小さな小さな物語達

野々宮 可憐

「鯖」「河原」「電子書籍」(三、1)

 足の骨を折った時の入院している今、暇で暇で仕方がない。そりゃそうだ。事故で足がめちゃくちゃなっているだけで、それ以外は元気なのだから。何か時間を潰せるものはないか、そこで見つけたのが電子書籍だった。


 これなら起き上がらなくても読めるし、大量の本を置く場所に苦労しなくて済む。今まで「紙の方がなんか読みやすい!」と人類の叡智を避け続けてきた己はなんだったのか。真の読書好きを名乗るのなら手段はなんだっていいだろうとあの頃の過去の自分に言ってやりたい。


 なんと電子書籍にはかなりの無料で読める作品があるのだ。太宰治や夏目漱石などの著作権切れの名作品達が無料で読める『青空文庫』という神サイトが存在している。電子媒体の中に図書館があるのだ。素晴らし過ぎる。


 電子書籍という食わず嫌いの物が大好物と判明した現在、別の毛嫌いしていた話にも挑戦してみようと思えた。正直見下していた世界、それはWeb小説である。


 アニメや漫画は好きだった。でもざまぁ?やら異世界転生? やらはどうしてもなんだか抵抗があった。その発信源であるWeb小説は尚更。


 Web小説は他の作品たちとは違い、電子の中にしかないもの。〝Web〟小説なのだ。きっとこの挑戦心に火がついた今を逃したらもう挑戦する気は起きないだろう。ごくりと息を飲んで、Web小説と検索して1番上にあったサイトをタップした。


 しばらくスイスイとスクロールしたりタップしたりを繰り返したが、はっきり言って大体はため息が出る内容だった。


 戦闘シーンに付け替え刃剣? 付け替えてる間に敵にやられることを想定してないのか? 井戸に水車? ふざけてるんだよな? 河原に鯖が落ちていた? 鮭だろうそれは。河原だぞ? 鯖だぞ?


 そして、「ああ、またこの展開か」と何度なったかわからない。テンプレートとはこの事なのだろう。とにかく全体的によく分からない。


 でもその中にもやはり光るものがある人はいる。テンプレートを少し捻った工夫を凝らす人もいれば、舌を巻くほどの語彙力を操る人もいた。そして発想力が素晴らしい純文学作品も多々あった。


 Web小説の最もいいところを挙げるとすれば、良くも悪くも多くの作品が集まるところがまず出てくるだろう。投稿しやすいというのもあってか、美しくまだ成長し輝ける才能を持つ若人も見られた。


 いちいちペンネームは覚えていないが、軟体動物だとかつばさだとか奏だとかりゅう☆だとかゆきっぺだとかドリアだとか……。他にも大勢いるが、揃いも揃ってユニークな名前であった。


 そして、もしかして私のような人は多くいるのかもしれないが、「この程度だったら私にも書けるんじゃね?」と思わされた。河原の鯖が決定だとなった。


 と、なったら即行動。暇人ならば暇人なりにできることやるのだ。


 早速メモ機能や執筆アプリやらを駆使して思いついたものを書き殴ってみる。読書好きな私のことだ。きっと傑作ができて、すぐ評価されるに違いない。なんてさっきまでは思っていた。


 書けない。


 思ったようにつらつらと書けないのだ。きっと私のような人がテンプレートを使いまくったり駄作を自覚しないまま世に出したりしているのだろう。しかし私は多くの作品を読んでいるので、稚拙も稚拙なことはわかりきっていた。


 と、なったら即行動。こうなったら上手な小説の書き方を調べてやる。ありがたいことに今の時代はインターネットを使えばある程度のことは知れる。もちろん小説を書く上のルールなんて10個以上の資料が集まった。


 他のWeb小説も参考にしつつ、しばらく執筆を進めてみた。その時、少し気になるペンネームが目に映った。


「WGS所属……?」


 調べてみると、それはどうやらWeb小説書きが集まるグループらしかった。そうか、仲間ができればもっと創作の幅が広がるかもしれない。


 と、思ったら即行動。似たようなサークルを調べあげ、『初心者歓迎!』の文字がついた場所に入ってみることにした。河原にいる鯖のような場違い感を一瞬感じたけれど、すぐに既存のグループメンバーは暖かく迎えてくれた。


『ようこそ初心者鯖へ。一緒に執筆頑張りましょう!』


 この言葉でなんだか強くなれた気がした。入院中は面会時間以外はあまり人と喋らず、孤独だったからなんだか心が満たされたような気がした。


 後から知ったことだけれど、この『初心者鯖』の『鯖』というのは『サーバー』の略らしい。新規加入者が来る度に鯖管理者は私にした挨拶をするため、その度私は書くことの決め手となった河原に落ちていた鯖という文章を思い出して苦笑するのだった。


 



 


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