魔法少女は私だけ

うみしとり

君は悪い人じゃない

 魔法少女の寮室は広めに作られている。一人分の持ち物だけではスペースが余り過ぎるのでいつだって部屋の端の方には空っぽの影が満ちているのだ。なぜ広めに作られているかというと、担当官ハンドラーとの生活スペースが考慮されているからだ。非日常的な戦いを繰り広げる魔法少女、そのマネジメントと精神的なサポートを目的として設置されている担当官という役職は、ほどんど同居と言っても過言では無い時間を魔法少女と過ごす。

 近年の担当官は魔法少女にとって「大切な存在」になることを求められている。多感な時期に、仕事仲間以上の存在になるように仕立て挙げられている。どうもその方が魔法少女の戦績が良くなる傾向にあるらしい。


 クソみたいな、大人こっちの理由だ。

 

 夜の事だ。窓を開け放って俺は月を眺めていて、きわのカーテンが静かに揺れている。月光の青白い光が部屋に満ちていて、それから隣では少女がシーツにくるまっている。胃の中がどうにも苦くなっているのを誤魔化すように、その辺りにほっぽりだしたカーキ色のコートからカートンとライターを取り出して、煙草を口に加えて火をつける。


「……ここ、禁煙って前もいったよね」


 少女が抗議の声を上げる。


「嫌いか?」

「べつに……きらいじゃないけど」

 

 少女がゆっくりと起き上がって布の擦れる音がする


「わたしにも、一本ちょうだい?」

「まだ早いだろ」

「……明日死んじゃうかもしれないのに?」 


 少女が俺の首に絡まって、いたずらっぽく笑う。

 俺はふう、と長い紫煙を吐き出して彼女を小突く。


「冗談でも言うんじゃねぇ」

「事実だよ……でも頑張る。まだ死にたくないし」

「お前みたいなガキが死んだら、寝覚めが悪い」

「そっちの心配もしたほうがいいんじゃない? 最近増えてるでしょ……担当官の殉職」


じゅんしょく、と彼女は噛み含めるようにその言葉を口にする。


「それだけ危険だってことだ……わかってるなら早く寝ろ」

「もーちょっとだけ」


 首元から離れた少女がどさり、とベットに倒れ込む。

 長い髪がふわり、と白いシーツに広がる。


「誰かと話すのも、最後かもしれないから」

「……そうならないために、俺がいる」

「ほんと? じゃあ守ってくれる?」

「むしろ守られる側だけどな」

「言えてる」


 少女は両親に抱きかかえられる赤ん坊の様にこちらに手を伸ばす。


「じゃあ今だけ、抱きしめてほしかったり」


 俺は煙草を灰皿に押し付けると少女に向きなおった。

 じゅう、と消えた日から一本の細い煙が上がる。


「お前が魔法少女辞めるまでな」


死ぬんじゃねぇぞ、と付け加える。


「そっかぁ……」


 少女は頬を緩めて俺をぎゅう、と抱き締めた。


「わたしの事、愛してる?」


 俺は答える。


「ああ」


 吸いかけた煙草の方をちらりとみやって向きなおり、俺は少女の額を人差し指でなぞった。彼女の柔らかい前髪が数本、頬に触れていた。指につたうほのかな温もりとこちらをじっと眺めるその瞳の色だけが、しばらく頭から離れなかった。


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 街が崩壊している。無線からは多くの魔法少女が戦闘継続不能になったとの連絡があった……つまり死んだって事だ。きっと多くの担当官も瓦礫の下に居ることだろう。空は忌々しいほど青く、その下の街は灰色だった。睨みつけた視線の先に、巨大な浸蝕者の姿がある。光を吸収するその黒い巨体と、不自然なほどに細くて鋭い脚。人間のような矮小の存在を顧みる事なんて無いように、悠々と街中を闊歩しては時折光線を放って全てを焼き払っていく。

