第23話:酒。飲まずにはいられない

「買って来ましたー!」


 体感で一時間程ライラ達の訓練を眺めていると、買い出しを頼んだ四人組が帰って来た。


 紙袋を四つ程抱えているが、取っ手が付いているので持って帰るのは問題なさそうだな。


「お使いありがとうございました」

「いえ。何か役に立てることがあったら直ぐに呼んで下さい! あっ、良かったら運んでいきましょうか?」


 女性一人に紙が大量に入った袋を持たせるのは、普通に考えて酷だろう。


 まあ、普通ならばな。


「大丈夫です。袋は置いといてもらって結構です。また何かありましたらよろしくお願いしますね」


 四人は少し不安そうな顔をするも素直に俺の言うことを聞き、一度大きく頭を下げてから帰っていった。


 さてと、何か忘れている気もするが、もうそろそろ帰るとするか。


「ライラ。シラキリ。私はそろそろ帰りますが、どうしますか?」 

「む? そうか。ならば我も一緒に帰るとしよう。良い汗も流したしな」


 ライラはそう言うが、相手をしているアドニスは息も絶え絶えである。


 初めの頃はライラの方が息を切らしていたのに、いつの間にか逆転していた。

 若い子は凄い。


「分かりました! 私も帰ります」


 シラキリの方は順当にといった感じだが、ライラ達とは違い、休むこと無く訓練していた。


 獣人って凄い(困惑)


 シラキリは相手に礼をしてから、とてとてとこちらに駆けて来た。


「し……死ぬ。何でそんなに動けんだよ……」


 ぶっ倒れたアドニスは悪態を吐くが、答えるものは誰も居ない。


「むにゃ? 終わり?」


 妙に静かだなーと思ったら、ミリーさんは寝ていたようだ。


 よくこんなガンガン煩い中寝れるな。


「いやー、それにしてもよく寝た。後は飯食って酒飲んで寝るだけだねー。何もしなくても手に入る金ほど良いものはないよねー」 


 飯……そう言えば夕飯の事を考えてなかったな。

 

「良ければ御一緒しても良いでしょうか? あまりこの都市には詳しくないので、お店を教えて……」

「ストップストップ! そんな堅苦しく話さなくていいよ。酒飲みが多くて煩いだろうけど、それで良ければいいよー」


 話している途中で遮られたが、これで新しい店を知る事が出来る。


 ついでに酒が飲める。


 この身体がどれだけ酒に強いか分からないが、一杯位は飲めるだろう。


 飲めなかったら多分発狂する。

 

「勝手に決めてしまいましたが、ライラとシラキリも良いですか?」

「どこでも構わん」

「大丈夫です!」


 よしよし。断られなくて良かった。

 

 四人組が置いて行った袋を持ち上げるとどよめきが起こるが、無視して訓練場を去る。


 ハンマーに比べれば軽いものであるが、持った感じはどちらもあまり変わらない。

 

 ……そう言えば夕方から、マチルダさんから講義を受ける予定だったが、また今度で良いか。


 帰り際に一言聞いてみたが、準備はしておくので空いている時に、いつでもどうぞと返事を貰えた。


 




1 

 



 

 

「酒~酒~。あっ、そこの店だよ~」


 上機嫌に歌うミリーさんと歩くこと二十分。ミリーさんが指した先には、いかにも酒場といった風貌の店があった。


 今いる辺りは冒険者ギルドや、肉体仕事をしてある人向けの店が多い通りだ。


 飯。酒。女。この辺りが揃っているらしい。


 何故なのかだが、情報源がそこら辺にいる通行人だからだ。


 まあ今の俺に関係あるのは飯と酒だけなので、三つ目はどうでもいい。


 店に入ると、そこそこ客がおり、店員の女性が料理や酒を運んでいる。


 バーのカウンター的なものと、その後ろにキッチンらしきものが見える。

 店内の端には小さいステージもあり、ピアノが置かれている。


「いらっしゃいませー。あっ、ミリーじゃん。今日は珍しく一人じゃないんだ」

「その言い方じゃあ、私がいつも一人寂しく来てるみたいじゃん」

「ふふふ。四名ね。空いている席にどうぞ」


 ミリーさんは此処に何度も来ているらしく、店員とも気安く話していた。


 席に着くまでもミリーさんは客に話しかけられたが、俺は顔を見られた後に目を逸らされる。


 ナンパされても困るだけなので、良しとしよう。

  

