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 その恐ろしいバラバラ死体は、都内あらゆる場所から一斉に、次々に発見された。


 一番最初は何と警察官が発見する運びとなった。木村憲仁が東京駅のコインロッカーで発見された翌日の成人の日、三連休最終日の1月13日月曜日の夕刻、時刻は16時30分頃のことであった。場所は西荻窪駅と善福寺川から程近い上荻4丁目にある聖創学協会の教団本部の施設の中であった。


 この時、木村憲仁の身元確認に訪れていた丸の内警察署の刑事二名が門の付近で立哨りっしょうしていた警備員に話を聞いていたところ、突然辺りをつんざくような女の悲鳴を聞きつけ、現場に駆けつけたところから騒動は始まった。


 入り口から直進した施設のほぼ真ん中にある広場の中心にある、聖創学協会のマークを象った大きなモニュメント。周囲にある花壇の植え込みで若い女が膝を抱えて震えていた。


 異変を聞きつけた刑事と警備員が何事かと声をかけたところ、女は怯えきった表情で怖々と目を背けながら、しきりに植え込みの辺りを指差している。


 植え込みには彼女の飼い犬であろうか、赤いリードに繋がれたままの秋田犬が背中を向け、片足を上げて花壇の葉牡丹はぼたんに小便をしている以外は特に異常はなさそうに思えたが、刑事は犬の傍らにぞんざいに投げ出してある白いビニール袋のようなものから覗けている中身を見て瞬時に凍りついた。


 それは女の生首であった。


 青白い顔で、血の気の失せた表情で固まった中年女性のものと思われる生首が、布団圧縮袋のようなもので、空気を抜かれたようにぴったりと透明なビニール袋で覆われ、尚且つ白いビニールに入っていたのである。


 傍らにいた若い男性警備員が情けなくも腰を抜かして悲鳴を上げたことで、辺りは当然のように大騒ぎになった。


 刑事は即座に警察官であるという身分を明かして、すぐに所轄の荻窪署と本部に応援を呼び、辺りをすぐさま封鎖して野次馬に次々に現れる信者や、何事かと門の外から覗く近所の住民達を誰一人、現場へと近づけさせないようにした。


 事態が少し収まってから現場に応援に駆けつけた、丸の内警察署の西園寺和也警部補が、ようやく第一発見者の若い女性、木村美也子から17時半頃に聞き出した内容は、以下のようなものであった。


「夕方の散歩に歩いていたら知り合いから預かっているこのコが、突然激しく吠え出して、植え込みの辺りをいきなり激しく引っ掻き始めたんです。最初はゴミか何かを掘り出そうとしてるのかと思って見てたんですが、白い袋の端が覗いてて、白いビニールの端をくわえて引っ張り出したんです。袋はずいぶんと何重にも固く結ばれてて、ゴミにしては固くてゴツゴツしてるし普段は大人しいこのコがやたらと吠えるので…。何かと思って中身を見てみたらアレが…伯母さんの……首が……出てきて……」


 彼女は相当なショックを受けており、またフィアンセの木村憲仁の死体が東京駅で発見されたと聞いた瞬間、もはや半狂乱の状態となり話が一切通じなくなった。彼女はその場で失神したのだという。


 通常このようなバラバラ殺人事件では、被害者の身元を特定するために多くの捜査リソースが裂かれるものだが、生首発見から身元の特定は非常に容易で、判明までにほとんど時間がかからなかったといっていい。


 というのも被害者の生首は血の気が失せて腐敗が進行し、半ば腐乱した状態でこそあったが身元は教団幹部の河西麻未かわにしあさみ(57)その人であるということが確認されたからである。頭部以外が発見されていないことから、通常のバラバラ殺人とは順番が異なっていたことが、身元特定の上では不幸中の幸いだった。


 河西麻未は夫の河西祐介と共に1月4日の時点で捜索願いが出されており、木村美也子の供述では彼女の叔母本人に間違いないのだという。無論のこと、後の司法解剖の結果、遺体のDNA鑑定その他からも河西麻未本人だと断定された。また、東京駅で発見された木村憲仁についても、同様に1月4日の時点で捜索願いが出されていたこともこの時、判明した。


 では、いつ、誰によって、なぜ殺されてこんな目立つ場所に遺棄されたのかが皆目わからなかった。発見された当日は三連休最終日で報道各社の第一報が流れたのは、夕方18時のニュースであったが、そのセンセーショナルな内容からインターネット上では、年始も早々で現場が聖創学協会の施設であったことも影響してか、いわゆる祭り状態となった。ニュースでは現場の植え込み周辺は封鎖され、捜査員によって夜通し他の部分の捜索作業が行われる見込みであることが報道された。


 だが警察の夜を徹した必死の捜索も空しく、翌朝にかけて警察犬や多くの捜査員達が投入されても、現場周辺から遺体の残りは発見されなかったのである。


 聖創学協会の教団施設内にて幹部の生首が発見されたというその衝撃的な報道は、当然のように新聞やテレビやネットニュースを通じて次の日も扇情的に流されたが、ネットを中心にした世間の反応は、新年最初を血みどろの赤色で飾る禍々まがまがしい事件だ祭だ大事件だとはやし立てながらも、実際のところは加熱する報道各局に水を差すように、やや冷ややかな批判や侮蔑を込めた視線で見つめる向きもあった。


 というのも、聖創学協会は報道キー局の一部を買収しているという事実は公然の秘密で、ネット界隈では周知の有名な話であり、出資者や株主の不都合な事実は極力報道しないか、第一報のみ流して続報はなしという、実に日本では日常茶飯時に行われる報道しない自由という異常な偏向の拡大解釈が、またぞろ発動されるに決まっていると思われていたからである。


 特に当事者の局では、自ら起こした事件や不祥事は全く報じなかったり、記事に触れても、せいぜい発表報道の文面を他人事のように読む程度で終わらせる場合が多いのは、昨今のテレビ離れを加速した一因にもなっている時勢だけに、ネットでは既に“マスゴミ”や“カスゴミ”と揶揄やゆされ、蔑まれている報道局が、今度も金子きんすの御機嫌を伺って視聴者をミスリードするか、視聴者の知りたいことなど、スルーするのは間違いないと思われていたのである。


 しかし、このバラバラ事件に関しては、まさに度肝を抜く展開であったといってよい。何せ、バラバラ死体は一日ごとに、一都三県に#またがって、次々に発見されていったからである。


 1月14日16時頃、埼玉県大宮市にある、民家の住宅から肩から切断された男性の右腕が宅急便で届いたとの通報が地元大宮署の刑事課にもたらされた。


 同日の18時頃には神奈川県相模原市の民家で女性の左腕が発見されたと通報が入る。両者に共通しているのは死体が宅急便で届いたという実に驚くべき展開であった。開封した人物の心境を思うと察するに余りある。


 震撼する世間の反応を嘲笑あざわらうように、バラバラ死体の発見は容赦なく続発した。


 1月15日は都合4件発見された。この頃になるとワイドショーでも、もはや特集番組の体裁で扱い、ネットはバラバラの話題で持ちきりで、某巨大掲示板にパート50を祝うスレッドまで立てられた。無論のこと、世間もバラバラの噂一色となった。


 この日は16時半頃に千葉県松戸市二ツ木にある民家から、男性の左足が。同日18時頃には、同じように女性の右足が千葉県成田市松崎のアパートから発見された。


 同日の1月15日の19時には、埼玉県春日部市にある雑貨店を営む店舗に、女の右腕が届いた。


 21時過ぎには男の左腕がやはり、埼玉県さいたま新都心駅に程近い、大宮市四丁目にあるマンションの一室から同じ手口で発見された。


 明くる1月16日には東京都高井戸にあるアパートで、男性の右足が。同日18時頃には、やはり東京都大田区田園調布の民家から女性の左足が見つかった。


 だが、この日のきわめつけは、聖創学協会の支部がある東京都中央区日本橋の茅場町かやばちょうにある教団施設の大型冷凍庫から、ついに四肢がバラバラに解体された、裸の中年男性と中年女性の二体の胴体、そして男性の生首が同時に発見されたことである。


 生首は驚くべきことに同じ冷凍庫の中から発見され、後述するが、この生首がきっかけで死体が発見されたのである。


 男性は1月4日から行方不明になって捜索願いが出されていた教団幹部の河西祐介かわにしゆうすけ(59)で間違いなく、女性も鎖骨の辺りにある黒子ほくろあざなどの痕跡から河西麻未であると思われた。


