第46話 梅芳の推理

 仮氷室の階段をおり、梅芳たちは隠し扉のまえにたった。

 李薫児が人を呼び、今にも乗りこんでくるかもしれない。あせる梅芳は、さっそく隠し扉の仕掛けを押そうとする。しかし、階段のうえから声がふってきて、彼の手はとまった。


「小芳!」


 階段を駆けおりる音がして、武俊煕がすがたをあらわす。


「孝王殿下?」


 武俊煕には二度と会わないと決め、梅芳はここにいた。その彼が目のまえにいるなど信じられず、梅芳はとまどってあとずさる。同時に、武俊煕をまた目にできたよろこびで、梅芳の胸は熱くなった。

 武俊煕は「なにをしているんだ?」と梅芳に問い、仮氷室のなかを見まわすと「淳皇后?」と驚きの声をあげる。


「どうして、ここに?」


 梅芳が武俊煕にたずねた。


「あなたの体調が気になって……心配で様子を見に行った。そうしたら寝室にすがたがなく、別れをつげる書置きを見つけたのだ。それで、今のあなたが来る場所はここしかないと思い、やってきた」


 ――書置きが見つかるのは、もっとあとだと思ったのに。


 梅芳が偽の花嫁として嫁いだのは、梅芳の独断。そう口裏をあわせるよう書置きをのこした。武俊煕はその書置きを、想定より早く読んだらしい。またも予定どおりにいかない事態が発生し、梅芳はあせる。

 梅芳に答えたが、ここに自分がいる理由など些細な問題だと気づいたのだろう。武俊煕は疑問の声をあげた。


「小芳、これはどういう状況なんだ? あなたは、なにをする気だ」


 今度は梅芳が答えあぐね、視線をさまよわせる。しかし、答える必要はなくなった。


「お従兄にいさま、いらっしゃいますか?」


 また階段のうえから声が聞こえてきて、梅芳たちの話は中断されたのだ。今度の声は女らしい。

 とんとんと階段をおりる軽やかな音がして、曲蘭がすがたをあらわした。


「どうなっているの? ここに来る道中、みんな眠っていて……」


 仮氷室にはいってきた曲蘭が不安げな面もちで武俊煕に訴える。

 もともと混乱していた武俊煕は困惑して眉をよせ「小蘭、曲家に帰ったはずでは?」と、従妹にたずねた。

 曲蘭は表情をやわらげ「ええ、帰ったわ」と返事すると、従兄に答える。


「でもね。わたしはお従兄さまがどこにいるのか、常に知ってるのよ」


 さらりと答え、曲蘭は胸をはった。

 武俊煕はますます困惑したらしく「小蘭。おまえはわたしの屋敷に密偵でもおいているのか?」と、従妹にたずねる。

 是と言いたいのだろう。曲蘭は黙ったまま、満面の笑みを武俊煕にむけた。


 ――玥淑妃に初めて会いに行った日も、曲蘭はやけに都合よくあらわれた。彼女が怪異に襲われている場面に出くわしたのも、武俊煕といっしょにだ。


 今までのできごとを思いおこし、曲蘭の話に梅芳は納得する。彼女のやりようは、度を越していると梅芳は感じた。しかし、今は曲蘭のふるまいになどかまってはいられない。いつ警備の宦官が駆けこんできてもおかしくない、さしせまった状況なのだ。曲蘭への興味をなくした梅芳だったが、武俊煕のすがたがあらためて目にはいり、考えを変えた。


 ――この状況。孝王殿下がわたしと関係ないと印象づけるには好都合かもしれない。


 一計をあんじた梅芳は、曲蘭にむかって叫ぶ。


「静かにしろ! 武俊煕、それに曲蘭。おまえたちが下手にうごけば、今すぐ淳皇后の命をうばう!」


 梅芳が脅した途端、曲蘭はびくりとした。そして、部屋のなかを見まわすと、淳皇后に目をとめる。彼女は青ざめて疑問の言葉を口にした。


「なぜ、皇后さまがここに?」


 しかし、曲蘭の疑問にだれも答えない。

 時間がたてばたつほど、状況は悪くなると知っている梅芳は、隠し扉の牡丹の彫り物を思いきり押した。

 以前と同様。がちゃがちゃ、ぎいぎいと金属や木材がぶつかりあう音がしはじめる。

 隠し扉がずずずと重い音をさせ、ゆっくりとひらいた。

 扉がひらききると同時に、梅芳が淳皇后に命じる。


「さあ。あなたが殺し、死んでもなお冒とくしつづけた柳毅に、ひざまずいて謝罪しなさい!」


 たいまつを手に、葉香が隠し部屋のなかにはいった。たいまつの火が、横たわる柳毅のすがたを照らしだす。

 横たわる柳毅をまじまじと見た淳皇后は、驚き目をまるくして疑問の声をあげた。


「彼があのときの方士ですって? 十五年前に死んでいるなら、なぜあんなに生き生きとしているの?」


 冷え冷えとした視線を淳皇后にむけ「その言い方はなんだ? しらじらしい」と口にし、梅芳は淳皇后をののしる。


「生きた人間の生気をあなたがあたえたから、体をたもっているんじゃないか。もっと言えば、魂魄のない師兄の体をあなたが方士でも雇い、あやつったんだ。そして、柳毅みずからに後宮の使用人や武俊煕の花嫁を襲わせ、彼らから生気をうばわせたんだろう!」


 梅芳は言いきった。

 しかし、淳皇后は認めない。彼女は「なにを言っているの? なぜ、わたしにそうする必要が?」と疑問を口にし、ふるふると首をふった。

 梅芳が淳皇后の疑問にきっぱりと答える。


「皇位継承権のある武俊煕を追い落とし、あなたの息子の地位を盤石にしたい。そう思っての行動でしょう」


 すると、淳皇后は「ばかを言わないで!」と叫び、主張した。


「わたしは皇帝陛下の正妻。その私に息子がいる。どんなに孝王が優秀であろうとも、彼は側室の子でしかない。わたしの息子の立場はゆるがない!」


 言いきると、今度は淳皇后が梅芳に「あなたは方士なのだろうけど、貴族の出身なのよね? だったら、わかるでしょう?」と、問いただす。


嫡男ちゃくなんで父上が溺愛する兄上が家督をつがなかった。だから、庶子しょしのわたしが家長になれたのはよく理解している』


 淳皇后の話を聞くうち、ばいせいが以前に言った言葉が、頭をよぎった。そして、梅芳は大いにとまどう。


 ――淳皇后の話は、理にかなっている。だが……


 まちがっていたと認めきれず、梅芳は「後宮のなかに大の男を隠すなんて自由、あなたにしかできない!」と淳皇后をゆびさしてなおも断罪した。

 柳毅から視線をはずした淳皇后が、梅芳にむかい「いいえ。わたしではないわ!」と否定し、首をふる。淳皇后の訴えはつづいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る