第95話:森のミリーさん

 森の中を歩く事……訂正。力尽きたミシェルちゃんを背負いながら歩く事約二時間。


 森の外にはまだ辿り着いていない。


 思いの外、遠くに飛ばされていたようだ。


 ルインプルートネスを倒し、歩き始めて二十分もすると、ミシェルちゃんは糸が切れた人形の様に倒れてしまった。


 ギリギリまで俺に心配を掛けまいと、身体強化をして頑張っていたのだろう。


 意識を失った人を背負うのは案外難しいが、この身体ならば問題なく背負う事が出来る。

 

 ルシデルシアのおかげで大体の位置は把握できているが、外まで後どれ位掛かるんだ?


 月明かり位しか光源はなく、真っ暗と言っても過言ではない。


 一応この身体は夜目も利くので、それなりに見えてはいるが、それでも木の影で月明かりさえも無くなれば、何も見えなくなってしまう。


 後ろからすやすやと気持ち良さそうな寝息が聞こえるが、きっと良い夢でも見ているのだろう。


(後どれくらいか分かるか?) 

 

『後二時間もすれば出られるだろう。多分な』


(多分ねぇ……)


 転移されたのが大体十七時位と仮定し、そこから一時間程ルインプルートネスとあれこれあり、それから大体二時間ちょいだから、多分二十一時位か。


 今のところ魔物が襲って来ていないのが救いだが、流石に疲れてきた。


 早く帰って、酒を飲みたい。


 こんな時は歌でも歌って気を紛らわしたいが、音で魔物を引き寄せかねない。


 適当な奇跡を使えば光源にも出来るが、同じ理由で使うことが出来ない。

 

 そこから更に歩く事三十分。


 妙に生臭い……いや、血の匂いが漂い始めた。


 本命は俺達のチームだったのだろうが、青い煙がピリンさんの言う通りなら、被害が出ている可能性は高い。


 この匂いが魔物のものだけならば良いが、きっと人のも混じっているのだろう。


 ミシェルちゃんが起きていなくてよかった。


 ……うん? 今、風とは違う感じで草木が揺れたような。


 サーと言う音ではなく、ガサ! っと音がした気がする。


 念のために身構えていると、 人影が木の上から降ってきた。

 

「おお、生きてたかー」

「……ミリーさんですか。ご無事で何よりです」


 降って来たのは、会いたいようで会いたくないミリーさんだった。


 ミリーさんが居るって事は、置いて行かれて無いって事だろう。


「そっちもね。聞いた話だと、魔法陣が現れて急に消えたらしいけど、何があったの?」

「実はまた転移で飛ばされまして……」  


 改めて考えていた嘘の出来事を、ミリーさんに話す。


 嘘と言っても、違うのは俺が倒したか、自爆したか位の差だ。


 結界については、それっぽい感じで話しておく。


 ミシェルちゃんは気づいてない感じだったが、後でミリーさんは調べに行くはずだ。


 下手に結界の事を黙っている意味はない。


「なるほどねぇ。結界に魔物と……よく生き残れたね」

「原因は分かりませんが、自爆してくれたおかげですね。それと、障壁を張る奇跡が使えたのも功を成しました。」 


 魔物が自爆して助かったとする予定だったが、流石にあれだけの被害を怪我を負うことなく逃げ切れたなんてのは、現実味が無さすぎる。


 なので、実際に出来るかは分からないが、障壁の魔法を使って防いだ事にする。


「んで、ミシェルちゃんは力尽きたと?」

「はい。途中までは頑張っていたのですが、流石に疲れてしまったようです。ミリーさん達の方は大丈夫でしたか?」 

「うーん。こっちはちょっとねー……」


 暗闇でも分かる位ミリーさんは苦い顔をして、何が起こったのかを話してくれた。


 俺と同じく、迷彩柄の服を着た男が突如魔物と共に現れ、強襲したらしい。


 流れ的に先ずは1番チームが襲われて、冒険者を残して全滅。


 次に2番と3番チームがほぼ同時だったが、ミリーさんの居た3番チームは即時に撤退を決め、ミリーさんと騎士で何とかしたらしい。


 ミリーさんは直ぐに、青い煙を頼りにして2番チームの場所まで行くが、そちらもやはり壊滅。


 結果として死者は十三名となり、とんでもない事件となった。


 また、ミリーさんが何故こんな所に居るかだが、俺が死んでいる筈がないと思い、エメリッヒとピリンさんに許可を貰って探していたのだ。


 一応なし崩し的に俺がペインレスディメンションアーマーを倒したと知っているのだから、死ぬとは考えられていないか。


 ありがたい。


 さて、犯人だが、前に冒険者ギルドで聞いた話が本当ならば、王国という事になる。


 それはそれで不可解な事が多いが……。


「目的は公爵家次男の誘拐か殺害で、主犯は王国でしょうか?」 

はそうなるだろうねー」


 表向き……王国は体のいい隠れ蓑ってオチか。

 

 日本に当て嵌めれば、大体大臣やその秘書辺りが他国の人間に殺されたって位か。


 そうなった場合、普通は報復……戦争となるだろう。


 流石にそこまでの事を、王国は望んでいないはずだ。

 

 ルシデルシアが言っていた神についても気になるが、流石に早計過ぎる。

 

