第145話

ホーク=エーツさん秘蔵の、諸々の酔いに効く回復薬のお陰で復活出来ました。味はとっても漢方薬だったけれども。


「この酔い覚ましは【不眩剤くらむちゃうでー】と言って通常の物よりちょっと強力なやつなんだけど、俺の場合はカーン兄貴に持ってきてもらうか、チーウに素材を依頼するか…で何とでもなるから気にしなくていいよ。あの二人に頼まなくても仕事柄簡単に手に入るし」



よく効いたけど名前がギャグくさいなぁ。そして二枚貝入り煮込み料理クラムチャウダーに名前が何だか似ている。もしや【不眩剤くらむちゃうでー】、シジミ入りか!?


そして文官職は移動酔いで飲むのには制約がないけれど、飲みすぎた後に使うと始末書モノだそうな。



気分転換も兼ねて御者台に座らせてもらった。中央に御者ゴーレム。ゴーレムを挟んで進行方向の左側にリンド=バーグさん、右側に俺が座った。風を感じながら進むので少し落ち着いたよ。時々ポニーのヨダレなのか鼻水なのか分からない飛沫が飛んでくるけどね。




昼は甘塩サモンの切り身と野菜を刻んで煮込んだ汁に小麦粉で作ったスイトンを入れた汁物でサラッと済ませる。いくら回復薬があるとは言え馬車に慣れるまでは無理できないし。


御者台はホーク=エーツさんの番。パイク=ラックさんに気になっている質問をぶつけることにした。



「いろいろ聞きたいことがあるんです。あんなに魚籠ビクを納品して平気なんですか? 『ビレッジアップ』の職人さんの仕事を奪うとか職場荒らしにとかなりません?」


「【魔多々媚またたび】の魚籠ビクは季節商品でのぅ。今は閑散期なんじゃが二の月の二の週の二の日、猫の人が『にゃにゃにゃの日』と呼んでいる日じゃな、雄の猫の人が雌の想い人に【魔多々媚またたび】の魚籠ビクに鯉を入れて贈る、『鯉の予感』と言う風習があるのじゃよ」


あ…、猫獣人版バレンタインっぽいイベントだ。まさか三毛皇みけおうさんの差し金か!?


「それは売れますね」


「兎に角売れるのじゃ。ウハウハなのじゃ」


「想いを受け取った猫の人は『ミャーミャーミャーの日』こと三の月の三の週の三の日に送り主から来た魚籠ビクに『勿忘草』の花束を入れて返すとカップル成立なのじゃよ」


「ゴメンナサイの場合はどうなるんです?」


「入っていた鯉を干物にし、魚籠ビクに詰めて送り返すんじゃよ」


「もしかして、三毛皇みけおう様の発案イベントですか?」


「その通りじゃよ。【魔多々媚またたび】の魚籠ビクについ手を入れてしまう猫の人の習性を上手く利用したイベントじゃな」



流石は転生者、バレンタインデーとホワイトデーをセットで取り入れているし。まさか年末あたりの時期に枕元に【魔多々媚またたび】製の魚籠ビクを置いて寝たら朝起きた時にプレゼントが入っているイベントとか無いだろうな。


そしてそのイベントで贈り物として使われる鯉は『ネオ=ラグーン領』山奥の『マウンテンオールドアンビション』村で養殖されているという。



「ちゃんと鯉もセット売りしてるんですね」


「中には天然物を渡してこそ男、などと語る若者も居るようじゃが、養殖物の方がサイズも選べるから人気なのじゃよ」


「義理…いや、ご挨拶的に渡したりはしないんですか?」


「最近は意中のひと以外には【魔多々媚またたび】の魚籠ビクの中に魚のパイを入れて贈る者もおるようじゃ」


出たな、義理チョコ的な何か。


「その場合のお返しはどうするんですか?」


「【茄子花芋】を入れてお返しじゃな。 “ 今度、一緒にフィッシュアンドチップスを食べましょうね ” という意味らしいのぅ…」


「面白いですね」


猫獣人寄りのバレンタイン、面白風習になってるんだけど。ドワーフなら酒を贈りあうのか…? 嫌いな相手からの酒でも飲むんだろうからイベントとして成立しないか。それじゃただのお中元・お歳暮だ。



「その話に繋がるんだが、『マウンテンオールドアンビション』村は養鯉業が盛んだぞ。その近くの『リトルサウザンドバリー』の街は織物産業が盛んだ。そこには蟲人むしんちゅ種が多く住んでいて俺達ドワーフといい感じに共存している」


おっ、蟲人むしんちゅ情報だ。機織りドワーフに糸を卸してくれる友好種族なんだよね。ヒト族には不気味って避けられてるみたいだけど。でも蟲人むしんちゅの生産した布地は高級品としてヒト族間で高値で取り引きされてるんだから現金だ。



「ドワーフ間では猫の人の贈り物イベントみたいな事はやらないんですか?」


「盛夏と厳冬期に酒の贈り合いをするくらいだな」


やっぱりお中元・お歳暮枠はあるんだな。



「来年からは【あか茄子】ジュースも付属するかもしれんがのぅ…」


「 “ 血で血を洗う ” 遣り取りになるのか…」

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