第93話:分断

「止まれ、ここでしばし待機していろ。執事」

「はい」

 

 森に入って日が落ち始めた頃、エメリッヒが足を止めて、近くにある大木へ歩いて行く。

 

 どうやらお目当ての物を、見つけられたようだな。

 

「ふー……ふー……。やっとですか。森の中を初めて歩きましたが、結構疲れますね」

「そうですね。草木もそうですが、結構起伏が激しいですね」


 整った道ではなく、道なき道を進んできたため、疲労が溜まってきている。


 時間的にもうそろそろ、野営の準備を始めないといけないだろうが、エメリッヒの採取が終わるのを待たなければならない。


 そんな感じで俺達が待っていると、遠くの方で青い煙が上がるが見えた。


 色付きの煙と言えば、昔見た航空ショーを思い出す。


 様々な色のスモークが、空に引かれていく様を見るのはとても心躍るものだった。


「各員集合! 緊急事態の為、これから私か指揮を執る!」


 俺が煙を眺めていると、突如としてピリンさんの怒声が響いた。


「青い煙は騎士では手に負えない事態。緊急の際に上げられる狼煙となる。これより、我々は速やかに撤退行動を取る。エメリッヒ様」

「聞こえている。此方の用は終わった。指示に従おう」


 採取をしていたエメリッヒと執事は直ぐに戻ってきて、隊列を組み直す。


 騎士では手に負えない事態って事は、一緒に居た冒険者と少年達…………いや、考えるのは止めておこう。


 依頼を受けてこの場に居る以上、勝手な行動は許されない。


 ミシェルちゃん達にも緊張が走るが、疲労の色は濃いままだ。


 来る時と同じペースで森の外を目指すならば、途中で暗くなるのは明白だ。


 何があったにせよ、森から速やかに出なければならない。


「疲れているとは思うが、このまま森の外まで迅速に向かう。もしも道中何かあれば……」

「戦わなければ……ならないんですね」


 ピリンさんの言葉に続くように、ミシェルちゃんが怯えた目で声に出す。


 狙いが何なのか、相手が誰なのか分からないが、襲ってきているという事は、殺しに来ていると考えるべきだ。


「ああ。最終線は護衛対象の命だ。我々は死しても守り抜かなければならん。それが騎士だからな。覚悟は良いな?」

「「「「……はい」」」」


 俺以外の四人が、揃って返事をする。


 騎士を目指しているならば、こういった事も想定はしていたのだろう。


 だが、俺としてはエメリッヒよりもミシェルちゃんの命が優先である。


 俺には貴族を敬うなんて心は無いからな。

 

「先頭は私が行くその後ろにリーザン。バザニア。ドリン。ミシェルと続き、エメリッヒ様達。そして、最後尾はサレンディアナ」


 妥当と言えば妥当な判断だな。


 先頭と最後尾は敵と戦う可能性が一番高いので、強い人物を選ばなければならない。


 男達三人を前側にしたのは、道をなるべく進みやすくするためだろうな。

 

 全く……運が無いというか何というか……。


 ホロウスティアから出る度に何かしら巻き込まれている気がするのだが、気のせいだろうか?

 

「分かりました」

「頼む。動けなくなっても置いて行くので、死ぬ気で付いて来い。行くぞ!」

 

 不安そうな視線をミシェルちゃんが向けてくるが、直ぐにピリンさんが歩き出したため、それに続く。


 だが歩き始めて直ぐに、違う場所から青い煙が再び上がる。


 位置的にこのまま進めば、通らなければならないので、ピリンさんが進行方向を少し変える。


「本当に起こるとはな……」

「坊ちゃま」

「分かっている」


 歩いている中、前からそんな会話が漏れ聞こえた。


 シラキリほどではないが、俺の耳はかなり良い。


 二人の会話は勿論だか、僅かに悲鳴のようなものも聞こえる。


(どう思う?)


『さてな。謀だろうが、そもそも情報がない。まあ分かりやすく襲ってきているのも見るに、前回とは違う勢力だろうな』


(前回って……つまり王国は関係ないと?)