 ここに至り、警察庁はこの殺人死体遺棄事件を“一都三県広域バラバラ殺人事件”という名前で広域重要指定事件に認定した。


 これは明らかに同一犯による犯行と思われる事件が複数の都道府県で起きた場合、または犯行件数が1件でも捜査の過程で他の管轄の都道府県警察組織に協力を要請した場合が指定の対象となるものであるが、教団幹部や信者を狙った複数犯によるテロの可能性もあり、世間を騒がせる事件を受けてのものだった。


 事態を重く見た警察庁は、東京駅で先に起こった死体遺棄事件に使われた、被害者を覆っていたビニールの圧縮袋と被害者はいずれも聖創学協会に所属していたという類似性から東京警視庁と千葉、神奈川、埼玉県警察による合同捜査という形で、捜査本部は東京駅直近の丸の内警察署に設置され、全国からも情報提供を呼び掛けていた。


 日を跨いで次々に発見された四本の腕と四本の足は、L型三角ケースと呼ばれる細長い段ボールの梱包資材の中に、木村憲仁と同様に大型の圧縮袋に密封され、新聞紙を緩衝材かんしょうざいに包んだ上で梱包されていた。


 このケースは縦と横と奥行きが、それぞれ17cm × 88cm × 15cmで、限界88㎝まで収納可能な細長いケースで、全国の宅配便営業所などで販売、流通されている、きわめてメジャーなものだった。本来の用途は折ってはいけない図面や地図、ポスターやカレンダーなどに使われる梱包用資材で、外装には“上積み厳禁”のシールまで貼られてあったという。


 荷物は全て同じ場所から発送されており、住所欄には“東京都杉並区上荻4丁目×―× 聖創学協会本部”と黒いスタンプが捺されていた。


 送り状の発送人欄には、被害者の河西祐介の名前が使われており、荷物の品名の内容は“古美術品・巻物”となっていた。こちらも筆跡鑑定による捜査や専門家の追跡を意識したものか、定規をあてて書いたような角ばった筆跡で書かれていた。


 両腕と両足は、それぞれの家で発見にバラつきはあったが、いずれも時間帯指定便で1日ごとに、それぞれ信者の家に届くようにあらかじめ15時~17時に届くように指定してあった。料金は元払いで昨年の12月30日の時点で、全てまとめて銀行振込により前払いがされていた。


 料金を振り込んだ場所は、東京駅の八重洲南口にある銀行のATMから“カワニシ ユウスケ”の名前で口座振替で振り込まれており、カードも本人名義の物で間違いなかった。犯人がいかにして河西祐介のキャッシュカードを手に入れ、尚且つ暗証番号を知り得たのかはついぞ謎で、警察は引き続き防犯カメラの映像の解析に努めているというが、この場所もやはり近くにファーストフード大手のチェーン店があることで、年末に行き交う旅客や雑踏の数が死角になって望み薄になるかと思われた。


 一方で切断された両者の四肢には、先に発見された河西麻未のものとは異なる、非常に特殊な処置が施されていた。


 これが死体の発見を遅らせ、臭気が外部に漏れずに、宅配便なる異常な手口で死体を発送できた原因でもあった。


「エンバーミング? 薬剤を注入して腐らないように防腐処置が施されていたっていうのかい? バラバラ死体に? そんな馬鹿な……」


 私は思わず西園寺にそう問いかけていた。西園寺もため息混じりに応じた。


「ああ、本当に馬鹿げた話さ。だが、これが実際に宅配便で死体を送れたカラクリなんだから仕方ない。献体けんたいした司法監察医の話じゃ、殺人事件のバラバラ死体にエンバーミング処置をほどこして宅急便で送っただなんて、非常識で馬鹿げた犯罪の例は、これが国内初だそうだ」


「そりゃそうだ。海外や葬儀屋ならまだしも、火葬が主流の日本でエンバーミングなんて殆ど必要ないんじゃないのかい? これならドライアイスを使ったとか、クール便で死体を送ったとでも聞いた方が、まだ納得がいくよ」


「お前も事件記者をやってる割には、認識不足だな。今の東京都の埋葬事情を考えてみると笑えないんだぜ。交通事故や列車の人身事故なんかは、人口の多い都会じゃ高い頻度でどこかで起こる。エンバーミングの大半は防腐目的か、傷ができてしまった場合の傷隠しなどで使う人が多い訳さ」


 神妙に頷いた私に向け、西園寺は続けた。


「看護師のエンゼルケアと違って、今は葬儀屋やセレモニーホールで、資格のある専門スタッフが遺族の同意書つきで保管することも可能なんだ。多少の傷なら化粧で隠れるし、損傷が激しい場合は密葬ですませてしまう。ドライアイスや氷などで低温にしておけば数日なら大丈夫って訳よ。エンバーミングで長期に渡って保存しておく必要は確かにあまりないが、死体を冷蔵するってのは今や、何も特別なことじゃないんだよ」


「たった今、スマホで確認したよ。“今はまだエンバーミングに関する法律が整備されておらず、 エンバーマーも日本ではなく外国の規格を元にしている場合が多いです。ですが、エンバーマーの養成機関が発足するなど、 日本でもエンバーミングに対する認知度は上がってきており、年々増加傾向にあります。遺体の長期保存ではなく、感染症防止と遺族へのケアという観点においては、 日本でもエンバーミングは必要であると言えるでしょう”か」


 私はグラスに一口つけて、続けた。


「……なるほどね、いい話を聞かせてもらったよ。今度ちゃんと現場に行って、取材してみなくちゃならないな」


 取り敢えずはこの事件が片付いてからにしてくれ、と西園寺は本日2杯めのグラスを空けた。お互い酒には強い方だが、今日の西園寺は仕事で若干じゃっかん荒れ気味なのか、ペースが少し早かった。私達は、口直しにクアーズで喉を洗うことにした。


「鬼の原因だけを取り除いた訳か…」


「そういうことになるな。胴体だけが冷凍庫から発見されたのには、それなりに理由があったってことさ」


 鬼とは私達がこのテの話題で使う隠語で死体現象を表している。死体は腐敗が進行すると、まず全身が淡青藍色になり、全身が膨らみ、その後次第に暗赤褐色となり、さらに進行すると乾燥し、黒色に変色して融解し始め、最後には骨となる。


 時間経過による死体現象の行程を葬儀屋では青鬼、赤鬼、黒鬼、白鬼と表現するそうだが、私と西園寺もショットバーや周囲に誰かがいる、こうした場所で会話する時などは、好んでこの表現を使っていた。腐乱死体にバラバラ死体に殺人などという言葉が平気で飛び交う状況は、さすがに普通ではないだろう。罰当たりな我々とて、人様の聞き耳や公衆の目を全く意識しない訳ではない。


 本邦では朽ちていく死体といえば、九相図が有名であろう。屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画である。九相詩絵巻とも呼ばれ、題材として用いられた人物には檀林皇后だんりんこうごう小野小町おののこまちがいる。檀林皇后は信心深く、実際に自身の遺体を放置させ、九相図を描かせたといわれる。世は全て諸行無常の実相を成す。故に人間の死を直視せよ、ということであろう。


「エンバーミングで薬剤を注入して腐敗を防止するというけど、具体的には何を?」 


「俺も詳しく知っている訳じゃなく、司法監察医の伯父貴の受け売りなんだがな。報告書にある通りに流すぜ。まず全身の消毒と洗浄だな。ホトケさんの表情を整え、必要に応じて髭を剃るなどの処置を行う。次に遺体の頸部けいぶ……まぁ首の部分を小さく切開して、動脈より循環器じゅんかんき経路を使用して防腐剤を注入。同時に静脈から血液を排出する。次に腹部に約1cmの穴を開け、そこからトローカーと言われる金属製の管を刺し、胸腔きょうこう腹腔ふくこう部に残った体液や、腐敗を起こしやすい消化器官内の残存物を吸引し除去する。また、同時にそれらの部分にも防腐剤を注入する」


 西園寺はさらに続けた。


「次に切開を施した部位を縫合ほうごうする。この時、切開を行った部分にはテープ等を貼って目立たなくする。事故などで損傷箇所がある場合は、その部分の修復も行う。そして最後が全身と頭髪を洗浄して、遺族より依頼のあった衣装を着せ、表情を整え直した上で化粧を施し、納棺する。こうした処置が行われて始めて、遺体は長期の保存が可能になる」


「なるほど……当然だけど、エンバーマーの資格がなきゃ、出来ない訳だよね?」


「ああ。IFSA(一般社団法人 日本遺体衛生保全協会)のエンバーマーライセンスを取得した者や医学資格を有した、医療従事者じゃなきゃ無理だ」


「バラバラ殺人の死体に施した前例がないというだけで、それに近いようなことは起きている訳だよね? たとえば轢断れきだん死体とか……」


「まぁな。そいつは俺も気になって葬儀屋に確認したんだが、鉄道事故等で非常に損壊した場合は、遺体の各部位を現場でビニール袋に回収して、それを樹脂製の遺体専用の袋に入れておくそうだ。エンバーミングもできる場合もあるが、大抵はそのまま棺に入れられて通夜の前に火葬される場合が多いそうだぜ。あとは死体によりケースバイケースだ。時間が経過した水死体や焼死体の場合は、エンバーミングできないケースがあるそうだ」