「こちらメニューよ。ミリーはいつもの?」

「いや。臨時収入があったから、一ランク上のにするよ」

 

 ミリーさんが雑談している間にメニューを見るが、ひな鳥の巣の奴よりも意味不明なものが多く、酒に限っては更に分からない。


 ……いや、なんとなく名前からどんなのか連想できるな。


 まあ、上から順番で良いか。


「料理はお任せで。飲み物はこのレッドドライをお願いします」

「えっ、その酒を頼むの?」

「はい?」


 店員とミリーさん。ついでにライラが同時に驚くが、俺の中――身体は飲んでも大丈夫と言っている。


「……まあ、良いんじゃない? 駄目そうなら私が飲むし」

「そう。そっちのチビちゃん達は?」

「肉料理で腹持ちがいい物を頼む。飲み物は薄めの赤ワインなら何でも良い」

「お任せで、飲み物はジュースが良いです」


 メニューを見たのに、まともにメニューから選んだのが酒一種類だけの件について。


「此処はお酒の種類も豊富なんだけど、料理も美味しいんだよねー。所で、サレンちゃんはレッドドライを飲んだ事あるの?」

「いえ。そもそも、記憶を失ってからお酒を飲むのは初めてですね」


 うわーといった感じにミリーさんとライラが引いた。


 ついでに聞き耳を立てている人も引いていた。


 どうやら選択を間違えたみたいだが、そんな酒をメニューの一番上に載せるなよ。


 まあ飲めないとは思わないが、駄目ならミリーさんが飲んでくれるみたいなので、大丈夫だろう。


 あっ。ついでに、今の内にあの事を話しておくか。

 

「私は明日から数日間籠りますので、その間は二人の好きにしていただいて構いませんよ」

「籠る? 理由はその紙か?」

「はい。私が憶えている限りの全てを書き出し、纏めておこうと思いまして」


 思い出すのではなく、何とか考え出して書くわけだが、結構な時間が必要となる。


 覚えている様々な宗教の良い感じなところと、日本特有の寛容な精神を持った教典を書こうと思っているが、この世界とは相容れない内容もあるだろう。


 そこら辺の精査や、全体を通して矛盾がないかなどの確認。


 最後に製本……は流石に出来ないので、これは業者へ頼む事になるが、何にせよ面倒な作業となる。


 ついでに言えば下手に近くに居られても困るので、二人には外に出ていてもらいたい。


「外には出ないのだな?」

「その予定ですね。昼は良いですが、夕飯だけは買ってきてもらえるとありがたいです」

「はい! 私がご飯を持って行きます!」

「そうですか。それでは籠っている間はお願いしますね」


 一応一人で出歩けるように教会から大通りまで目印を置いたので、一人で買い出しにも出られるが…………一人って怖いやん?


 ファミレスとかも、一人だと妙に緊張するあれと一緒だ。


 大丈夫だろうし、周りも気にしないのだろうが、やはり慣れない環境に――馴れない身体だと不安があるのだ。


「サレンちゃん達って三人で暮らしているの?」

「はい。私が目を覚ました場所が廃教会だったので、そのまま居ついている感じです」

「廃教会って事は、東のスラムにあるやつ?」

 

 ミリーさんは首を傾げるが、あの教会は何かあるのだろうか?


