第16話 北の国への逃亡者

「はぁ、はぁ…」


 馬車は寒い北の平地を走っていた。


 冷たい風が馬車の中に入り、下着に近い薄い黒い服を着たリアは白い息を吐き寒さで体を震わせていた。首輪の鎖が馬車の床とつながれており、リアの体の震えに合わせて鎖の揺れる音が聞こえた。


「ふぅ、あと半日もすれば屋敷につくか? ほら、寒かったら僕の所へおいで」


 厚いコートを広げリアに自分に抱き着けと手を広げる。


 あまり言葉が分かっていないリアだがグリーンの意図を知り怒りと侮蔑の目を向けた。


 自分に抱き着いてこないリアを見てグリーンは舌うちする。


「ふん、まぁいい。屋敷の地下には昔使われていた拷問部屋があるから、そこでしっかりと調教してやろう」


 リアを自分好みに調教する計画をたてるグリーン。


 北の国にある屋敷を目指し馬車は進む。


 金はかかったが馬を何度も交換しリレーを続けたことでだいぶ早く進むことができた。


 贅沢な暮らしをしてきたグリーンにとっては窮屈な進行であったが今のグリーンは国を裏切った逆賊のため我儘を言っている場合ではなかった。


 島で手に入れた資源はまだ残っており、加えて自国の重要情報を亡命先の国に提供すれば破格の待遇を得れるため逃走に使った費用など問題ない。


 安心しきっているグリーンだが馬車の背後から迫る物があった。


「ぐ、グリ―ンさま!!」


 馬車を操る御者の一人が悲鳴を上げた。


 馬車の背後から迫る黒い雲があり、馬車を追ってくる。


 羽蟻の軍勢が羽を弱弱しく動かしながら馬車に向かって突撃していく。


「ひ、ひぃぃぃ!!」


「うぁぁぁぁ!!」


 二人の御者が悲鳴を上げ、今にも馬車を捨てて逃げそうだった。


「落ち着け!! 殺虫粉を撒けば奴らは死ぬ!! さっさとばらまけ!!」


 グリーンの言葉を受け二人の御者は殺虫粉を馬車や馬に振りまく。


 だが、蟻達は既に殺虫粉への耐性がついており羽蟻達は馬車へ取りついた。


「だ、ダメです!! こいつら、死んでないです!!」


「ま、まさか、これ偽物なのか?」


 偽物の殺虫粉を撒いてしまったと勘違いし御者たちは震えた。


 馬車の外側に張り付いている羽蟻を見てリアの目に生気が戻る。


「地の神様…」


 生まれ故郷にてずっと祭ってきた神である蟻達が自分を追ってきてくれた。


 嬉しさに笑顔になり、グリーンは焦っていた。


「クソォ!! そんなはずはねぇ!! 俺のところに偽物が混じってるなんてありえねぇよ!!」


 本物の殺虫粉だけ手元に置き偽物は貴族や平民には高値で売ったはずだった。


 手持ちの殺虫粉を確認するが見た目が塩と似ており本物と偽物を区別するには舐めたり嗅ぐなどしなければならないが、そんな事をしている暇はない。


 馬車の周囲を羽蟻達が囲って馬がおびえて止まってしまった。


 御者が急いで鞭を力強く振るい馬を走らせようとしたが、御者たちは羽蟻に噛まれて鞭を落とした。


「い、いでぇぇえ!!」


 顔や手にまとわりつき羽蟻の鋭い牙が皮膚にかみつく。


「いでぇ!! このぉ!! 離れろぉ!!」


 御者たちは体を必死に動かし羽蟻達は簡単に離れていく。力なく地面に落ちた羽蟻は御者に攻撃しようと動くが寒さで動きが鈍い。


 動きが鈍い羽蟻達を見てグリーンは何かに気づいた後に笑った。


「あっはは!! そうだった!! 昆虫どもは寒い所じゃ生きてられないんだったなぁ!! 」


 グリーンは高笑いし馬車から降りた。