「バラバラ死体の切断された四肢にも不可能ではない…って訳だね。皮肉にも殺人事件が可能であることを実証してしまった訳だけれど…」


「まぁ、そうなるな」


「この死体を宅急便で送った手口だけど、犯人は送り状を予め何枚も用意していて、昨年の段階で金まで支払ってエンバーミングの使用機材や薬剤まで入手し、犯行に望んだ訳だよね? 死体遺棄もバラバラ殺人も相当綿密に計画されていたことになる」


「そういうことだ。補足するとエンバーミングは誰もが出来る技術じゃない。血液の代わりに薬剤を体内に注入する訳だから、採血だって必要になる。血液は真っ先に腐敗の原因になるからな」


「木村憲仁には、そういった処置は施されていないんだね?」


「そうだ。奴の死因は餓死で間違いない」


「バラバラ死体はまとめて本部施設から送られてきていたんだよね? 宅配便どころか、世間を騒がせる時限爆弾のようなものじゃないか……。よくバレなかったね」


「ああ。まったくふざけた手口だが、カラクリが解ると馬鹿みたいに単純だ。普段から行われてる日常の風景だったそうでな。殺された河西夫妻ってのは割とズル賢い小悪党でな、税金対策に美術品を買い集めちゃ、信者達に保管させていた。河西祐介は主に美術品。嫁の河西麻未は宝石類に特に目がなかったそうだ。宅配便の集配所にまた荷物を届けるから、三斉勤行さんせいごんぎょうが始まったら集配所の前に大型の台車を用意しといてくれって話だったそうだ」


「三斉勤行?」


「1月2日から三日間の日程で本部施設で行われる大仰おおぎょうな儀式だ。一般参賀に合わせて全国から一斉に信者が本部施設に集結するっていう教団の集会行事だ」


「じゃあ、それに合わせて?」


「そうだ。荷物は信者に配る美術品で、同じ型の三角ケースに八つ入れておくから、また期日になったら発送してくれって内容だったらしい。集配所の係に聞いたら、保管料も含めて金に糸目はつけない。大切な品だから料金の見積りを送ってくれ、とメールで確認がきていたそうだ」


「河西祐介の名前を使って? 怪しまれなかったのかい?」


「その頃、奴らはまだ死んでない。茅場町にある協会の施設で嫁と一緒に普通に働いていた。集配所のオッサン達も年末の税金対策の片棒担がされて信者達も大変だな、くらいは思ったかも知れんがな」


「捜索願いが出されたのは1月4日だったね。その三斉勤行に幹部二人が現れず、行方不明になったとすると犯行はその前日。死体入りの荷物が置かれたのは、1月3日から4日にかけてってことになるのか……」


「ご明察だ。1月4日の朝に話にあった通りのものが、集配所の前の大型の台車の中に全部まとめて入れられていた。金は既に払われていたから宅急便の従業員達も全く気づかず、いつものように局留め扱いで保管しておいたそうだ」


「バラバラ死体を?」


「腐らないバラバラ死体を、だ」


「たいした係員達だな。目と鼻の先で二人の人間の行方不明事件が起きていて、捜索願いまで出てるっていうのにかい?」


「依頼した当人が殺されて、死体がバラバラにされて、荷物に入ってるだなんて普通は思わないぜ。捜索願いは身内と警察にしか知らされていなかったみたいだしな。そいつらを責められねぇよ」


「死体を十日も保管していた訳だよね?」


「正確には本部で七日で、宅急便センターで三日だ。通常は一週間以上の保管はできない。以前にも同じことがあったから、特例の留め置きを慣例化していたのがあだになった訳だ。発送日がかなり先だから、発送順は送り状の順番通りだ。1月14日から順番に世間を騒がす危険物が爆発していったことになるな」


「そのバラバラ死体って爆弾を送りつけられた信者達の共通点は?」


「全員共通して聖創学協会に入信している。過去に美術品や宝石類を預かった信者がいるって以外は現在、調査中だ」


「バラバラを送りつけられた被害者達にしてみれば、迷惑きわまりないね。犯人は信者の内情を知っている人間以外あり得ない」


「前半はどうだかな。税金対策の片棒を担がされてるって情報は、警察発表でマスコミも知ってるはずなんだが、綺麗にその辺は伏せられていたぜ」


「それは被害者の心情に配慮してなんじゃないの? ワイドショーでは随分と同情的に報道されてるようだ。犯人に肩入れする訳じゃないけど、バラバラ死体はインパクト抜群だから、金に目が眩んだ彼らにはいい薬になったんじゃないかな。……まぁ、都合の悪い情報は流さない無価値なマスゴミなんて呼ばれてる現状は、僕だって心苦しいけど努力はしてるんだよ。おかげさまで表の週刊紙共々、売れてる方だから、同業者に嫌われる代わりに彼らより一歩リードできてる訳だ」


「お前がS社の人間で『週刊実録犯罪』の記者じゃなかったら協力してないさ。真実を明らかにするって大義の前には、守秘義務と情報公開は実は矛盾しないってのは俺の持論でな」


「仕事熱心で話の分かる班長で助かってるよ」


「ま、お互い持ちつ持たれつってな。それより、他に聞きたいことがあるんじゃないのか?」


「色々あるね。河西祐介の生首と二つの胴体の件。それに殺害現場の件に凶器の件と色々だ。バラバラだけでも込み入ってるから、一つずつ整理させてくれないか。まず1月15日に発見された胴体と、河西祐介の生首が発見された時の状況や経緯を詳しく教えてほしい」


「了解。まぁ、そうなるわな」


 西園寺は赤いラークの箱から一本抜き出し、煙草に火をつけた。私は彼に訊ねた。


「なぜ河西麻未の生首は、先行して1月13日の時点で発見されたのに、河西祐介の生首の方は二日も後になってから発見されたのか? しかも同じ冷凍庫から胴体と同時に、ときてる。新聞発表で、宅急便で送られた腕や脚のバラバラの発見された経緯は知ってるけど、胴体については、前後に何があったのかまではさっぱり不明だったな。茅場町の道場の地下にある、大型の冷凍庫から発見されたってことらしいけど?」


「そうだ。かなりショッキングな内容だし、暴力団とも繋がりがあるような聖創学協会の大幹部が殺された社会的な影響を考慮してか、報道もビビって第一報の一部を自粛したようだな。コイツを見ろ」


 そう言って西園寺は、私に一枚の写真を見せた。


 そこには一瞬で目を背けたくなるような光景が広がっていた。


 写真に写されている場所は、やたらと薄暗い場所のようである。冷凍庫のライトは消えており、過冷霧の煙が辺りに立ち込めている。


 そこに人間の頭がこちらを向いて口を開けている。登頂部が半ば禿げ上がった頭髪に申し訳程度に残った頭髪が額に斜めにうちかかって張り付き、そのまま凍りついている。


 中年男性の生首である。


 目は閉じられたままの生首が何かに嵌まっている。よく見るとそれは、花の柄が描かれたガラスの骨壷であった。ガラス製の骨壷の中に生首が綺麗に嵌まっているのである。私は不謹慎にも、最前入口で見たブロブフィッシュをまたも連想した。


 その異常な生首を挟むように、四肢を解体され、局部を扉を開けたこちら側に向けた、一目で人間と解る裸の男女の胴体が二つ、ビニールの圧縮袋にぴったりと収まって凍っている。


 圧縮袋はご丁寧にも皺を伸ばして、胴体の下側に綺麗に畳んで収めてあり、水が滴り落ちているのが見てとれる。


 これを見ろ、と言わんばかりの異常にして過剰な狂気の演出である。


 私は食い入るように異様な現場の写真に釘付けになっていた。西園寺は紫煙を深く吸い込んで吐き出すと、傍らにあった報告書の文面を読み始めた。


「死体が発見されたのは1月15日の昼の13時半頃。場所は、日本橋茅場町にある聖創学協会支部の教団施設。ここは信者からは茅場町道場と呼ばれている場所で、死体発見現場に遺棄された死体は、地下の食料品貯蔵庫の冷凍庫から発見された。施設では、この日は朝から電気設備の点検があったんだそうで、食材の納品と冷蔵室の庫内整理にきていた精肉卸業者“ミートハウス高木”の従業員、高木信吾35才が第一発見者で、そのホラー映画も真っ青の、あり得ない肉の塊二つと河西祐介の、口を空けた生首を見つけた」