「おそらくそうかと思います。何か知っているのですか?」

「いや、昔少しだけ噂を聞いたことがあるだけだよ。立地は良いのに誰も改修や新しく教会を建てないのは不思議だなってね」


 確かに少し入り組んでいるが、立地は悪くない。


 ついでに言えばボロいがしっかりとした造りをしており、少し修繕しただけで問題なく住めている。


 ――ふと思い出したが、昔から放置されているはずなのに俺が起きた部屋はそこまで汚れていなかった。


 ベッドもそのまま使えたし、今着ている服も虫食いなどはない。


 俺が俺へなる前に、この身体の持ち主があの廃教会で何かしていたのだろうか?


 それとも全く別の誰かだろうか?


「そうですね。少々怖い方々も来ましたが、それだけですしね」

「土地の所有権すら持っていないのに金を要求する輩を、それだけで済ませて良いとは思わんがな」


 金と言っても法外と言うほど高いわけではなかったし、身体を求めることもなかった。


 特に圧力的なものを掛けてこないし、下手なヤクザに比べれば優良だろう。


「お待たせー。先に飲み物よ」


 先程ミリーさんと話していた店員が飲み物を持って来た。


 ライラとシラキリの飲み物については見たままなのでいいだろう。


 ミリーさんのは樽ジョッキに琥珀色の液体が注がれている。


 対する俺のは、ビールジョッキに赤くて半透明の液体だ。


 中々良い色をしている。


「先に言っておくけど、一口目はゆっくりと飲みなよ」

「分かりました」


 ミリーさんに忠告され、視線が集まるながグビッと飲む。

 

「だ……大丈夫」

 

 度数はかなり高い。最低でも三十以上はあるだろう。


 辛口だが、スッキリと抜ける風味がある。

 

 味は柑橘系にトマトを加えた感じだ。


 どう考えてもビールジョッキではなくロックグラスやショットで飲む感じのものだが…………。


「美味しいですね」

「――はっ?」


 どうやらこの身体は酒に強いみたいだ。


 こんなものを空きっ腹で飲んだのに、全く酔いも来ないし気持ち悪くもならない。

 

「ちょいそれ貰うよ」


 一気に半分ほど飲んだジョッキをテーブルの上に戻すと、ミリーさんが取って一口飲んだ。


「――おえ」


 そして直ぐに苦い顔をして、シラキリが飲んでいたジュースを奪って一気飲みした。


 シラキリは「あっ」と悲しげな声を上げたが、ミリーさんはそれどころではないといった様子だ。


「きっつ! 本物だわこれ。よくこんなのを一気に半分も飲めるね」


 ミリーさんの言葉を聞き、周りでどよめきが起こる。


 確かに三十度を超す酒を、これだけ飲むのは正気の沙汰とは言えないだろう。


「マジかよ……」

「あのシスターさんは一体誰だ?」

「いや、シスターっぽいけど、あれってどう見ても裏の人間だろう」

「ふ、踏まれたい」


 一部おかしな外野の声がするが無視である。


「私の……ジュース」

「あっ、ごめんね。おごるから許して」


 ジュースを取られたシラキリの耳がぺたんと寝て、ミリーさんが顔を少し赤くしながらもう一杯ジュースを頼む。


 ライラはしげしげと俺を見ながらワインに口を付けた。

 

「レッドドライ。通称火竜の息吹。ショットや割って飲むのなら悪くないが、それでもかなりキツイ酒だ。ジョッキで運ばれて来た時は我が目を疑ったが……シスターサレンは本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫ですね。これなら数杯は飲めます」

「……そう……か」


 結構辛いので連続で飲むのは少々辛い。

 合間に甘いのや摘まみなどを挟めば結構飲めるだろう。


 残りの半分もゴクゴクと飲み干すと、少しだけ頭がふわふわとして来た。


 この感覚が心地良いのだ。


 そんな俺を化け物を見る様な目でミリーさんは見つめ、ちびちびと酒を飲んで。

 

