(アー)ルグ(レイ)

 日曜の真昼間。

自分の家の近所だというのに物陰に隠れるようにして道を歩いている。


 俺の住む地域は都会を名乗るにはいささか人が少ないところなので、幸い今のところ誰にも出くわしていない。

とはいえ電車で一駅進めば完全な都市に踏み入ることになる。

この完全に不審者なスタンスで探索できる範囲は、そう広くない。

だから・・・・・・。


「ほんとに大丈夫なんだよな・・・・・・?」

「魔法が使えたら・・・・・・なんですが・・・・・・先輩からはこの星の魔力はとっても少ないって・・・・・・」

「つまり? できるの? できないの?」

「やってみなくちゃ分からない・・・・・・ってやつですね」


 挑戦精神が旺盛なことは大変結構だが、それに見合った自信が無いようでため息が出そうになる。

というか今更過ぎるけれど、むき身のアールグレイを片手に外出する前に適当に袋かなんか買っておけばよかった。

それこそ竹刀をしまっておくような、そういうものがどっかで売っているのではなかろうか。

剣道とは無縁の人生を歩んできたので分からないが。

そういえば俺の行ってる高校は二年に上がると剣道の授業があるとか無いとか・・・・・・一年がやらされることになる柔道よりかはちょっと、こう・・・・・・楽しみではある。

剣とかの方がやっぱりかっこいいじゃん。

まぁ今はそのかっちょいい剣に困らされているのだが。


「そもそもな・・・・・・こんなテキトーに町内うろつくだけでお前の先輩とか魔獣に遭遇するってのは・・・・・・ありえんだろ・・・・・・。どんな確立だよ・・・・・・」

「先輩はまだこっちに着くころじゃないですよ! 見つかるとしたら聖剣使いの・・・・・・確か、ダージリン・・・・・・さん? 実は面識ないんですよね、わたし」

「おいおい・・・・・・」


 先が思いやられる。

というか今すぐ帰りたい。

ほんとうに、今やってることの意味が途端に希薄に感じられる。


「でもでも! 魔獣にはきっと出くわしますよ! その可能性は高い・・・・・・というか、向こうがわたしたちを狙って寄ってきますよ、きっと」

「どうだか・・・・・・。ってか何? お前ら狙われてんの?」

「別にわたしたちが何かをしでかして狙われてるってわけじゃないですから・・・・・・そんな非難するみたいな目で見ないでください!」

「無理。非難してるから」

「だぁかぁらぁ・・・・・・! 別に魔獣の注意を引いてしまっている可能性が高いことはわたしたちのせいじゃないですよ! ただ、今のわたしたちは・・・・・・魔獣にとってのごちそうってだけです」


 なんでだよ。

俺たちのどこがそんなに美味そうに見えるんだか・・・・・・。

アールグレイの口ぶりから察するに、どうも今の俺たちが特別魔獣にとってうまそうに見えるようだし・・・・・・結局遠因としてはアールグレイのせいで狙われているというのが俺の読みだ。

おそらくそれは当たっている。


「てかさ、アールグレイって・・・・・・名前長くね?」

「・・・・・・え、今・・・・・・ですか? それ?」

「あ、いや済まん・・・・・・。道中話すことないなって思って」


 いささか唐突だったのは確かにそう。

しかし以前から・・・・・・具体的に言えばトイレ騒動のあたりから思っていたことではあった。


「別に・・・・・・そんな長いってこともないと思いますけど・・・・・・」

「日本人的感性からしたらなげーの。俺らの文化圏では・・・・・・大概二文字か三文字くらいだろ?」


 長くても五文字くらいで、その場合はどっかで小文字が混ざってるだろう。

つまり音的には四音までが自然な感じはあるだろう。


「いやまぁ外国人って思ったら全然長いなんて程でもないけど・・・・・・どうせならこう、楽に呼びたいなって・・・・・・」

「はぁ・・・・・・。まぁ好きに呼んでいただいて構いませんけど・・・・・・」


 町民に見つかってはならないなんちゃってスニークミッションを繰り広げながらの緊張感のない会話。

結局魔法を使うだのなんだのの話はどうなったのか。

魔法使うって言うからパトロールに同意してやったのに。


「それで・・・・・・どう呼ぶんですか? わたしのこと」

「ん? ああ・・・・・・そうだな・・・・・・」


 自分で言いだしておいて何も考えていなかった。

ブロック塀の影から街路樹の影へと忍者気分で移りながら考える。


「ルグ、なんてどうだ?」

「は?」


 食い気味の「は?」が来た。

分かりやすくキレている。


「いいじゃん、シンプルで。なぁ? ルグ?」

「あの・・・・・・嫌がってるの分かってて言ってますよね?」

「お前だって俺が嫌がってるの分かって連れてきただろ」

「それは必要なことだからですよ!」


 アールグレイ・・・・・・いや、ルグの言っていることはもっともなのだが、いかんせん俺がこの呼び方を気に入ってしまった。

その・・・・・・一矢報いた感がある。

こんなことでだが。


「ふふ・・・・・・いいぞ! ちょっと機嫌よくなった。お前の言うパトロール、気のすむまで付き合ってやるよ!」


 その間・・・・・・いや、これからずっと「ルグ」呼びするけどな!

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