 西園寺はくわえ煙草をしながら、私の持っている数枚の写真を指差した。


「よりによって、肉屋が人間の死体を発見したのかい……」


 私は胃の腑と小腸を鷲掴みにされたような嫌な感覚を覚えた。西園寺は片方の眉を吊り上げて続けた。


「この茅場町支部では二ヶ月に一度ぐらいのペースで“聖創会議”って名前の食事会が開かれる。外から一流のシェフや料理人を呼んでは、床はレッドカーペットに天井にはシャンデリアまで下がってるような、そんな贅沢な一階のホールの円卓で食事会と幹部全員での会議を兼ねた会合をする決まりになってたそうでな。要は家族会議だ。宗教性など欠片もないような生臭な話だが、要は教祖の木村太輔を招いて教団の活動報告を含め、御機嫌とりまでやるような家族会議だと思えばいい」


 西園寺は、グラスに一口つけて続けた。


「幹事は教団の幹部連中が持ち回りで回ってくる。幹部は教祖を除けば六人いて、幹事は年に一度回ってくることになる。茅場町の施設は基本的には、教祖と幹部が住んでいる邸宅で全部屋オートロック完備でスポーツジムに屋内プールにバーまで併設された、道場とは名ばかりの贅沢な施設らしい。一月の末頃に例によってその幹部会が開かれる予定で、幹事は教団幹部の真鍋政義まなべまさよしって木村太輔の次男坊がやる予定だったそうだ」


「発見された現場は、その厨房にある業務用の大型冷蔵庫の冷凍室って訳だね。随分と大きな冷蔵庫だね。見たところ、中はこれ見よがしに胴体と生首が入っている以外は、食材の一つも入ってないんだな。僕の部屋の冷蔵庫といい勝負だよ」


「心配するな。俺の部屋も似たようなもんだ。まぁその、何だ……このバラバラの胴体と生首なんだが、発見された時の経緯がちょいとおかしな話っつーか、怪談じみていてな……」


 西園寺は奥歯に物の挟まったような微妙な言い回しで、困ったようにガリガリと人差し指でこめかみの辺りを掻いた。私は写真から顔を上げると、珍しく歯切れの悪い西園寺に訊ねた。


「何が怪談じみているっていうんだい?」


「普段は使われていない、その冷凍庫の中から異様な叫び声がしたっていうんだよ。それで気になって中を調べたら、中にそのバラバラ死体の胴体と生首があった」


 私は思わず口笛を吹いた。


「エクセレント! まさにホラーだ! 宗教団体の大幹部ともなると、首と胴が生き別れになっても、叫んで自分の胴体の在処ありかを教えてくれるのかい! まるで妖怪の舞首か大手町にある首塚の平将門公みたいじゃないか! 次は生首が空を飛んで、犯人に恨み言の一つも言いにやって来るかもしれないね。“やぁ、その節はお世話になったな”とかね。河西祐介の生首は、ノウマクサマンダバサラナンと不動明王の真言でも唱えていたのかい? 」


「ンな訳あるか。怪談話なんか警察がまともに取り合うかってんだよ。こってり絞った末に聞き出した発見者の高木信吾曰く、『本当なんです! 間違いありません! 嘘なんてついてませんよ!“あ”に濁点がついたような薄気味悪い声がしたんです!』……だそうだ」


 西園寺は一応、生体模写をするように声真似までしてくれた。蛙が潰れたような、あるいは長めのゲップをしたようなとでも形容すればよいだろうか、確かに聞いていてあまり気持ちのいい音声ではなかった。


「いや、しかし死体を発見した時の状況を考えると、浅草花屋敷のお化け屋敷にすら入りたくない僕辺りなんか、心底同情したくなるね。その精肉業者の高木さんは一人で作業していた訳だし、周りには誰もいない状況だったんだろう? 電気も消えていて真っ暗な食料倉庫で作業していた訳だし、おかしな叫び声がしたと思って、冷蔵庫をそっと開けると……」


「中には肩と大腿部より少し先から切断された裸の死体と生首が入っていた、と。いかがわしいテレビ番組なら素敵な悲鳴のエフェクトでも足して、視聴者をびっくりさせにくるところだ。確かに多少は同情するが、こちとら仕事でやってる訳で真面目か正気か疑うところだぜ。まぁ、それはともかく……。死体にエンバーミング処置が施されてたってのは、この二つの遺体で判った。心臓に近い方の脇腹と頸動脈と大腿部に、それぞれ血液を抜いたと思われる痕跡が残っていたんだ。胴体にはその代わり、防腐処置はされていない。このイカレた事件の犯人の念入りな変態ぶりは凄まじいぜ。どこぞの推理作家もどきみたいにマニアック過ぎる。フルコースにしても豪勢過ぎて笑えてくるぜ」


「警察はその高木氏のエクセレントなホラー体験をどう考えてるんだい?」


「ただの聞き間違い。独身男のかわいそうな妄想。かまってちゃんの話題作り」


「簡潔きわまりないね。面白そうな話だし、もう少し深く突っ込んであげてもよさそうなものだけど?」


「馬鹿言うな。肝心なのは、誰が、何の為にこんなぶっ飛んだことをやったのかで、怪談話やホラーが聞きたい訳じゃないぜ。それこそ生首に聞いてみろってんだ。……出来るもんならな」


 西園寺は続けた。


「こっちは忙しいんだ。誰かを怖がらせたかったら、警察を相手にするのは一番無駄で、暖簾のれんに腕押しで、の突っ張りにもならねぇとだけは言っておく。まぁ、この高木ってオッサンはえらく口が軽くてな。ペラペラとFacebookやTwitterにLINEにまで、この叫ぶ生首の噂とまともに取り合わない警察への糾弾きゅうだん吹聴ふいちょうしてくれてな。余計な仕事を増やされて、こっちはいい迷惑だぜ。まったく、世の中ってのはどんだけ退屈に飢えてたんだろうな! まるで猟奇事件や怪しい話って大好物に群がる肉食獣がそこら中にウヨウヨしているみたいだぜ!」


 西園寺はヤケクソ気味にビーフジャーキーを荒々しく歯で引き千切って、むしゃむしゃと噛みながらビールで流し込んだ。


「そうだ。木村憲仁はどうだい? 茅場町は幹部の邸宅でもあるんだろう? 殺害当時にバラバラにされた被害者の二人と一緒に消息を絶ったというのなら、彼だって充分に怪しい。バラバラでは被害者や真っ先に死んでいた人間を疑うというのは定石だ。彼が犯人なら可能なんじゃ…」


「真っ先に疑ったぜ。だが、奴には不可能なんだ。何せ既に幹部の教育実習が去年から始まってて、それどころじゃない事情があった」


「幹部の教育実習? まるで学校みたいだね」


「学校というか、ほぼ寺だな。

 昨年の11月頃から、奴は水道橋にある教団の道場で三ヶ月の間、みっちりと教団に関する文献やら書籍に囲まれた敷地内で、外部から一切隔絶された場所で過ごしていた。その名も“はらいのみそぎ”という」


「はらいのみそぎ? 洗礼というやつかい?」


「有り体に言えばそうだが、性格的にはむしろ、寺の修行だな。禅寺の坊さんみたいなことを本当にするらしい」


「具体的には何を?」


「教団幹部の何たるかを徹底的に叩き込まれて、朝夕の朝課……まぁ、お経だな。これを欠かさずに行い、斎戒沐浴さいかいもくよくをして精進潔斎しょうじんけっさいする、のだそうだ。食事はずいぶんと質素なもので、特に毎朝の飯は毎回おかゆだ」


「はぁ…徹底してるね。本当に曹洞宗永平寺の食事みたいだ。というか真言宗から分かれたと公言してる新興宗教団体とはいえ、何から何まで生臭だとしたら、これだけ信者は獲得できていないものね。仏教から学ぶべきことは、きちんと学んでいるという訳か。禅寺の生活や食事なんかは肥満や成人病に確実に効果があるから、それを元にして実際に成果をあげている信者もいるんだろうね」


「ああ、一汁一菜いちじゅういっさいの粗食が基本で、漢籍や禅籍、経典きょうてんや書物に囲まれ、外界と隔絶された環境で三ヶ月暮らす。場所は水道橋だぜ? 近くにラクーアやら東京ドームシティアトラクションズもあるような場所だから、そんな宗教施設があるなんざ想像もつかないがな」


