第66話 消し去る鎧
「『ウサギの足』『滑り止め』!」
時夫はぴょんぴょんと魔法の名前の通りにウサギの様に飛び跳ねながら、長髪の風の魔法の刃から逃げ惑う。
「くそっ!『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』!!!」
成金男は顔も全身クマなく隠れているので、表情はわから無いが、やれやれ感を出したジェスチャーで時夫の『ファイアボール』を散らしながら、
尚も攻撃してくる。
「『ファイアボール』『ファイアボール』『ファイアボール』!」
時夫は逃げ惑いながら、しっちゃかめっちゃかに打ちまくる。
「ふふふ……花火でも打ち上げてるのかい?」
馬鹿にしやがって!
月は雲に隠れて、時夫の魔法で下草が僅かな間だけ燃えるのだけが光源となって、漆黒のフルプレートを足元から照らしている。
それが消えれば今は何も見え無い。
「じゃあ行くよ。『トルネードランス』」
スッと鎧男が杖で真っ直ぐに時夫を指し示す。
風が短い杖の周りをびゅうびゅう音を立て渦巻き、一気に時夫に向けて襲い掛かる!
「くっ……!『空間収納』『クッション』『ウサギの足』『クッション』!」
『空間収納』からバリアの魔道具を出し、『クッション』を使い捨てて威力を低減した上で、背後に全力で跳躍しつつ、地面にぶつかる前に自分を『クッション』で受け止めるが、あまりに強い風に地面を転がる。
「思ったよりは保ったね」
漆黒の鎧は悠々とした足取りで、地面から起き上がる時夫のそばにいた。
既に杖を振り上げている。
「『空間収納』!喰らえ!」
時夫は苦労人のリックから貰っていた魔石を幾つか手のひらいっぱいに握りしめて、フィリーに投げつける。
届く直前に、光の魔力が炸裂して目をくらませ、風の魔法が前進を一瞬留め、水の魔法は……鎧で効果を打ち消されて意味はなかった。
「美しく無いね。無意味な抵抗だ。『エアー……」「『エアーバインド』」
フィリーの声に被せて、澄んだ声が鎧男の背後から聞こえた。
「何!?」
優男の驚く声。
しかし、
「え!?効かない!?」
ルミィの驚く声が続いた。
そう、教会は爆発でボロボロだし、時夫が空に向けて『ファイアボール』を打ち上げまくったことで待機していた空から来てくれたのだ。
ルミィの黒いマントは、月の隠れた夜の闇に溶け込み、忍足で背後から近づけば、時夫に集中しているフィリーには気づかなかったのだろう。
大業の後で油断しているのもあったし、屑魔石の目眩しを喰らったせいもあった。
しかし、ルミィは鎧の対魔法効果の強さを知らなかった。
『エアーバインド』の効果を黒い鎧は速やかに打ち消した。
「『エアーエッジ』!」
ルミィが杖に空気の刃を纏わせ叩きつける。
が、鎧に触れた途端に単なる杖になってしまう。
なんて鎧だ……。
でも、やっぱり……俺は……この勝負負けたく無い!負けは認めない!
「うおおおーーー!!!『ウサギの足』『滑り止め』!」
鎧に体当たりを喰らわせる。
魔法は打ち消せても、物理攻撃は打ち消せない。
「『空間収納』!」
二人で地面……では無いモノに突っ込みつつ倒れる。
「な、なんだこれは?」
ヌルヌル。ぬちょぬちょ。
「は?……はあ!?何だよコレ!?」
フィリーはその長く、男にしてはほっそりした自分の指を見て驚愕の声を上げる。
そう……この男はスライムに倒れ込んで、思いっきり手を突っ込んでしまった。
そして、鎧が溶けて手首から先はもう殆ど露出してしまっているのだ。
「ふはははは!!国宝級の逸品すら溶かす固有魔法持ちのスライムだ!
