なんちゃってシスターは神を騙る
ココア
第1話:誘われた場所
俺は人を信じていない。
正確には、人の善性を信じていない。
日本人は助け合いの精神に溢れ、慈愛に満ちているとか言われるが、絶対に嘘だ。
交通事故で道路に倒れているのに、誰も俺を助けてくれなかった過去が原因だろうが、実際に体験して以来、善性を信じないようになった。
しかし、助けを乞われるとついつい助けてしまうのは、俺の根が真面目だからなのかもしれない。
だが、今回ばかりは俺も困り果てた。
仕事中に、突如頭に響いた声。
(助けて下さい)
その時は会社にいる誰かの声かと思い、「分かった」と生返事をした。
しかし返事をすると急に頭が痛くなり、気を失ってしまった。
そして気が付けば、見覚えのない薄暗い部屋の中に居た。
痛む頭を押さえながら起き上がると、日が傾き始めているのか、黄色くなり始めた太陽の光が木枠の窓から差し込んでいた。
「一体なに……が?」
声を出して驚いたが、声がまるで女性のように高い。
更に今気づいたが、頭には硬い感触がある。
戸惑いながら周りを見渡すと、薄汚れた大きな鏡があった。
「これが……俺……なのか?」
少し吊り上がった目に、燃えるように赤い髪。
頭には角の折れた痕の様なモノがあり、これが頭痛の原因なのだろう。
恰好はシーツを纏っただけであり、服と呼ぶにはあまりにも心許ない。
何故? どうしてと疑問が湧くが、取り乱したところで意味はない。
それに、下手に声を出すのは良くないだろう。
事故った時もそうだが、下手に慌てても事態は改善しない。
いま俺が居るのは木で出来た部屋だが、かなりボロい。
あるのは今見ている鑑と、ベッドがひとつ。それからクローゼットだ。
女になった事は一先ずおいて置くとして、恰好的に普通の状態とは考えられない。
手足などは拘束されておらず、自由に動かす事が出来る。
しばらく耳を澄ますが、扉の外から音は聞こえてこない。
捕まっている訳ではなさそうだ。
夢……とは到底思うことは出来ない。
頭にある痕から考えると、此処は地球では無いし、俺は人間ではないのかもしれない。
不安で身が竦みそうになるが、先ずは行動を起こさなければならない。
日の感じ的に、もう直ぐ夜になりそうだからな。
部屋の天井に電灯らしき物が無いので、真っ暗になってしまう。
少しよろけながらもクローゼットを開けると、少し埃を被った服が三着と、革で出来た靴……ブーツが入っていた。
名前は覚えてないが、漫画のシスターとかが着ている服みたいだ。
シーツよりはマシだろうと四苦八苦しながら着替えるが、股は良いとして、胸には妙な違和感を感じる。
貧乳ならば良かったのだろうが、程良いおわん型の脂肪が付いている。
……いや、考えるのは後にしよう。
俺の身体が変わったのか、誰かの身体に憑依したのか分からないが、希望を捨てるにはまだ早い。
シスターらしい格好に着替え、ゆっくりと扉を開ける。
薄暗い廊下を歩き、突き当りの扉を開けると礼拝堂の様な場所に出た。
かなりボロボロだが、今すぐ倒壊するほどでもなさそうだ。
真ん中辺りまで進むと、僅かに血の匂いを感じた。
辺りを見渡すと、所々欠けた女神像があり、その下で人が寄りかかっていた。
……いや、獣人と呼べばいいのだろうか?
頭の天辺からウサギの様な耳が生えていて、腹にはナイフが刺さっており、床に血が広がっている。
普通なら血の気が引いて焦るような状況だが、自分の身に起きている事を思うと、少し冷静でいられる。
此処はやはり異世界なのだろう。
せめて男の身体だったならば喜べたが…………返事なんてしないで無視しておけばこんな事にはならなかったのだろうか?