 西園寺は再び続けた。


「食事は一汁一菜で汁に野菜や大豆を使った料理にさらに香の物…まぁ漬け物だな。これを少量添えることくらいはしていたらしいがな。質素きわまりない食事で、届けていた信者の婆さんに聞いたら、これは毎食三度きっちりなくなっていたそうだ。修行自体はかなり真面目にやっていたようだな。俺には信じられないんだが、何でも禅寺の坊さんってのはまかない方も修行の一つで、肉食が一切出来ないんだそうだな?」


 西園寺は大の肉好きである。体型は長身でスラリとしているが、大食漢でパワフルでエネルギッシュだ。私は禅寺に取材に行ったことがあるから、西園寺もその話を覚えていたようである。


「基本的にはそうだね。獣肉に限らず魚介類も駄目で、生臭なまぐさの類いは口にできない。不殺生戒ふせっしょうかいといって、生きとし生ける物は皆平等で、仏性が宿っているから殺してはならないという考え方によるものらしいね。煩悩ぼんのう滅却めっきゃく女人禁制にょにんきんせい、三毒を修行のさまたげとして修証一等しゅしょういっとう只管打坐しかんたざする」


「そいつは日本語か? 女人禁制は解るが後半は何を言ってるか、解るような解らないような話だ。……いや、解らねぇ。“しゅしょういっとう”に“しかんたざ”? お経の題目を聞いてるような感覚だぜ」


「要するに、あらゆる執着を捨てて、生きることと修行は元々一つと考え、ただ座禅をするように、当たり前のように命を懸けて、全力で己と世の中と向き合って一生懸命に生きろ、と説いてる訳だよ。仏教者じゃないから正確には違うかもしれないけどね。俗にねたむ、怒る、愚痴ぐちるを仏教の三毒として紹介することがあるけれど、そういった用例は仏典にはなく、これは誤りらしいよ。三毒というのは仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわちとんじんを指し、煩悩を毒に例えたものさ。今は割愛するけどね」


 実際に、仏教の教義を改めて説明するのは難しい。修行僧の日常の行いは、日々これ修行なのであり、生きることそのものが修行といわれても、それが一般の人々との日常とは志に明確な違いがあるように思う。


「今じゃ昔と違ってそれほど縛りはキツくないから、お坊さんでも畜髪妻帯ちくはつさいたいは許されてるし、酒や肉を口にするお坊さんもいるようだよ。禅寺の食事や修行はダイエット目的じゃないし、実際にきちんと作務さむを行い、宗派も寺格もきっちりしたお寺とかでは、太ったお坊さんなんか、まずいやしないしね。僕達の基本的な食事は一汁三菜が基本だから、一汁一菜となると相当少なく感じるはずだ」


「ははぁ……肉を食わなきゃ力が出ない俺には考えられないぜ。まるでかすみを食って生きてる仙人みたいだな。豆腐や大豆製品を中心にした菜食主義ってのはまま聞くが、栄養失調で死んだりしないものなのか?」


「栄養学的に脚気かっけになる人はいるらしいけど、餓死するほどには至らないさ。成人病が今より少なかった昔は、脚気が流行っていた。おかずは少ないけれど米を食べまくる事で起こる疾患、いわゆる江戸患いってやつだ。今はその逆だね。肉食が食生活の中心になると、脚気はなくなる。その代わりに肥満や生活習慣病が増えたわけだ。大豆由来のタンパク質の方が実は日本人の体質には合っているようだよ。禅寺だと、その他には胡麻塩とたくあんの二品が基本で、たまに梅干しや生麩なまふ佃煮つくだになどが添えられる程度だ。但し、ニラやニンニクのような精力のつく類は駄目らしい」


 食事の作法とて一般人とは違う。そこが修行なのかもしれないのだが。


「食べるもの自体はとても簡素でスッキリしているんだけど、しかし、その食べ方となると途端に複雑になる。お唱えごとは多いし、自前の器の並べ方は何度も練習しなければ覚えきれず、決められたルールからはずれた瞬間に、厳しく叱られる有り様だ。警策きょうさくで打たれたりもする。修行に入り立ての頃は、食べた気がしないほど食事作法に雁字搦がんじがらめにされるらしい。けど、時が経つにつれ、身体が作法を覚えるらしいんだね」


「なるほどな……。じゃあ、やはり俺らが考えてることは、まんざら的外れでもない訳だ。確かに可能性は大いにありだな……」


「ちょっとちょっと。一人で納得しているようだけど、いきなり何なのさ。警察の見解ってことかい?」


「木村憲仁だよ。さっきの話で、お前は気にならなかったのか?」


 西園寺の問いかけで私はすぐに思い至った。明らかな矛盾が転がっていることに気付いたからだ。


「そうか。彼の死因は餓死。食事は三度きっちりなくなっていた。……つまり、木村憲仁は、河西祐介と川西麻未の二人と同時に連れ去られたか、それ以前に水道橋の施設からいなくなっていた可能性がある、と?」


「ああ、最初でも言ったが、木村憲仁に関しては、いきなり消えた訳で、確認できる情報の方が少ない。何せ教団の祓いの禊って幹部教育は三ヶ月は続くんだそうで、その間はおいそれと外部へ出歩けない。いろんな可能性を視野に入れて捜査してるってだけだ。死因が餓死ってところが明らかに不自然すぎる。施設から出られない窮屈な生活を続けるだけだが、衣食住完備な場所で三ヶ月だけ我慢すりゃ、幹部の一人に昇格して総資産数千億円の財務に携わり、誰もが羨む綺麗な嫁さんを貰って、教団の幹部になれた矢先の状況だったんだからな。動機の面でも二人を殺す理由がないんだよ」


「食事は摂っていた訳だからね。その賄い方の信者のお婆さんの話じゃ三食とも届けられてて、それが毎回綺麗になくなってたってことだったね……」


「もしも、中にいた修行中の人間が木村憲仁じゃなかったとしたら?」


「まさか、誰かがいつの間にか入れ替わっていたとでもいうのかい?」


 私は背中に寒気が走るのを感じた。


「その可能性もあるってだけだがな。奴と接触できたのは木村美也子だけだが、せいぜい着替えや身の回りのものをその係の婆さんに届けるだけだったそうだ。ちょっとした軟禁状態だった訳だよ。水道橋の施設は西荻窪にある本部に比べたらこじんまりとしていて、図書館を改装して漢籍や禅籍や宗教関係の書物や文献が多数あるだけの施設だ。付近の住民に聞き込んでみたが、普段から熱心な信者以外に滅多に出入りする人間はいなくて、誰かが来ればすぐに判ったそうだ。だからもし誰かが入れ換わっていたのだとしたら、木村憲仁はどこか別の場所に監禁されていたんじゃないかってことになる。何者かのゴーサインで拉致と殺人の計画が同時進行していて、東京駅の事件が先行する形で始まり、同時多発的に河西夫妻も同じように襲われたんじゃないかって可能性だって考えられないわけじゃない。これなら木村憲仁だけが餓死していた理由に説明がつくし、1月4日にバラバラの被害者二人と一緒に突然消えた理由にも説明がつく」


「なるほどね。施設は西荻窪の本部に木村憲仁がいた水道橋の施設に他の幹部もいる茅場町か……。現場がそれぞれ離れ過ぎているって訳だね。車や電車を使ったにせよ、いずれ幹部になる木村憲仁なら信者達も知っていただろうし目立つだろうから、西荻窪の本部施設に彼が事件当日の1月3日に出入りできたはずもないな。

 木村憲仁になりすましていた人間がもしいたのだとしたら、そいつが拉致か殺害の実行犯という訳か…」


 やや怖い想像だが、その可能性は大いにありえるのではないだろうか。蓋然性がいぜんせいが高いと思える警察の見解に、私は素直に感心していた。


 さて次に話題にするべき問題は凶器と殺害現場だな、と西園寺は続けた。


「今日は1月19日。他殺死体のパーツが全て発見されてから今日で三日経つ。これは報道されてない情報で、お前だから話すんだが、死体の切り口は一様にバラバラで、複数の刃物で切断されていた。検死担当の話じゃ、切断に使われた道具は全部で三つあって、切り口だけじゃなく手際にもバラつきがあるそうだ。一つは製本に使うような大型の裁断器で、一気にバスッと切ったんじゃないかって話だ。押し切ったような潰れた痕跡が、河西麻未の右腕と河西祐介の左腕に残されていた」


 西園寺は両の手で自分の右肩と左肩の辺りを断ち切るようなジェスチャーをした。


「もう一つは冷凍マグロや木材を切るのに使うバンドソーだな。工事現場や鮮魚市場なんかで見たことないか? 大きな刃の受け口が縦に固定されていて、回転式のバンドの刃の奥に物を置いてそいつを手前側に引いていくと、バッサリと真っ二つに切れていくアレな。これが河西麻未の両足と左腕を切るのに使われた」