『関わっている可能性はあるが、主犯ではないだろう。余の予想では、王国に関連する何かの証拠だけが出てくると睨んでいる』

 

 ……似たような状況が書かれた本を、昔読んだ事がある気するな。

 

 ざっくり言えば、二国を争わせて、漁夫の利を狙う第三勢力が暗躍するって奴だ。


 もしもルシデルシアの考えが当たっているとするならば、教国のどれかが関わっているのだろう。


 個人的には王国の馬鹿が強行手段に出た線を推すが、裏の事よりも今を乗り切る事の方が大事だ。


 移動を始めてまだ十分程だが、バザニアが今にも倒れてしまいそうだ。


 もしもここで倒れれば、命の保証はない。


 後ろからでは顔を見られないが、必死の形相をしているのだろう。


 まあこの中で余裕があるのは、俺とピリンさん位か。


(周りで何か起きているか、知る事は出来るか?)


『サレンが表の状態では魔法が使えないから、知る術はない。まあ、気にする必要もなかろう』


(俺はともかく、最低でもミシェルちゃんは助けないといけないから、知っていて損はないんだがな……)


 ルシデルシアからすれば、俺の事以外はどうでも良いのだろう。


 人種や国が違えば考え方が違うように、こればかりは仕方ない。


 周りを気にしながら更に数分歩いていると、ピリンさんが足を止める。


 休みを取るとは考えられないので、おそらく。


「魔物か……一気に駆け抜けるぞ」

「そ、そんな。これ以上は……」

「恨むなら私を恨め。騎士ならば、捨てる覚悟も、捨てられる覚悟もなければならんのだ」


 歩くのもやっとなのに、更に走ると聞いて、ドリンが弱音を吐く。


 装備の差だろうが、エメリッヒと執事の方はまだ問題なさそうだ。


 おそらく、執事もただものではないのだろう。


 こんな森の中に付いてくるわけだしな。


 それにしても、ピリンさんは凄い人だな。


 よくこんな状況で判断を下せる。


 しかも、実質的に死ねと言っている様なものだ。


 俺ならば到底出来ない。


 走り出そうと身構えたその時……急に足元から違和感を感じた。


「――避けろ!」

 

 急にピリンさんが叫び、エメリッヒを中心に魔法陣が 描かれ始める。


 範囲的に俺とミシェルちゃんまでが範囲内であり、このままでは四人纏めて何かが起こるかもしれない。


 流石にミシェルちゃんを魔法陣から吹き飛ばすには遠く、背負っている荷物を投げても間に合うか微妙だ。


 ならば……もしもの時に備えて邪魔者を排除しておいた方が良い。


「くっ!」

 

 鞘ごと腰から剣を抜き、バットを振る様な感じてエメリッヒと執事をピリンさん側に吹き飛ばす。


 僅かに苦悶の声が聞こえたが、何が起こるか分からない魔法陣の上に居るよりはマシだろう。


 出来ればミシェルちゃんも一緒に巻き込めれば良かったが、流石にそう上手くはいかない。


 丁度エメリッヒ達が魔法陣の上から消えたタイミングで、魔法陣が強く輝きだす。


 世界が白く染まり、光が消えると、ミシェルちゃん以外が消えていた。


 似たようなことが、少し前にもあったな……。


 景色も森ではあるが、開けた場所になっている。 


「一体……何が」

「おそらく、転移で跳ばされたのだと思います」

「転移?」

「はい。そして、おそらく……」

「失敗か……」


 黒い姿の男が突如正面に現れ、そんな事を呟く。


 直ぐにミシェルちゃんは剣を構え、俺も…………さっきエメリッヒを吹き飛ばす時に、放り投げてしまったんだった。


「何者ですか!」

「答える気はないだろう。それに、知ったところで意味などない。――死ぬのだからな」


 男が光る玉を取り出して砕くと、俺達と男の間に魔法陣が現れる。


 そこから現れたのは……。


「悪魔……もしかして」


 歪な手足が生え、背中にはボロボロの黒い翼が二対四翼ある。


 身長は五メートル位ありそうだな。


 見るからに強そうであり、D級やC級なんかでは絶対ないだろう。


 辺りを見回しているので、まだ俺達に気付いていなさそうだが、時間の問題だろう。


 俺達が魔物に気を取られている内に男は姿を消しており、魔物の唸り声が静かな森に響く。


(知っているか?)


