第12話 救援

(遅い)


 垂れ込めた黒雲に、落ち着かない気持ちにさせられる。


「陛下、何をされているのですか」

「……お前は自分の娘が心配じゃないのかっ」


 俺は苛立った声をつい上げてしまう。

 自分はどんなことにも心など動かない人間だと長年自負していたが、ミレイユが絡むこととなると感情的になってしまう。

 彼女の笑顔を見れば落ち着かなくなるし、ただ一緒にいるだけで自分だけのものにしたいという暗い執着が顔を出す。


「まだ午後三時です。普段の帰宅は夕方くらいです」

「護衛もつれていないんだぞ」

「これまでに一度も危ない目に遭ったことはございませんから。陛下は国務のことを優先してください」


 俺は公文書に目を通すが、やはり集中できない。

 こんな風に誰かのことを一心に考えるのは初めてのことだった。

 そこへ侍従が現れた。


「ミレイユに何かあったのかっ」

「陛下……」

「ミレイユ様が尋ねた孤児院の関係者が急ぎ、謁見を求めております」

「すぐに通せ!」


 現れたのは、孤児院の院長。

 ミレイユが子どもを探すために森へ入ったきり行方が知れないことを伝えてきた。

 森には狼など危険な生き物も生息しているらしい。


「グスタフ。すぐに動ける兵は」

「二百人ほどでございます」

「すぐに招集しろ。向かうぞ」

「陛下、まさかご自身で探しに行かれるのですか!?」

「当然だ。ミレイユは将来、俺の妻になるかもしれない女性だぞ。王が探しに行かないでどうするっ」

「落ち着いてください」


 ミレイユのことしか考えられない。

 グスタフの言葉を無視して歩き出す。

 こんなこと一国の王として相応しくない。グスタフの言うことはその通りだろう。

 だが生涯でたった一人愛した女性だ。

 彼女を救えぬのなら、王である意味がない。

 俺はグスタフに全権を預け、すぐに孤児院に向かって馬を飛ばした。

 他の騎士たちの準備など待ってはいられず、本当に数名の供回りだけを連れての出立だ。

 途中で雨が降り出した。雨脚はかなり強い。

 ミレイユは今ごろ、暗い森の中で震えているはずだ。

 彼女の元へかけつけ、その濡れた体を抱きしめ、温めてやりたい。

 何の心配も不安もないのだと、彼女の目を見て伝えてやりたい。

 俺があらゆる災いから守ってやる、と。

 頭の中では嫌な想像ばかりしてしまう。

 大切なものを奪われ続けた人生だった。

 だからこそ、守るためならばどんな犠牲も、どんな非道も厭わない。

 孤児院へ到着すると、まさか国王自ら来るとは思わなかったのか、孤児院の人間たちは這いつくばらんばかりに頭を下げた。

 俺はあらゆる面倒で意味のない儀礼はすっとばし、事情説明を求めた。

 ミレイユは、森まで薬草を採りに行った少年を探しに周りが止めるのも聞かず森へ入っていったという。

 ミレイユらしい。彼女なら絶対そうするだろうことは簡単に想像がつく。

 優しいからというよりも、彼女はそういう人なのだ。

 困っている人が自分の手の届く範囲にいると分かれば、人任せにすることなく手を差し伸べられる。

 孤児院に護衛を連れていかないのも子どもたちの心を慮ってのことだ。


「全員、すぐに森へ向かう。各自、ミレイユを見つけ次第、笛を吹けっ!」


 騎士たちの返事も聞かず、俺は一方的に命じると、外に飛び出す。


(無事でいてくれ、ミレイユ!)

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