 西園寺は今度はミシンで布を引くようなジェスチャーを見せてから続けた。


「それと電動ノコギリだ。コイツは刃が二枚重ねになってるデュアルソー・ダブルカッターって代物じゃないかと見られてる。DIYや大工仕事に便利だってんで、通販番組でもよくやってるヤツだ。これが河西祐介の両足と右腕、それに二人の首を切断するのに使われた」


「凄まじいね…。これからは“死体の解体に使わないで下さい”ってテロップでも流して売るべきかもね。血や肉片や脂の飛び散り方を想像すると、まるでスプラッター映画のワンシーンみたいじゃないか。ジェイソンかジグソウでも現れたみたいだ」


 冗談とため息混じりの私の感慨に、西園寺は微かに首を横に振った。 


「いいや。死体は死んでからそれほど間もないうちに切ったのは間違いないようだが、血はそれほど流れ出なかったんじゃないかって話だぜ。なぜなら…」


「……あ、そうか。死体は二体とも防腐処置をしていたのだったね。エンバーミングは腐敗防止の為で、血液を抜けば処置しやすくなるという訳か。最初聞いた時はホラー染みてると思ったけど、死体を解体する為に血液を予め抜いていたという訳か」


「捜査本部じゃそう見てる。怪しい儀式に使うから血を抜いたんでしょうなんてアホくさい話はいくら宗教団体だからってねぇよ。そんなの吸血鬼だの魔女だのが出てくる作り物だけにしてくれって話さ。解体するのに厄介で荷物にして梱包する時も臭気や腐敗ガスが袋を膨らませて、 破れて外に漏れ出しては大変だから、血液を抜いた上で死体を切断し、防腐剤を注入して圧縮袋に密封したんだろうって考え方の方がまだ現実的で辻褄が合う。……猟奇趣味きわまりねぇ話だがな」


「まったくだ…。バラバラ事件の取材は僕もよくするし、資料や写真もよく見る訳だけど、始めて見たときは肉や魚が一週間は食べられなかったよ」


「東城記者は根性が足りねぇな。罰当たりなこの商売のおかげで、俺なんかずいぶんと耐性がついたぜ。そのデュアルソーって電動ノコギリだが、ギザギザの刃じゃなくセラミックを切るのに使う専用の円い刃にちゃんと換装した上で切った形跡まであったらしい。この偏執狂グループもずいぶんと急いでた割には、念入りで冷静なんだよ」


「偏執狂グループ、か。つまりこういうこと? 二人の死体の血をまず採血に使う注射器か何かの道具で抜いて、分業作業のように大型の裁断器とバンドソーとデュアルカッターを持った班なりに分かれた何人かが、速やかに二人の死体を順番に解体し、防腐剤を注入して梱包した、と。ファミリー企業の教団幹部を次々に狙った複数犯による犯行かもしれないと?」


「ああ、その可能性が高い。さすがに命は惜しいのか、普段は椅子にふんぞり返ってる偉そうな幹部や大人しく拝むだけの幹部連中も今や万が一に備えて身辺警護を雇ってるし、公安もテロの可能性があるってんで動き回ってるキナ臭い状況でな。これが、もしも拉致に監禁致死に遺体損壊に連続殺人死体遺棄事件なのだとすると……」


「本星が捕まりもせずに放置されてるってことになる。その人物は三人の人間の死に関与してる真犯人で、組織ぐるみの犯行がきわめて高い上に、今後も幹部の誰かを狙う可能性が高い…ってことになるんだものね。有力な容疑者として挙がってる候補はなく、目下のところ教団本部に出入りしてる信者達や教祖の遺産目当ての身内の幹部四人が一番疑わしく怪しいという訳か」


「ところがだ。一般参賀に合わせて1月2日に行われた、その聖創学協会の三斉勤行という儀式に参加すること自体は信者達なら誰でも出来るんだ。施設はこの日の朝の7時から夕方5時までは開放されていた。教祖と教団幹部六人は木村憲仁以外は、全員この西荻窪の本部施設に集まっていた。これが5日まで泊まり込みで続くんだよ。三斉勤行なんて大層な名前をつけてるが幹部は教祖の補佐をする為に大仰な袈裟を着て、ちょっとした体育館みたいな講堂の祭壇に上がって朝と昼と夕方に、“おん あぼきゃ べいろしゃのう、まかぼだら まにはんどま、じんばら はらばりたや うん”だの“おん、ころころ、せんだり、まとうぎ、そわか”だの“おん、あろりきゃ、そわか”だの“おん まか きゃらやそわか”だのと、お経を延々きっちり一時間、信者達と一斉に大講堂で上げる儀式が三日間続く」


「よく覚えたね。僕なんか、さっきの不動明王真言の一部をそらんじるくらいしかできないよ。凄いじゃないか」


「いやいや、まだまだ私は信心が足りないのです」


 西園寺は、まるで托鉢たくはつの僧侶のように合掌して一礼した。


「いやいや、凄いよ。きっと功徳があるね。真言の奇跡は堅物かたぶつで頑固な刑事の宗教観までついに変えたか。……で、西園寺警部補は喜捨は幾らくらいしたんだい? 住所を教えたりなんかしてないだろうね? 誰かに最近、後ろを尾行された覚えはないかい? 振り込み用紙が翌日に届いてたら、既にアウトだ。年会費扱いで振り込まないとしつこく督促が届くよ。振り込んだらこれもダメで、信者扱いにされて未納の場合はさらに酷い嫌がらせが始まる。最近綺麗なお姉さんに逆ナンされた覚えはないかい? 固定電話はもちろん、携帯電話の番号を教えたりしてないだろうね? 嫌がらせの迷惑電話が夜中に延々かかってきて、ノイローゼになるまで続くことになるよ。近所に君の変な噂話が流れてないだろうね? 彼らはそういう手口を好んでよく使うんだ。“引っ越しオジサン”なんて変なあだ名をつけられてないだろうね? マスメディアを味方につけて、ワイドショーで執拗に取り上げて、狂人扱いするようなことまで、彼らなら平気でするよ」


 悪意ある言い回しで私が続けざまにそう言うと、西園寺は心底嫌そうに蝿でも追い払うような仕草をした。冗談ごとでなく、実際の被害者達はこの陰湿な手口の被害にあっている。この手口こそ、聖創学協会が集団ストーカー教と呼ばれる所以ゆえんであった。


「冗談はよせ。抹香まっこう臭い施設に何度も出入りしてるんだから、嫌でも耳につくんだよ。ったく……。まぁ冗談はともかく、泊まり込みの幹部達も地方や遠方から来た信者達も、三斉勤行の始まる1月2日の教団本部の開放から、5日の18時の終了までの間は自分にあてがわれた部屋で、期間内は好きに過ごしていいって寸法だ。信者であれば、ちょっとしたビジネスホテルに格安で泊まれるような恵まれた待遇だし、駐車場も相当に広い。食事なんかも持ち込み自由で、ケータリングなんかも入口の警備員室までなら届く。一階は問題の宅急便のサービスをやってるし、郵便ポストも酒やタバコも売ってるコンビニまである。信者が店長や従業員って体裁の店舗なんだから、これも驚きなんだがな」


 西園寺はビーフジャーキーの残りを頬張って続けた。


「食事も外部依託の弁当・総菜屋が三食きっちり人数分届けてくれる。遠方から来る信者の宿泊施設としては相当に便利だったそうでな、実際に5日まで宿泊して東京の観光にそのまま行くってツアーなんかもやっていたそうだ。下は小さな子供から上は90過ぎた年寄りまで老若男女問わず、北は北海道から南は九州・沖縄まで信徒は幅広く、最近じゃ海外からも来ていたそうだ。部屋で酒でも飲みながら、正月のテレビ特番くらいは観ていた信者達もいたかもな」


 西園寺はそこでビールに口をつけた。私も彼につられて少し気の抜けたジョッキに口をつけた。私の反応がないのを見てとると捜査資料にある現場の周辺の地図を指し示しながら、西園寺は続けた。


「死体の解体に使われた場所は、この工事されているB区画で間違いない。河西麻美の生首が発見された植え込みと中心のモニュメントが…ここな。東側が信者達の宿泊施設で、このB区画ってのはちょうど真逆の……この位置にある訳だ。ここは新たな宿泊施設が増設される建設予定地だった訳さ」


 見取図を指差しながら説明する西園寺に、私も頷いて言った。


「なるほどね。ここなら多少派手な音を出しても、まず気づかれる心配はないね」


「そういうことだ。死体の解体現場にはもってこいの場所って訳だよ。ここは幹部全員が寝起きしていたA棟に近いし、解体に使われた道具も全部一式あった。まぁ、一般参賀に合わせて始まる三斉勤行なんて、不敬ともとられかねないことを平気で公言してる教団だから、ネット界隈じゃ相当に叩かれてる訳だが、二人を殺害する為に教団施設の本部に出入りできる人間は、何も信者達に限られてる訳じゃなかったんだ」