 これまで暖かい島で育った蟻達にとって北国の寒さは地獄だった。


 体に力が入らず、御者にかみつも皮膚を食い破れない。


 羽蟻達は地面に落ちていき、グリーンは力強く羽蟻達を踏みつけていく。


「この汚い蟻が!! けど、レッドとブルーを殺してくれた事だけは感謝だな!! あの、馬鹿どもが死んでくれたおかげで僕だけが何もかもを手に入れることができた!!」


 踏みつぶされた羽蟻達の黒い血が地面にしみ込む。強酸でもある血はグリーンのブーツの裏側を僅かに溶かすだけでグリーンに対して何もダメージがない。


「あっははは!! つぶれろ!! つぶれろぉ!!」


 まるで水たまりの上をはしゃいで遊ぶ子供のようにグリーンは羽蟻達を潰していきブーツの裏が黒く染まっていく。


「あ、あぁぁ…」


 自分を助けるために来てくれた蟻達の無惨な姿を見てリアは涙を流した。


 馬車の扉は開かれており、リアは飛び出そうとしたが首輪に繋がっている鎖のせいで逃げられない。


 開いた扉に向け手を伸ばし羽蟻達を救おうともがくが、鎖の音が鳴り響くだけだった。


「だめ、殺さないでぇ!!」


 リアが叫ぶ中、開いた扉から数匹の羽蟻が入り小さく羽を動かしながらリアに触れる。


(リア…)


「っ!! ユート!?」


 羽蟻に触れたリアの頭の中にユートの声が響いた。


 島で男達に殺されたはずのユートの声が聞こえ始めは幻聴だと思ったが、数匹の羽蟻達に触れてユートの声がはっきり聞こえてきた。


(リア、ごめん。見つけるのが遅くなった…)


「本当に……ユートなの?」


 結婚を約束した彼の声を再び聴けてリアの目に生気が蘇る。


 黒蟻達はリアの首輪と鎖にまとわりつき、強酸を流すが鉄の鎖は中々溶けない。


 寒い風に晒されながらも蟻達は鎖の破壊を続けリアも首輪に手をかけ外そうと力をこめる。


「お前、何をしている!!」


「きゃぁ!!」


 グリーンがリアを押し倒し馬車に入り込んだ羽蟻を見て御者達に叫んだ。


「おい!! 馬車の中に蟻が入り込んでるぞ!! さっさと掃除しろ!!」


 外にいた羽蟻は寒さで動けなくなり御者達の攻撃を受けて地面に潰れていた。


「蟻どもが助けに来てくれたと思ったか? 所詮、虫けらは人間様に歯向かうなんて無駄なんだよぉ!!」


「いやぁ、放して!!」


 馬車の中にいた蟻達を排除し終えて馬車が走り出す。


「くそがぁ、おとなしくしろぉ!!」


 グリーンは馬車の中でリアの上にまたがる。


 リアは抵抗するも男の腕力には敵わず、両手を片手で抑えられた。


「へっへへ…いつ見ても、お前の体は綺麗だな? クロ~」


 リアの薄着がはだけて綺麗な肌が露出する。


 リアの裸体を見てグリーンの劣情が高まる。


「はっ、はぁ、はぁ!!」


「いや、いやぁぁぁ!! 助けて、ユート!!」


 馬車の中でリアは悲痛の叫びを上げた。


 リアの言っている言葉など知らずグリーンは口角を上げ邪悪な表情を浮かべてリアの豊満な胸に手を伸ばした。


(リア……)


 リアの悲痛な叫びをグリーンのブーツの裏にぐちゃぐちゃの状態で引っ付いていた羽蟻達が聞いておりリアを助けられなかった無知な自分を強く責めた。


(ごめん、ごめん…必ず…必ず君を助ける)


 馬車が過ぎ去った跡地で羽蟻達が最後の力を振り絞り地面を掘る。


 最悪の男に愛しい者を奪われた怒りを糧に蟻達は動き出す。



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