未知との遭遇

 あれから体感時間数分・・・・・・実際はたぶん何秒も経っていないだろう。


姉ちゃんは慌てて実家の方と、管理会社の方に連絡を入れた。


姉ちゃん自身困惑しているし、話す内容も内容なもんだからはたから聞いている分にも拗れている感じがひしひしと伝わった。


電話越しに『落ち着け』という言葉が何度も繰り返されているのが聞こえる。




「はぁ・・・・・・まったく、何がどうなって・・・・・・」




 人生何があるか分からないとは言うが、正味こんなことが起きるのを想定して生きている人間はいないだろう。


もう何が何だかさっぱりで、今も布団の上に座ったまま墜落してきた剣を眺めている。




 一応剣の形を成してはいるが、よく見るとそれはいくつかの金属片がむりくり融合させられたような見た目で細かな継ぎ目のようなものがひび割れのように走っている。


とてもじゃないがものを切るのには使えなさそうだ。


もしかしたら誰かが収蔵してる模造品とか・・・・・・それか何らかのおもちゃなのかもしれない。




 姉ちゃんの電話はまだ終わらない。


こうして少し時間が空くと流石に剣が突き刺さったままなのが気になってくる。


少し躊躇はするが、大きな問題にはならないだろうとそれに手を伸ばし・・・・・・。


その柄に、触れた。




「んぇあ?」




 瞬間、発せられる緊張感のない声。


どうやら女性の声のようだが、姉ちゃんの声質とはだいぶ違う。


姉ちゃんのちょっと気だるげな低めの落ち着いた声と異なり、明瞭で抑揚があり、どことなく幼さを感じ取れる。


そんな、声。




 もちろん知った声ではない。


そもそもここには俺と姉ちゃん以外の人間はここに居ない。


他にあるのは無残にも穴をあけられた俺の布団と、そして俺の指先の触れる冷たい金属の塊・・・・・・この剣くらいのものだ。




「気のせい、だよな・・・・・・」




 自分の耳と記憶を疑うには先ほどの声は明瞭に俺の脳に焼き付いてしまっている。


しかし、この異常事態に地縛霊さんにも出張・・・・・・いや、地縛霊なら出張でなく元からここに居たことになるわけで・・・・・・じゃああれだ、浮遊霊としよう・・・・・・そいつがここに出向いてきたとしたら完全にキャパオーバーだ。