 西園寺はさらに続けた。


「1月2日の時点で施設に忍び込んでいたのなら誰でも可能だった訳だな。……だが、これは可能性は低いだろ? 殺害が実際に行われたのは1月3日の深夜だし、それまでに信者の誰の目にも触れずに外部から来た殺害グループが、飲まず食わずで2日も過ごして二人を殺し、解体して死体を梱包して台車に放り込んで、胴体二つと生首を持って、そのまま施設から立ち去ったとは考えにくい。いくら人の少ない正月時の宗教施設でも目立ちすぎる」


「1月2日~5日という限られた期間内に教団信者という限られた人間しか、施設内には立ち入りは不可能だった。しかも、夜間の限られた状況下で凶行が行われた訳か……。犯人は河西麻未の生首を施設のど真ん中に埋めてもいる」


「そうだ。ついでに言えば2日から5日までの間は、このB区画では、工事の夜間作業が始まる予定だった。工事は基本的に夜間に行われることが多かったようだな。ちなみに3日の日は内装業者が出入りしている。夜間の22時から夜明けの5時までの予定でな」


「まさか、その内装業者の作業員達が犯人だなんて言わないだろうね? もしそうなら“正月三賀日早々に働いてる現場作業員なんかいる訳ないだろう”とか“ヴァン・ダインに謝りやがれ”とか、気の短いミステリーマニアなら噴飯もので、石でも投げてきそうな展開だけど」


「そんな死体を数分でバラバラにできたかもしれない道具を、普段から扱い慣れてる連中を、手柄を立てようと、こうしてキャリア含めて何班にも分かれて躍起になって捜査してる、これまた気の短い刑事共が疑わないとでも思うか?」


「だよね。凶器を放置してた元請けの業者共々こってり絞られただろうとは想像つくね」


「凶器に使われた三点は教団系列の建設会社が親でその下請けが年末に持ち込んだものだ。去年の12月中旬辺りから放置されて警備も立てていないような、杜撰ずさんでお粗末な有り様だったらしい。1月3日に出入りしていたのは、その孫請の内装業者で車は軽自動車が一台きり。作業員も日本に来てまだ日も浅いベトナム人の若い兄ちゃんと65を過ぎた爺さん二人だけだ。この二人は内装の図面作りに使う写真の撮影に来ていただけで、荷物もそれほど多くなかった。その二人のうちどちらかが犯人か、その車の荷物に誰かや死体が紛れてたんでしょうなんてふざけた展開は、さすがにミステリーでも都合よすぎだぜ。そんなしょうもない答えを出す奴がいたら、こっちが石でも投げて“やり直せ”と追い返してやるところさ」


「そうだね。何でも疑えばいいという訳じゃないね。限られたテキストだけで追わなきゃならない訳か。その工事業者や宅急便の業者なんかも入口でチェックされるんだろう? 改めて思うんだけど、まるで自衛隊の駐屯地みたいに厳重だなぁ……。常日頃から人様の恨みを買っているってことを自覚してはいたようだね」


 今や存亡の危機だがな、と言って西園寺はビーフジャーキーを獣のように再び歯で引き裂きながら、私の質問に応えた。


「現場の作業員達は教団と警備に作業届けの提出が義務づけられているし、全員入口の警備室の受付で腕章を交付されて、それを付けなきゃ施設内には立ち入りできない決まりだ。施設内は夜間の外出を基本的に禁じてる。せいぜい一階のコンビニまでだ。これは中に住んでる信者達も同じだ。施設は対外的には、一応は個人の邸宅やマンション扱いではあるんだよ。どうしても用がある場合は、入口の警備室で名簿に名前を書いて外出届を出さなきゃいけないから、誰かが外に出ればすぐにわかる」


 西園寺はさらに続けた。


「事件が起こった日の1月3日~4日の深夜に誰も外に出た形跡はなかったんだ。工事業者が夜間の深夜1時~3時までの休憩時間は、外に行って留守にするってのは慣例になってたそうで、これは施設に住んでる信者達も警備員達も、知ってる奴は知っていた。その間は、施設内にいた人間なら誰でもB区画に忍び込めた訳だし、その作業員達も施設内に入って一時間くらいB区画の外側をパシャパシャ撮影してただけで、その後はすぐに工事事務所でパソコンとにらめっこだったそうでな。B区画の中に入っていないし、休憩は外の牛丼屋に飯を食いに行っただけで、その後はすぐに自分達の車でさっさと帰ったと言ってる。立ち会った警備員と本人達にも、ついでに夜中にワンオペで働いてた牛丼屋の姉ちゃんにも確認してきたぜ。……ってことで、作業員犯人説は全面的に却下だ」


 立て続けに西園寺は続けた。


「そうそう、素人探偵共が後からピーピーうるさいかもしれないから付け足しておいてやるが、警備員達が眠りこけてる間に、誰かが防犯カメラで見張られてる、高さ2メートルの外壁を越えて侵入したなんてオチはないぜ。警備員達も仮眠に入ってはいるが、交代で1月の寒い中にも関わらず、施設の外側を巡回したり哨所で監視したり、お互いの動きまで監視していた訳だから、警備員達もシロだ。第一、警備員が一人でもヘマなんかしたら一発で全員クビの解約だ。そんじょそこらの警備会社より遥かに給料も金払いもいい、教団傘下の警備会社の警備員達が裏切る理由が見当たらない。要は現場の工事区画にしろ、使われた宅急便の業者にしろ、物品の管理も疎かでいい加減で、つけこむ隙なんかいくらでもあったってことを、犯人側は予め知っていたという訳さ」


「工事の作業員も警備員も犯人ではあり得ないね。第一、河西麻未と河西祐介はカードキーやテンキーでしか開けられない電気錠のある室内で、それぞれが同時に何者かによって殺されている。……確か犯行にはカードキーが使われたんだろう? 幹部の二人が身内以外の誰かをA棟の部屋に招き入れた訳がないものね」


「そういうことだ。怪しいというなら誰もが怪しい。けれど犯行が誰でも行えたかと言われれば、それは不可能で、だからこっちは手詰まりなんだ」


「そこで、この教団幹部全員のアリバイ調査の資料が登場するという訳か。よし、一応僕も今までの流れを書き留めて整理しておこう。教団を擁護する訳じゃないけど、記事を読む読者との情報の共有はフェアにいきたいってのは信条でね。これは記事にして構わないね?」


「ああ。今はどんなタレコミでもありがたいからな。さっきはつい罵っちまったが、素人でも世間様に名探偵がいるのなら正直ご登場願いたい状況だ。……ほらよ、こいつが現場周辺の見取り図と教団施設のある場所だ。ついでにコイツはバラバラ死体が発見された一都三県に跨がる広域地図とバラバラの資料だ。こういうのがあると、俄然やる気を出す変態も世間にはいるかもしれないからな。“ミステリーモノのBGMでも再生しながら資料を眺め、あなたも安楽椅子探偵となって推理してはいかがか?”と記事の端っこにでも書いとくがいい」



※※※


[バラバラ死体・詳細]

 被害者の詳細


・河西麻未(57)…Aと表記


・河西祐介(59)…Bと表記



○Aの切断部分と詳細 


発見日時・場所

(切断凶器)


・生首…1/13 16:30 西荻窪施設

(デュアルソー)


・左腕…1/14 18:00 神奈川県相模原

(バンドソー)


・右腕…1/15 19:00 埼玉県春日部市

(大型裁断機)


・胴体…1/16 13:30 日本橋茅場町施設

(バンドソー)


・左足…1/16 18:00 東京都大田区田園調布

(バンドソー)


・右足…1/16 18:00 千葉県成田市松崎

(バンドソー)


○Bの切断部分と詳細


生首…1/16 13:30 日本橋茅場町施設

(デュアルソー)


左腕…1/15 21:00 埼玉県大宮市

(大型裁断機)


右腕…1/14 16:00 埼玉県大宮市

(デュアルソー)


胴体…1/16 13:30 日本橋茅場町施設

(デュアルソー)


左足…1/15 16:30 千葉県松戸市二ツ木

(デュアルソー)


右足…1/16 18:00 東京都杉並区高井戸

(デュアルソー)


◇殺害方法

 被害者A・Bは共に電気錠のかかった、それぞれの室内にて毒殺及び絞殺された(殺害当時AとBが起居していた居室及び電気錠については後述)。その後、B区画工事作業現場にて死体を解体・遺棄されたものと考えられる。