 そうなると他の勢力が、王国がやったように見せかけていると考えるのが妥当だろう。


 そして、戦争が起きて一番ありがたいのは…………宗教。


 人心を得て、信徒を増やすのに戦争はもってこいだろう。


 ミリーさんの言っている言葉が、あっているのならばとなるが、そう考えれば合点がいく。

 

「教国でしょうか?」

「多分ね。それにしても、サレンちゃんって記憶が無いけど、頭の回転は速いよね。まさか当てるとは思わなかったよ」


 ニヤニヤとミリーさんは笑うが、そこ以外当てがないからな。


 ホロウスティア内で代理戦争なんてやっているのだから、使える物は使おうと考えてもおかしくない。


 それに、ミリーさんの言い方ならば、その可能性に誰だって気付けるだろう。


「裏で糸を引いているのでしたら、戦争で得をするのは商人と宗教ですからね。まあ、私が他の国を知らないので、それ位しか可能性を考えられなかっただけです」

「ふーん、とりあえず帰ろうっか。一人すやすやと寝ているみたいだしね」

「そうですね。私も流石にに疲れました」

 

 話している間も全く起きる気配は無く、ミシェルちゃんはすやすやと今も寝ている。


 はぁ……これも金のためだから仕方ないか。








1








「サレンディアナ! 無事だったか!」 


 やっとのこさ森を抜けると、ピリンさんが笑顔で出迎えてくれた。


 他には騎士が二人ほど焚火を囲んでいるが、エメリッヒや体験入団に来ている奴らは見えない。


 おそらく馬車で寝ているのだろう。


「何とかと付きますが、この通り帰って来られました」

「良かった。正直魔法陣と共に消えた時は、もう死んだと思ったぞ。それと、エメリッヒ様達を助けてくれて感謝する」


 仮にエメリッヒ達も俺と一緒に転移していた場合、俺は見捨てていただろう。


 ホロウスティアを滅ぼす可能性のある力を見せた場合、間違いなく俺に干渉してくるはずだ。


 それが良い結果となるか悪い結果となるか分からないが、あまり目を付けられたくはない。

 

「あの時はあれが最善だと思いましたから。ミリーさんから話を聞きましたが、深刻なようですね」

「ああ。今回我々が此処に来ることを知っている者は、殆ど居ない。あまり言いたくないが、我々の中に内通者が居た可能性が高い。改めで謝罪はする事になるだろうが、ともかく本当に助かった」


 スッと頭を下げた後、ピリンさんは背負っているミシェルちゃんを馬車まで運んで行ってくれた。


 これで肩の荷が下りた……そのままの意味で。


 報告は、ミリーさんがしてくれるだろう。


 俺がするよりも、多分ちゃんとした報告になるだろうしね。 


 さてと、俺も寝るとするかな。


 帰ったら帰ったで、今度は王国に行く準備だ。


 早く何もしないで生きられる地盤を整えたい……。


「それではミリーさん。私も休もうと思います。探していただき、ありがとうございました」

「気にしなくて良いさ。どんな状況になっても、サレンちゃんが死ぬとは考えられないからね。それじゃあ、おやすみ」


 ミリーさんに別れを告げ、馬車……へは入らず、馬車に寄りかかって目を閉じる。


 今日は本当に疲れた。










2






 




「…………そうか。分かった。直ぐに通達する。帰って来るまでには、此方も準備をしておこう」

「ハッ! それでは失礼します」

「ああ。向こうの事は頼んだ。それと、ピリンにはこの件は第二機密扱いだと伝えてくれ」


 サレンがようやく森を抜けた頃、ジェイルは森で起きた事件の報告を、先行して帰ってきた騎士から聞いていた。


 ミリーから忠告され、行動を起していたジェイルは証拠を見付け、後は帰ってき次第、とある騎士を拘束して尋問する予定だった。


 だが、それでは遅かったのだ。


 ジェイルはミリーの忠告を少しだけ勘違いしていた。


 言われた日数以内に証拠を集め、どうにかすれば良いと思っていたのだ。


 だが正確には、体験入団が終わる前にどうにかしなければいけなかったのだ。


 結果として、少なくない死者を出してしまった。


 ジェイルはもう覚りの境地に至り、粛々と各関係機関に連絡を入れる。


 事件の経緯はまだ不明だが、死者が出ている以上、相応の対応をしなければならない。


(しかし、黒翼のミリーが居てもこれか……一体何があったんだ?)


 正直な所、ミリーが居れば何が起きようとも対処できるだろうとジェイルは思っていた。


 だがミリーとて身体は一つであり、守れるのも身の周りだけだ。


 纏まっているならともかく、散らばっていては限界がある。


「……しかし、ジグザムも死んでしまったか…………口封じだろうな」


 ジェイルが尋問する予定だった、ジグザムは死んだと報告を受け、ジェイルはその様に考える。


 どうしてジグザムが赤翼……帝国を裏切ったのかは分からず仕舞いであり、折角掴んだ証拠も意味が無くなってしまった。


 死人に、責任を問うことは出来ない。


 一般人に死人が出てしまい、頭を下げるだけではすまない問題となってしまっている。


 騎士を殺せるような魔物がホロウスティアの近隣に居る筈も無く、間違いなく人為的に起された事件だろう。


 ならば……。


「組織なら良いが、国なら……」




 


 

 戦争になるかもしれない。


 その可能性にジェイルは思い至り、そうならない事を強く祈った。

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