だから自分の心に嘘を吐く。


俺は俺自身を否定することで過去の自分を捨て新たな魂のステージにうんぬんかんぬん・・・・・・。


あの声は「気のせい」だ。




「なんですか、ここ? あれ? 先輩? わたしぃ・・・・・・」


「・・・・・・」




 さらなる音声の投下に言葉を失う。


今回はあまりにもはっきり話すものだから、ほれみろ姉ちゃんまで電話の途中なのにこっち見てら。




「えっと・・・・・・ミドリ、なんか言った?」


「・・・・・・・・・・・・言った、かもしれない・・・・・・」




 言ってない。




「えっと、ミドリの声と違ったような・・・・・・」


「ウラゴエカモ・・・・・・」


「えっと・・・・・・?」




 流石に苦しいのは承知している。


そもそも最初の質問の時点で姉ちゃんが俺のはなった声でないと理解しているのは明らかだった。


じゃあいったいこの問答は何なんだということになるのだが、姉弟ということもあって逃避の方向性が似ているのだろう。




 さて、こうして異常事態パート2の出現が疑いようの無いものとなってしまったわけだが、そうなれば次なる問題は「この声の出どころはどこなのか?」ということになる。


それを確かめるにはもう一言地縛霊だか浮遊霊だかに喋ってもらわないとなのだが・・・・・・。




「あのぅ、とりあえず一旦手放してくんないですかね。わたしに気安く触っていいの先輩だけなんで」




 ありがたいことにもう一度喋ってくれた。


そしてその声は・・・・・・。




「え・・・・・・これ・・・・・・?」




 先ほどからずっと指を添えていたままだった剣の柄、それを今度は指ではじく。


布団の上でバタンと倒れて・・・・・・。




「痛てっ・・・・・・! ちょっと何するんですか! 聖剣が傷ついたらどうして・・・・・・ん? 聖剣??? あれ、わたし・・・・・・んんん?」




 何やらわめきだした剣に、姉ちゃんが繋がったままの電話を放り出してこちらに駆け寄ってくる。


俺はこれ以上の混乱はとてもじゃないが受けきれないので必死に剣を握って黙らせようとしていた。




「ちょっと! いったん! いったん待ってください!! 触んなって言ってんでしょーが」




※※※




「そこ、二人とも正座してください。せーざ」


「「・・・・・・は、はい・・・・・・」」




 なんだか分からないままに主導権を握られて並んで正座させられる俺たち。


喋りだした剣はまるでそれが定位置であるかのように布団の穴に突き刺さった。


自力で。


金属の塊とは到底思えない柔軟性を発揮してぴょんぴょん跳ねて移動したのだ。


無残にも布団に残された足跡からは内側の化学繊維のようなものがほつれてあふれている。




「ふむ、言葉は通じるみたいですね。まぁ顔を見た感じ・・・・・・いかにも未開の地の種族って感じですね。こんな狭い部屋で暮らしてるようなら文明レベルも大したことないでしょう・・・・・・」


「おい、聞こえてんぞ」


「天井もないような部屋で生活してる野蛮人が何言ってるんですか?」


「それお前が開けた穴な」




 姉ちゃんどうしよう、こいつ性格悪い。


助けを求めて視線を送るが、姉ちゃんは肩をすくめて首を横に振るだけだった。




「あの・・・・・・剣さん? 質問してもよろしいでしょうか?」


「ダメです」


「なんだこいつ」




 下手に出て恭しく挙手までしてやったのに対する剣さんは要望を一刀両断する。


剣だけに。




 剣はしばらく刀身をくねらせて、何事か思案する。


そして結論に至ったのか、ピンと伸びてこちらに声を投げかけた。




「ひとまず・・・・・・ここ、どこですか?」


「教えないと言ったら・・・・・・!?」


「殺します」


「あう・・・・・・」




 今度は強気に出てみたが、本当の意味で一刀両断されそうになってしまった。


向こうの方がよほど野蛮人だ・・・・・・いや、野蛮刃?


明らかに俺たちのことを下に見ている。




「その・・・・・・どこっていうのは、どのくらいの範囲で・・・・・・お答えすれば・・・・・・?」




 このままじゃおれが切り伏せられるまで食い下がるとでも思ったのか姉ちゃんが俺を制してやたら低姿勢で申し訳なさそうな感じを醸し出して尋ねる。


それに対して剣は・・・・・・。




「うむうむ、苦しゅうない。というかあんまりそんな感じで来られると逆にこっちが苦しい。なんか虐めてるみたいで」




 いじめって場合によっちゃ本当に無自覚なんだなぁ・・・・・・というのを身をもって味わった。




「で、それなんですけど・・・・・・わたしもあんまり詳しく聞かせてもらってなくてですね・・・・・・。とりあえず、ここ何星ですか・・・・・・?」


「「星・・・・・・!?」」




 予想外の返答に二人して面食らう。


宇宙人って剣だったんだ・・・・・・あ、いや宇宙刃・・・・・・流石に天丼が過ぎるな。




「えーと、その・・・・・・地球、ですけど・・・・・・」




 衝撃は抜けきらないけれど、とりあえず一旦はといった感じで姉ちゃんが答える。


それに剣は「ふんふん」と頷いていた。




「・・・・・・なるほど、じゃあ目的地は大体あってるっぽいですね・・・・・・。そうなるとやっぱりおかしいのは・・・・・・わたしのこの状態ですね・・・・・・」




 何事かを一人でぶつくさ言う剣。


しかし流石に少し察し始める。


どうやら向こうも何やら不測の事態に陥っているらしい。


そうやして数秒間の思考を終えると・・・・・・。




「まぁ、とにかく・・・・・・ありがとうございます。少しは状況が分かりました。それと・・・・・・その、さっきまでの態度については謝ります・・・・・・。とりあえずよく分かんない状況に陥った時は高圧的にしておけって教科書に書いてありましたから・・・・・・」




 ずいぶん変わった教科書だ。


しかし、実際どっからどう見ても武器な生命体に「切り殺して食ってやる」と脅されたらそりゃ効くだろう。


その教科書というのも致命的な何かが欠けているような気はするが間違ったことは言っていないのだろう。




「はぁ・・・・・・」




 なんだかどっと疲れてしまって、ため息がこぼれる。


まだ何も解決してないのにこの有り様だ。


ただ、あの剣にも礼の言葉くらいは言えることが分かったし、なんとかなりそうだ。




「あ、そだ・・・・・・ここって魔力通信機ありますか・・・・・・?」


「・・・・・・? 魔力・・・・・・? え、何それ・・・・・・」


「・・・・・・やっぱり文明レベルが・・・・・・」




 なんとかなるか、これ・・・・・・?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る