現在 ー夏の出会いー

高校三年、夏。

その日は笑ってしまうほど爽やかな朝だった。いつもより早く目が覚めてしまったが二度寝する気にもならず、せっかくならと散歩することにした。身支度をし、家を出る。家の近くにある中山道を歩くことにした。


昔ながらの町並みといわゆる「今っぽさ」を感じる和が調和したこの道は、日常の中にも非日常を感じられる。駅前はビルやマンションの建設が続々と進む中、平家や二階建てばかりのこの道は時の流れに取り残されたようでどこか懐かしさを感じる。はるか昔、人々はこの道をどんなことを感じ、どんな目的で歩いていたのだろう、どうしてここに道を、宿場町を作ったのだろう、などと考えていると不意に冷たさを感じた。完全に自分の世界に潜り混んでいてしまっていた思考を浮上させると、私は水をかけられたのだと気づいたら。

「あら、ごめんなさいね。すぐにタオルを用意するからお店の中で待っててもらえるかしら。お詫びにコーヒーでもどう⁇」

声のした方を見ると、感じのいい白髪の、初老ぐらいの女性がいた。

「いえ、たいして濡れてないので大丈夫です!お気遣いありがとうございます。」

すると女性は穏やかな中にもどこか断れない雰囲気で、それでいて不快感を感じさせない声で言った。

「お詫びぐらいさせてちょうだい。ここ、私の喫茶店なの。味には自信があるのよ。」

「じゃあ、お言葉に甘えて失礼します。」

私はこんな場所に喫茶店なんてあっただろうかと思いながらも店の中へと入って行った。


店内にはゆったりとした空気が流れていた。まるでここだけ時の流れが遅いみたいだ。受験生なこともあって、常に時間を意識してせかせかと過ごしていた私は、なぜだか泣きそうになった。そのくらいこの店は落ち着くのだ。


しばらくすると女性がコーヒーとブラウニーを持ってきてくれた。香ばしいコーヒーと、甘さ控えめのブラウニーはとても美味しかった。私は二度寝をせず、散歩してよかったなと思った。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。お会計、何円ですか?」

「お代はいらないわ。これはお詫びですもの。美味しく食べていただけて良かった。」

私はお代を払わないことを申し訳なく思いながらも、女性の厚意に甘えさせてもらうことにした。

「あの、また来てもいいですか?」

私が尋ねると女性は答えた。

「ええ、もちろん。あなたがこのお店を見つけられたらまた来てちょうだい。まあ、このお店が見えないのが一番いいのだけれどね。」

“お店が見えないのがいい”とはどういうことだろう。不思議に思いながらもお礼を言い私は店を出た。


翌日、お昼ご飯を食べに昨日の喫茶店を訪れた。やっぱり店は昨日と変わらないまま、昨日と同じ場所にあった。昨日の言葉はどういう意味だったのだろう。私が店内に入ると、カウンターの中に昨日の女性がいた。女性は一瞬驚きと悲しみのまざった表情をしたように見えたがすぐに上品な笑みを浮かべた。

「いらっしゃい。また来てくれたのね。」

「はい。お昼ご飯を食べようと思って。」

「好きな席に座ってくださいね。メニューが決まったらお呼びになって。」

そう言うと、女性はカウンターの中に戻って行った。店内を見渡すと、今日は私の他にも客がいるようだった。



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