【BL版】煦煦たる皇子殿下の寵妃は絶佳の呪術師 ～失踪した初恋の人を探し求める美貌の方士は、偽りの花嫁を演じるうちに二度目の恋に落ちる～

第１３話 夜の訪問者

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「楽勝だな！」

　自室にはいるなり、梅芳は寝台にどすんと座った。ぎしりと大きく寝台がきしむが、気にせずに彼は余裕ある笑顔だ。

　孝王府の侍女長、李桑児と話をしたつぎの日から、梅芳は良家の令嬢らしいふるまいを数日かけて学んだ。

　七歳で実家をはなれたとはいえ、もとは貴族。幼いころは母親など貴族女性がまわりにいるなかで梅芳は育った。それに、もともと彼は物覚えがいいほうだ。梅芳の令嬢修業は、思いのほか順調だった。

　いっしょに部屋にはいってきた侍女すがたの葉香が「そうですね。それにしても」と思案顔をし、言葉をつづける。

「妖怪どころか怪異のおこる気配すらありませんね」

　言いながら、葉香は部屋の中央におかれた木製の机のうえを見た。

　机のうえには方位磁石がおかれている。それは普段、風水をみる際に方位の確認をする道具だ。しかし、怪異にあった場合にも役立つため、梅芳がもちこんだのだ。

　方位磁石のつかい方の一例をあげると、たとえば幽霊さがしだ。

　幽霊はたいてい強い陰の気配をまとっている。そのため幽霊が方位磁石のそばにいると、方位針の陽極が幽霊の陰の気にひきよせられ、方位がくるう。その反応をもちいて、隠れひそむ幽霊をさがすわけだ。

　ところが、梅家の屋敷にはいって以来、方位磁石はなんの反応もしめしていない。

　こくりとうなずいて、梅芳は妹弟子に応じた。彼は「やはり、花嫁候補たちが寝こんだのは偶然にちがいない」と、もともとの主張をくりかえす。

　葉香が「そうかもしれませんね」と、兄弟子の見解に同意した直後だった。部屋の扉をたたく音がして、若い女の「伯父さま」とささやく声がする。

「小奚（シャオシー）？」

　この屋敷で梅芳を『伯父さま』と呼ぶのは、姪の梅（ばい）奚（けい）だけだ。彼は「どうぞ、はいっておいで」と、やさしい口ぶりで梅奚をうながす。

「夜ぶんに、ごめんなさい」

　謝罪の言葉を口にしながら、梅奚がおずおずと部屋にはいってきた。彼女の表情は暗く、視線は床に落としている。

　梅芳は「かまわないよ」とほほ笑んで首をふると、姪に「だが、どうしたんだい？」と来訪の意図をたずねた。

　問いかけに、床に視線を落としたままの梅奚が「伯父さまと一度、きちんとお話がしたくて」と言い、ようやく顔をあげる。彼女は決心した様子で梅芳にたずねた。

「伯父さまは、ほんとうに孝王府に行くつもりなのですか？」

　梅芳に問いかける梅奚の顔は青ざめている。

　姪が自分の身を心配していると梅芳にはわかった。彼は「そうだよ」と応じると、姪を手まねく。

　うながされるまま伯父の座る寝台に、梅奚も腰かけた。

　梅芳の話はつづく。

「妖怪がいるなら、わたしが退治してくるよ。だから、心配の必要はない。すぐに孝王に嫁げるからね」

　本来なら安心する場面のはずだ。ところが、梅芳の言葉を聞いた梅奚は、ますます苦しげな表情をした。

　――浮かない顔だな。ほかにも心配事があるのだろうか？

　姪ともっと話すべきと感じ、梅芳は口をひらきかける。しかし、ぞくりと唐突な悪寒が背筋にはしり、梅芳は姪に話しかけるのをやめた。

　――方術の気配？

　仙道士である梅芳は、万物の気のながれをよむすべを修行により習得している。敏感にあたりの気の変化を感じとった彼は、さっと立ちあがった。そして、強引に腕をひき姪も立ちあがらせる。伯父の急な変化に驚いた梅奚が「伯父さま？」と呼びかけるが、梅芳は答えなかった。

　ひかえていた侍女すがたの葉香も、梅芳の変化で異変に気づき、机のうえの方位磁石をあらためて見る。すると、がくがくと小きざみにゆれる方位針が部屋の扉をさししめしていた。彼女は扉を凝視し、身がまえる。

「なにか来る。様子をみたい。ふたりとも、隠れていなさい」

　部屋のすみにおかれた衝立（ついたて）をゆびさし、梅芳は姪と妹弟子に指示をだした。だまってうなずいた葉香は、とまどう梅奚をつれて衝立のうしろへ隠れる。

　梅芳は、扉をむいて立った。

　すこし間があり、とんとんとひかえめに部屋の扉がたたかれる。同時に、扉にはめこまれた外国製のくもりガラスに、すっと人影がうつった。

　屋敷の者なら親族であれ下働きの者であれ、部屋のなかに声をかけるべき場面だ。梅芳はいよいよあやしく感じる。彼は、念のため左隠君の声を変える丸薬を口にふくんだ。

「だぁれ？」

　警戒心を隠しながら、梅芳がおっとりとした令嬢らしい口ぶりでたずねる。

　期待はしていなかったがやはり返事はなかった。かわりに木がきしむ音がして、ゆっくりと扉がひらく。途端、冷えた外気が部屋に勢いよく吹きこんできた。空気がゆれたせいで燭台の火が消え、部屋のなかは暗くなってしまう。

　しかし、この夜は月明かりがあった。ひらいた扉からやさしい月光が部屋にさしこんだ。わずかな明かりを背に、ひとりの人物がうつむきがちに立っている。ほの暗くはあるが、その人物が侍女の装束をまとっているとわかった。ただ女にしては、がっしりして見える。

　梅芳は令嬢らしい話し方を心がけ、侍女すがたの人物に話しかけた。

「こんな夜ふけに、なんの用？　侍女を呼んだおぼえはないのだけど」

　梅芳の声が、はからずも合図となる。

　扉のまえに立っていた侍女が、かすかに衣ずれの音をさせ、すばやく梅芳にちかづいてきた。