〇Aの殺害方法

 Aはアセトンシアノヒドリンの経口摂取による中毒死。


 Aがチェイサー(ウィスキーをストレートで飲用する際の水・お冷や)に用いたと思われるウィスキーグラスより検出。ストレートのウィスキーが少量残ったロックグラスと氷の入ったアイスペールからは検出されず。


※アセトンシアノヒドリンは無色~帯黄色の液体で、遊離シアン化水素(HCN)が生成されるため、特徴的なビターアーモンド臭がする。アセトンシアノヒドリンの主な用途は、メタクリル酸とそのエステルの製造である(メタクリル酸エステルは、プレキシガラス等の製造に使用される)。この他にアクリル酸エステル、ポリアクリル系プラスチック、合成樹脂の製造や殺虫剤、医薬品、芳香剤や香料の製造にも使用される。


 アセトンシアノヒドリンは水分があると自然に分解してアセトンとHCNになる。偶発的な吸入、皮膚接触、経口摂取による死亡事故や生命を脅かす職業性中毒が報告されており、かの帝銀堂毒殺殺人事件に用いられ、1~2分ほどの体内潜伏の後に集団的致死効果を発揮した毒物である。


 アセトンシアノヒドリンへの軽度の曝露による初期症状は、心悸亢進しんきこうしん、頭痛、 脱力、目眩、悪心、嘔吐おうとから、鼻・眼・咽頭いんとう・皮膚への刺激まで多岐に渡っているが、被害者Aの居室内には争った形跡や苦悶による室内の散乱等の形跡が一切なく、また毒物の混入されたグラスは現場に残されていた。Aは酩酊めいていした状態から服用し、そのまま死亡に至った可能性を認める。


〇Bの殺害方法

 Bについては首筋に縄や紐状の物で首を絞めた索条痕さくじょうこんと、抵抗を示す吉川線が認められることから絞殺による他殺と断定。


 尚、Bの右第一手指(人差し指)にメッシュ状の擦過傷さっかしょうを確認。後述のバンドソーの付属品であるメッシュの手袋を着用の上、絞殺した可能性あり。本来は切断事故防止用の手袋を、被害者の抵抗により受傷するのを警戒して、犯人が着用したと思われる。


 尚、Bの居室の入口の壁や床等には被害者がもがいた際に壁と床面に引っ掻き傷は認められたものの、加害者を示す痕跡等は認められず。


 B区画作業現場の隅にあった作業資材を覆う白色シートに用いる標識ロープ(トラロープ)の一部が紛失。凶器はこのトラロープを用いた模様。


 トラロープの切り口は真新しく、後述するデュアルソーの切り口と一致する為、犯人が凶器に用いる為に解体現場からロープの一部を予め切断し、持ち去った上で絞殺用のロープとして犯行を行ったものと考えられる。


死体の解体に用いた凶器


◇大型裁断機

加藤製鋼社製タイプ880。


 断裁機は紙束を一気に断裁する機械である。裁断機とも言われるが紙工や製本の業界では“断裁機”と呼ぶのが一般的。作業効率と安全レベル向上のために、コンピューター制御されている機種が主流で当該のタイプ880も多くは大型の製本や断裁等に用いる。


 オートカッターと呼ばれる部類は、帯状の紙を一定間隔で自動断裁(オートカット)していく機械である。


 オートカッターは、ラインの中に組み込むことで印刷からカットまでを一連して自動で行えるメリットがある。通常の紙束の切り分けのほか、製本を行った際に紙の縁を切りそろえる"化粧断裁"と呼ばれる工程に使われる。


「コンピュータ式」:その名の通りコンピュータが内蔵されている断裁機。


 断裁機で行う細かい設定作業の一部自動化や安全レベルの向上、プログラム登録による過去に行った設定の呼び出しなどが可能。


◇バンドソー

 正式名称・スザク製作所冷凍魚類切断機(オールステンレス)バンドソー。本来の用途は冷凍マグロや大型魚類の解体等に用いられるが、教団施設本部B区画に使う建材や作業資材の解体及び裁断に使用されていた。


・外形寸法…横幅1140×奥行1350×全高1970(mm)。


・本体右手下部にあるツマミで約30cm程度の高さ調節が可能


・トロッコ式テーブル寸法 …幅845×奥行1160(mm)。


・電源…3相200V 0.75~2.2kW


・最大切断高 500(mm)


・製品質量 700kg


◇デュアルソー・ダブルカッター

(型番名称SC-450)

 刃が二重に重なった電動ノコギリ。切れ味の精度向上の為に、持ち手に振動防護の為の特殊コーティングが為されている。また、ギザ刃は直径二mの大木を数分で切断することが可能。


 デュアルソーダブルカッター専用のセラミックやガラス等を切る為に作られたガラスカッターに換装可能。本体はそのままに替刃を付け替えるだけで、ガラスからセラミックまで切断可能。


●切断可能素材:ガラス、薄いタイル、ファインセラミックス、プレシキグラス等。替刃はSC450専用のものでなければ使用できない。


※※※

【セキュリティーカード及びテンキー入力による電子制御式ドア『電気錠』による入退室システム】について


 聖創学協会西荻窪本部施設A棟【以下、館内と表記】の教団幹部の部屋は、全てセキュリティーカードとテンキー入力によって開く電気錠によって入退室が管理されており、セキュリティーカードは教団幹部のみが携帯を許可されている。


 教団幹部は原則として、館内館外を問わず、18時以降に移動する際は、赤い帯のストラップを首から提げた状態で移動することが警備契約上での条件となっている。


 館内の各居室は扉右手の壁面にカードリーダーと黒いテンキー入力パネルがあり、カードリーダーとテンキーパネルは全て電子制御式である。


 聖創学協会防災センター【以下、警備室と表記】では、部屋の入室時間と開錠方法と時間が記録され、パソコンの画面上にて表示と記録がされており、これは閲覧と印刷が可能で異常を検知した際は自動的に印字される。但し警備契約上、無断で入室記録を第三者への閲覧や印刷、撮影その他の目的で利用することは、警備側の契約不履行とされている。


 カードは複製が為されないように10ケタの数字によって管理されており、マスターカードは教主の木村太輔氏の所持するものと警備室にしかなく、非常時以外は使用できないよう警備室の大金庫にて保管されている。


 テンキーは中央のパネルに手を触れることで入力画面が起動し、0~9までの数字と※と#キーが表示され、パネルをタッチすることで押せるようになる。開錠コードは4ケタの数字を入力することで、自動的に対応するドアが開錠される仕組みとなっている。


 カード及びテンキーはドアを解錠した際に開錠時間と開錠方法が警備室のメインサーバーに記録される。


 各居室の幹部は、自分が設定した暗証番号を忘れないようにすること、第三者に情報を#妄__みだ__#りに#漏洩__ろうえい__#しないことが警備契約上の条件となっており、コード変更や紛失、遺失や盗難の際は、変更届を速やかに教主と警備室の双方に届け出なければならない。


 電気錠は非常の際は、警備室にて遠隔操作にて開錠することが可能。尚、停電時は全てのドアが一時的に開放状態となり、警備室のパソコンのモニターに赤い文字で表示され、警報音が鳴る。また、各居室のドアが30秒間開放状態となった場合やテンキー入力を間違えた際、またはドアに何らかの衝撃やこじ開け等の行為があった際もパソコン上で表示され、警報音が鳴る。


 信者の部屋は通常のオートロックの部屋なのに対して、教団幹部には全部屋共通のカードキーが付与される。盗聴や盗撮等による被害を警戒して、幹部同士しか互いの部屋を行き来できないようにしてある 。


 尚、設定により館内全てのドアは当該居室の入居者の所持するカード以外での開錠をできないように制御することも可能。但し、警備契約者である木村太輔氏の許可や立ち会いなく警備室のパソコン上にて設定変更をすることは、重大な契約違反とみなされる。


 警備保安員は契約者の木村太輔氏の許可なく館内及び施設内へ立ち入ることを全面的に禁じられており、非常時以外は契約者と連絡しないよう厳正な通達がされており、これを破ることも契約不履行とみなされる。


 余談であるが、防災センターとは施設内である防火対象物の火災等の監視と消防設備等の制御を行う管理施設のことで、消防法及び消防法施行規則により一定の防火対象物に設置することが定められている。自衛消防組織の本部の拠点ともなる。地方公共団体や中央省庁で、災害により庁舎が大打撃を受け機能しなくなった場合の予備拠点、また災害対策本部として常設された施設に、この名が付いていることもある。


 また公衆施設に面した防災センターでは対象物件内での遺失物、拾得物等の管理及び警察への届け出を義務化している施設もある。

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