『ああ。奴の名は……』


「ルインプルートネス……」


 ルシデルシアが名前を言う前に、ミシェルちゃんが怯えた声で名を呼ぶ。


『ちっ。確か今の世ならば、Sランクに分類されている魔物だ。再生能力があり、並みの攻撃は効かん。ついでに光と闇属性にも耐性があるらしい』


 なるほど……ペインレスディメンションアーマーよりはマシだが、ミシェルちゃんが勝てるわけもなく、俺も武器が無いのでどうしようもない。


「逃げましょう。走れますか?」

「あまり……魔力も少なくて……」


 だろうな……男達三人が死に掛けなのに、ミシェルちゃんに体力が残っているわけもない。


 仕方ないが、荷物を捨ててミシェルちゃんを背負うとするか。


 荷物を遠くの木にぶつければ、少し位ルインプルートネスの気も引けるだろう。


「分かりました。私が背負います」

「で、でもそれだとサレンさんが……」

「大丈夫ですよ。それに、シスターとして人を見捨てるわけのもいかないですからね」


 荷物を両手で持ち、遠くの木にぶん投げると、木が折れて大きな音を立てる。


 音に驚いた魔物は折れた気の方を向き、その間にミシェルちゃんを背負って走り出す。


 後はこのまま逃げ切れれば良いのだが、一つ問題がある。

 

 体力や力はあるが、俺の足は決して速くない。


 ルインプルートネスは逃げ出した俺達に直ぐに気付き、木々を薙ぎ払いながら追ってくるのだが、これが中々に速い。


 遠くに青い煙が見えるのでそっちに走っているが、たどり着く前に間違いなく、追いつかれてしまうだろう。


『む。この感覚。結界に囲われているようだな。もう少し進むとぶつかるぞ』


(壊すことは?)


『強度が分からんが、魔物の攻撃に耐えられる程度には硬いはずだ。サレンでは無理だろうな』


 何とも絶望的な事を言ってくれる……。


「サレンさん……私を置いて逃げて下さい。私でも少しなら時間を稼げますから、きっと……」 

「それは出来ない相談ですね」 

「……サレンさん」


 既にネグロさんから前金として全額貰っており、その金も既に使いきってしまっている。


 それにネグロさんは娘であるミシェルちゃんを死なせたとなれば、ネグロさんがどんな手を取るか分からない。


 ミシェルちゃんが単独で逃げてくれるのならば手段はあるのだが…………背に腹は代えられんか。


 この結界はさっきの男か、その仲間が張ったのだと思うが、内側には居ないはずだ。


 つまり、ミシェルちゃんだけがネックだが、黙っているようにお願いすれば何とかなるだろう。


(ルシデルシア)


『構わんが、被害は保証しないぞ』


(ミシェルちゃんさえ生き残ればそれで構わんさ)


「ミシェルちゃん」

「はい」

 

 背負っているので顔は見えないが、何かを決意するような硬い声だ。


 きっと、自分を俺が捨てると思っているのだろう。


「今から起こる事は、絶対に他の人には言わないで下さいね」

「え?」


 ミシェルちゃんの腰から剣を引き抜き、振り返りながらルインプルートネスに向かって投げる。


 剣が身体に刺さった事で悶えているが、それも少しの間だけだ。


 ミシェルちゃんを降ろし、ルインプルートネスを見据える。


(頼んだ)


『仕方ないのう』


 ルシデルシアに頼むと同時に、俺の意識が闇に落ちる。


 俺が取る事の出来る最終手段。


 それは、ダンジョンの時と同じくルシデルシアに倒して貰う事だ。

 


 

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