「うぅ……」
漏れるような呻き声が聞こえた。
――まだ死んでいないようだな。
所謂ファーストコンタクト。或いは第一村人なのでどうにかしてあげたい気持ちもあるが、俺に何かできる手立てはないし、悪人だった場合殺される虞もある。
少し自分の感情に違和感を覚えるが、話しかけるだけ話しかけてみるか。
……ああ、一応口調はそれらしいものにしておくか。
「生きていますか?」
「……シス……ター?」
血の気は引き、かなり青白い。
こちらを見る目も、焦点が定まっていない。
かなり痩せて汚れているが、中々可愛らしい顔立ちをしている。
「たす……け……て」
弱弱しく掠れた声。
これだけ可愛い女の子なので助けてやりたいのは山々だが、俺に出来る事は何もない。
救急車は呼べないし、怪我を治療する当てもない。
それに、下手に動かせば直ぐに死んでしまうだろう。
強いて言えばシスターらしく祈って、この少女を看取る事くらいだろう。
まあ祈る神なんて存在しないし、祈り方なんて知らないので適当だがな。
胸の前で両手を握り、目を閉じる。
「天におりまする我が神よ。どうか少女から痛みを取り除き、罪をお許しください」
全く心の籠らない適当な祈り。
なのに、光が目蓋の裏に差し込んできた。
驚きながら目を開けると、そこには……。
「……ほわい?」
ナイフが硬質な音を立てて床に落ち、床に広がった血が消えていた。
そして生気の無かった顔に血の色が戻り、目を目開いている少女がいた。
……異世界には魔法が付き物とは言うが、流石に理解が追い付かない。
助ける事が出来たのは嬉しくあるが、助けられてしまった故の身の危険が生まれた。
ナイフで刺されて死にかけていた少女が、訳ありではない筈がない。
逃げる……にしても、此処が何処かすら分かっていないので悪手だろう。
とりあえずシスターの格好をしているので、シスターを装って情報を聞き出して見るか。
流石にこの少女が、直ぐに俺を殺そうとはしない筈だ…………一応助けたわけだし。
「たすかっ……たの?」
「はい。僭越ながら、祈りを捧げさせて頂きました」
少し声が震えていたかもしれないが、バレてはいなさそうだ。
「あり……えない……。これだけの魔法なんて、聞いたこと……」
あっ、これは少し不味いかもしれない。
ここで普通ではないとか、可笑しな存在と思われてしまうと、話を聞き出しにくくなってしまう。
それに、少女の言う通り今の現象? 魔法? が普通ではないのならば、生きていく上で面倒が降りかかりそうだ。
こんな時にスマホでもあれば、常識などを調べられるのに……。
とりあえず、すっとぼけるか。
「そんなことよりも、身体は大丈夫ですか? 痛いところなどは?」
「はっ、はい! 大丈夫です!」
少女は驚きながら立ち上がり、身体のあちこちを触り確認をした。
四肢は細く栄養が足りているようには見えないが、動きを見る限り身体はしっかりとしている。
獣人なだけあり、漫画やゲームの様に身体が丈夫なのだろうか?
「それは良かったです」
「それで……あのぅ……助けてもらって嬉しいのですが、見てのとおりで……」
少女はもじもじと手を合わせ、困り顔をした。
ああ、治したからには喜捨だか寄付。言い換えれば治療費を払うのが普通だ。
だが目の前の少女は見ての通りであり、金など持っていないのだろう。
暴力に訴えてくる気配もなさそうだし、少々心苦しいが、この少女には役に立ってもらうとしよう。
「それは困りましたね。死する者を生へと縛り付けるのは、とても大変な事です。それなのに、あなたは喜捨を払う事が出来ないと?」
我ながら白々しく怖気の走る話し方だが、この姿でいつも通り話すわけにもいかない。
「ひっ! あ、あの……はい」
「そうですか。まあ私も鬼ではありません。しばらくの間私の下で奉仕活動をするのでしたら特別に免除してあげましょう」
「本当!?」
よし、いい食いつきだ。
「ええ。先ずはですが、名前を教えてくれますか?」
「私はシラキリって言います。見ての通り孤児です」
「シラキリですね。どうして此処で死にそうになっていたのですか?」
「……孤児狩りに遭遇して、逃げたら刺されて……何とか逃げ回ったけど、それで……」
孤児狩り……なんとも物騒な言葉だな。
「なるほど。それは災難でしたね。一応確認ですが、此処が何所だか分かりますか?」
「ホロウスティアのスラム……ですよね?」
…………スラムスタートって少し厳し過ぎませんかね?
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