「ミり-さんが飲んでいるのは、何てお酒なんですか?」

「うん? これ? ちょっとお高い蜂蜜を使った蜂蜜酒ミードだよ。飲む?」

「はい」


 一口飲むと蜂蜜の優しい風味が口一杯に広がり、アルコールが喉を焼く。

 確かミードは糖を分解してアルコールとなるので、あまり甘くないはずだが、結構甘く感じる。


 これは……。


「美味しいですね」

「でしょー。いつもはもっと安いのを飲むんだけど、臨時収入があったからね」


 にへらーと笑いながら、ミリーさんは酒を飲む。


 それにしても気分が良い。やはり酒は良いものだ。


「料理とお代わりのジュースに…………えっ、あれ全部飲んだの? ドワーフの生まれ変わり?」

「いえ。ただの人です。あっ、お代わりお願いします」

「まじかよ……」


 料理は肉料理が中心で、レッドドライにはよく合いそうだ。


 ついでにレッドドライは直ぐに持ってきてくれた。


 腹も空いたので直ぐに食べてしまいたいが、忘れずにやっておかなければならないことがある。

 

「レイネシアナ様に感謝を捧げ、いただきます」

「いただきます」

「いただきます」


 三人揃って祈りを捧げ、それから食べる。


 ミリーさんが絶賛するだけのことはあり、とても美味い。

 なによりこの塩辛さで酒が進む。


 あっという間に二杯目のレッドドライが飲み終わったので、次は違うのを頼むとしよう。


「あの……サレンちゃん? そんなに飲んで本当に大丈夫なの?」

「全く平気ですよ? 自分を見失うほど飲む事はないので安心してください。暴飲暴食はイノセンス教の教えに反しますから。すみません。このヴィンテージノワールのロックをお願いします」

「……はーい」


 肉をナイフで切り分け、ゆっくりと口に運ぶ。肉汁が口の中で溢れ、酒で流し込む。


 大声を出したいところだが、シスターが大声で「あ゛ー」なんて清楚や慎みを吐き出すのは不味いだろう。


 感覚的にほろ酔いから向こう側にいかないので、まだ大丈夫だ。


 酒が強くて助かる。


 食べるペースはシラキリが一番早く、飲むペースは俺とミリーさんがどっこいどっこいだ。


 まあペースは同じくらいだが、一度に飲んでる量は俺の方が多い。

  

「サレンちゃんがこんなにお酒に強いとは驚きだよー」

「私も驚きですね。これのお代わりお願いします」

「……本当に……驚きだよ……あはは」


 乾いた笑いがミリーさんから漏れる。


「この酒場って何かショーとかやったりするんですか?」

「うん? ああね。たまに吟遊詩人やアイドルとかが歌ったり踊ったりするよ。基本飛び込みだから中々見れないけどね。サレンちゃんも何か出来る事あったりするの?」 


 人様に見せられる様な芸はないが、軽くピアノを弾く事が出来る。

 ついでにギターも弾ける。


 酒を飲んで気分が良いので、何かしたい衝動に駆られている。


 もしくは誰かが何かショーをしてくれて、それを肴に酒を飲めればそれはそれで良い。


 つか、アイドルとかって居るんだな……。


「そうですね……なんとなくですが、あれを弾けそうな気がします」

「あれって、あのピアノ?」

「多分……っとなりますが」


 名前や見た目が一緒でも、音階や音が一緒かはわからない。 

 実際に触ってみなければ、断言は出来ない。


 ただ力加減は、相当しなければならないだろう。


「なら触ってみる? おーい。ちょっとピアノ借りるよー」

「勝手にどうぞー」


 ミリーさんは直ぐに許可を取り付け、俺を立ち上がらせて、ステージの方へと背中を押す。


 若干千鳥足になっているが、大丈夫か?

 

「ヒック。とりあえず。触ってみて、駄目なら駄目で良いと思うよ。記憶を取り戻す手掛かりになるかもだしね」

「そう……ですね」 

 

 鍵盤にされている蓋を開けると、見慣れた黒と白が姿を現す。


 まあ、やってみるか。

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