 親玉を支援するように、小さな浸蝕者がそこらから湧き出てはまだ生きている人間を見つけて殺していく。正確には喰っているのだ。街に満ちていた悲鳴も、絶叫も、だんだんと小さくなっていく。それは人類がまた一つ、街を失おうとしていることを意味していた。


 ドンドン。黒い巨体に煙が上がり、その巨体がすこしよろめいた。魔法少女の砲撃だ。一発、また一発と浸蝕者に砲を打ち込んでいき、やがてその巨体は煙に覆われる……

 無線からノイズ混じりの音がする。

 「砲撃支援する。今のうちに——」

 煙からするりと現れた浸蝕者から光が瞬いたかと思うと、一本の熱線が放たれる。無線から聞こえていた声はピアノ線のようにぷっつりと途切れてしまった。


 「担当官」


 俺の真横に魔法少女が降り立つ。彼女は近接用に切り替えた武装を片手に油断なく周囲を警戒している。


「長くないね、私たちも」

「……そうだな」


 ビルの陰から現れた蜘蛛型の浸蝕者に彼女は切りかかる。パン、と音を立てて黒い筐体が弾けた。


 俺はポケットから煙草を一本取り出して差し出す。


「……やるか?」


 彼女は首を横に振る。


「いらない。やるべきことがある。」

非侵襲型あいつのシールド……アレの防御は固い。並の攻撃じゃ通らない」

「わかってる。だから武装この子を限界まで使う。試した事無いけど、もしかしたら届くかも」

「……戻れないぞ」

「わかってる」


 彼女は俺に振り返って告げる。


「それで、いいかな」

「……任せる」


 唇を噛み、視線を逸らしてそう言った俺に、彼女はゆっくり頷いた。


「じゃあ、任される」


 武装が紅く光り始める。そのシャーシが熱で膨張する。

 その小さな身体がふとよろめいて、唇を噛んで踏みとどまった。


「昔ね、ヒーローに憧れてたこともあったんだ……でも気づいたよ、そんなのクソったれだ」


 真っ赤な光に包まれて、彼女は山のように巨大な浸蝕者を睨みつけながら呟く。


「みんな倒せないような敵を倒すには、命でも賭けないとやってられない」


 どんどんと周囲の熱が高まっていく。俺の頬を熱風が撫でる


「わたしの成したことを、私は見れないんだ……」


 彼女は俺に振り返った。

 熱で髪が真っ赤に焼けていた。苦悶の表情を押し殺して、笑顔を俺に向ける。

 彼女の身体を、黒い浸食が張っていく。


「最期だから聞くんだけどさ、担当官……私、何人目?」

「……四人目だ」

「そっかぁ」


 武装の唸りに負けないように、彼女は声を張り上げる。


「忘れないでなんて言わないけどさ、ちょっとは覚えててよ。そしたらさ、私の人生にも意味があったって思えるから」

「忘れない」


 彼女は俺の目をじっと見つめる。それからふう、と長いため息をついて。


「君は悪い人じゃないと思うんだ。だから、そんなに気を落とさないでよ」

「…………………………」


 武装のチャージが完了する。一回限り、その威力を巨大な敵に向けようとする一瞬、さっきまでの喧騒が嘘の様に辺りは静まり返る。


 彼女は何かを言いかけて、やめて。

 それから俺の方を見て、頬を緩める。


「ありがとう。


 俺が手を伸ばした時、そこにもう姿はなくて。彼女は目にも止まらぬ速さで浸蝕者に向かっていく。新しい脅威に浸蝕者が熱線を複数回放つが、それが彼女を捉えることはない。

 ゆらり、とその巨体が身を翻した瞬間。

 猛烈な閃光が辺りを覆う。その一瞬後に爆発音が響き渡る。

 あれほど大きかった浸蝕者が、力なく倒れていく。その巨体が沈んで地面を揺らす。

 そして、全てが静かになって。

 俺はゆっくりと煙草を地面に置く。熱されたコンクリートの上でその紫煙がゆらり、と小さくたなびいた。


 俺は生き残ったことを知った。彼女のおかげで。


 「クソ……」


 力を込めて煙草を踏み潰した。





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