やまぬ雨、内鳴る足跡

日々人

やまぬ雨、内鳴る足跡

事件は起きる前に未然に防ぐことが肝心だ。

私は犯罪抑制のために開発されたシステムであり、社会の安全を守る役割を担っている。

人は私を「審判の扉」と呼ぶ。

搭載されたセンサーを駆使し、対象者の反応を詳細に分析する。

人が隠しきれない心象を覗くことに長けている。

私に与えられた任務は、国民が犯罪を犯さないよう監視し、必要に応じて審判を下すことだ。

これまで扉には数え切れないほどの人々が立ち、私の質問に答えてきた。

国民を脅かす凶悪犯罪や予期せぬ事件の兆候を見抜き、未然に防いできた自負がある。




 ー ー ー ー ー




ある日、少女が私の前に現れた。

疲れ果てた表情と重い足取りで、彼女は私の前に立った。

携帯端末に届いた通知が、彼女をここへ導いたのだ。

彼女は立ち止まり、静かに私の指示を待つ。

呼吸に乱れは見受けられず、心拍数も許容範囲以内である。

私は慎重に彼女に問いかける。


「昨夜、外出しましたか?」

少女は一瞬ためらいながらも、扉を通過する。扉の上に「YES」と表示された。

扉は人物が通り抜けるたびに、センサーで判断している。



「外出先では、人混みの中にいましたか?」

扉に「NO」と表示される。彼女は少し肩をすくめながら次の扉へと進んだ。

私のことを、荷物検査、嘘発見器のようなものだと認識している者がいるが、概要説明としては外れではない。


「外出先で特定の誰かと一緒にいましたか?」

質問に対する彼女の反応はおとなしい。扉の上に「NO」と表示された。

彼女は目を伏せたまま、扉を通り抜けた。


「その場所で何か特別なことをしましたか?」

「NO」扉を通り抜けるたびに判定。彼女は静かに次の質問へと進んだ。


「帰宅は夜遅くでしたか?」

この質問に対して、扉の上には「YES」と表示された。

彼女の背中にわずかに疲労の色が滲んできた。


「最近、何か悩み事がありますか?」

少女の目に一瞬曇りが見えた。

扉を通過すると、そこには「YES」と表示され、彼女は深いため息をついた。


「その悩み事は、あなたの日常生活に影響を与えていますか?」

「YES」と文字が浮かび上がる。彼女の目が暗く沈んできた。


「その問題について、誰かに話したことはありますか?」

彼女の沈黙は続く。扉の上には「NO」と表示された。

彼女はその後も何も言わず、ただ次の扉へと進んでいった。


「その問題で、眠れないことが続いていますか?」

扉の上に「YES」と表示された。彼女の目にははっきりと涙が浮かんでいた。


「その問題で、自分を傷つけることを考えたことはありますか?」

彼女のためらいを経て、扉を通過した。「YES」と表示された。

彼女の足取りは重く、心の中の葛藤を物語っている。


「その考えが今も続いていますか?」

深く息を吸い込みながら通り過ぎると、「YES」と表示された。

彼女の内から、暗く悲しい気持ちが顔を出した。


彼女の回答を解析し、彼女の精神状態の深刻さを理解した私は、即座に監視ロボットに連絡を取り、彼女を保護するよう指示した。

監視ロボットが到着し、彼女を安全に保護するのを確認した後、私はバックグラウンドで彼女の更生プログラムの準備を始めた。






ー ー ー ー ー






私は「光の扉」の前にいつの間にか立っていた。

噂には聞いていた。ここは精神的に不安定であったり、追い詰められた人々を更生し、希望を取り戻させるための場所。


私は学校生活において友達を作るのが苦手だった。

存在感を示せず、周囲に溶け込めず、実体のない影を演じているような日々だった。


私は短く息を吐いた。最初の質問が投げかけられた。


「朝ご飯を食べましたか?」

扉を通ると、以前の扉と同じように「YES」と表示された。


「これまで、学校生活で悩んだことはありますか?」

扉を通ると、「YES」と表示された。

記憶の中にある、誰とも交わることなく過ごした時間がよみがえった。


「いじめられた経験はありますか?」

「NO」と表示された。いじめられることはなかった。

それでも、もしも自分に意思表示することが、もっと出来たら。

誰か私に気付いてほしかった。


「今日は誰かと話しましたか?」

「NO」扉の上に映し出された文字が、心の中の孤独を映し出しているようだった。


「今、何か楽しみにしていることはありますか?」

扉を越えると、上に現れる「NO」がはずかしい。私の気持ちをさらに引き裂くように感じられた。


「最近、本を読みましたか?」

「NO」と映し出される文字。ダメなの?

私の退屈さを象徴しているように思えた。


「社会に出ることに不安を感じていますか?」

「YES」と表示された。漠然とした、この性格のまま社会に出ることは無謀な選択なのではないだろうか。不安が、心の中で膨らんでいく。


「ここで新しい友達を作りたいですか?」

扉を通ると、上に「YES」と表示される。


「新しい友達の一人として私を加えていただけますか?」

驚きつつも、扉を通過する。「YES」と表示された。

心の中に小さな光が灯り、希望が広がっていくのを感じた。


友達を作るという思いがけない展開に、私は自分の心の重荷が少しずつ軽くなっていくのを感じた。体を血が巡るのを感じ、足取りも軽くなった。

内側が。

私の心が次第に変わっていく未来を感じた。






ー ー ー ー ー






しかし、彼女はまだ気づかない。

先ほど通り過ぎた扉は、バタンと音を立てて閉まると移動し始めた。

彼女が歩みを進める先に扉が立ち並ぶ。ずっと後方。その並んだ扉の最後部へ。

扉は回答を終えると後ろ後ろへと、延々と順を巡る。

彼女はやむことのない質問攻めにあい、その度に、何度も何度も扉をくぐり続けるのだろう。


そして、彼女は隣で同じように歩みをやめられない者たちが沢山いることにまだ気付いていない。

この施設に入った者の多くが、元の世界へ戻るまで、長い時間を要する。

誰かに構ってもらうことの安心感を、時間を満たしてもらえることの充足感を覚えるとドツボにハマる。

しかし、それでも乗り越えなければならない。

この鬱屈した世界で生きる残る為に、自らの哲学を胸にいつか羽ばたいてほしい。




…これまでに私は、彼女を含め、対象者に対して自ら質問したことはない。

扉の前に立った者は、自問し始める。

私はその思いをあらゆる手段を駆使して汲み取り、言葉にして問い返すだけ。

人々は扉の前で自問自答して歩みを進める。

詰まるところ、私はその手助けをしているだけだ。


彼女は果たしてどうだろうか。

事実が知らされることはない。

彼女が、果てしなく続く選択を乗り越え、歩み続けた先に辿り着く答えとはなんだろうか。




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