その鎧にも効いて良かったよ!」
時夫も笑っているが、膝に穴が空いたり、マントはグズグズに半分溶けかけて無事では無い。
フィリーは、距離を取る。
腰や背中も多少は溶けているようだが、まだまだ足りないようだ。
「よっしゃ!スライム塗れにしてやるぜ!ヒャヒャヒャ!覚悟しろ!『空間収納』!『空間収納』!『空間収納』!!」
時夫はフィリーの近くに、頭上にスライムを発生させる。
フィリーは風で攻撃してくるが、こちらの天才風使いがそれを打ち消すし、僅かな鎧の露出部分を狙って、ダメージを与え続ける。
しかし、風使いの機動力は凄い!逃げ続ける!
ルミィも風で打ち消すが、鎧の力でなかなか直接的な影響は与えられ無い!
スライムは鈍重なので、フィリーに追いつけない……。と言うか、何故か積極的に時夫を狙ってくる。
何でだよ!
たまに暗くて足元のスライムを踏んづけて体勢を崩してくれるが、空気を操り自らの身体を支える風使いには不十分だ。
たが、時夫には、ある作戦があった。
あるんだけど、時夫はちょっぴり恥ずかしがり屋さんなので、やらないで済むならやらないでおきたいなと思っていた。だが……
伊織を早く探さないといけないのに、あまりコイツに構い続けてられないよな……。
「ルミィ……俺を見ないでいてくれ……」
覚悟を決める。
俺は……装備対決でやはりただの一敗も認めたく無い!
「鎧対決!どっちの鎧が優れているか!思い知らせてやる!!」
「は?鎧対決?」
時夫の決意の宣言に、フィリーはスライムを避けながら、マヌケに聞き返す。
「『空間収納』!」
時夫が叫ぶと頭上から、大量のスライムが降り注ぎ、全身を覆った!
何とか首から上が出ているから呼吸ができるものの、それ以外は完全に隙間なく覆われている。
「スライムアーマー!!」
雲間から漏れた月光が時夫の姿を照らし出す。
プルップルの新装備は時夫の服を溶かし、その下の細マッチョな筋肉とか割れた腹筋とか、他にもアレやこれやが、世界に大公開されて行く。
スライムの透明度がもの凄く高いことは、学者のみならず、この世界の人にとっては常識だ。
そう、服を溶かすスライムを時夫は自らその身に纏ったのだ。
「そんな……トキオ!」
ルミィが両手で顔を隠す。
もちろん指の隙間は開きまくりだ。
「いくぞぉ!『ウサギの足』!『滑り止め』!」
「うわぁ!気持ち悪い!来るな来るな来るなぁ!!!」
フィリーは切羽詰まった声で叫びながら必死に逃げた。
スライムを身に纏ったおっさんが、あり得ない速度で迫ってくるのだ。
「死なば諸共ぉ!!!!覚悟決めやがれ!!!!」
そう、時夫には覚悟があった。
素っ裸にスライムという最悪な装備。
時夫は今、人を人たらしめる尊厳の全てを捨てての特攻をしている。
さあ……一緒に……社会的に死のう…………。
「ゲヘヘヘヘへあはあはあはははははははは!!!」
時夫は壊れちゃった。
そして、魔力全てを込めてフィリーを追いかけ回す。
その姿はどこの世界に出してもアウトな変態そのものだった。
たが、風使いの天使は強かった。
風使いの機動力は寸での所で社会的な死を防ぎ続けた。
時夫の伸ばす腕を命懸けで掻い潜り続ける。
「やめろ!変態!来るなぁ!!」
「うおおおおおおおお!!!!!」
時夫の雄叫び。
しかし、あと数センチが足りないのだ。
伸ばした手が、あと少し……届かない……!!!
「うおーー!!!」
ヒトの尊厳を無くした野獣の雄叫び!そして、時夫は勝利の魔法を発動させる!
「『フォームチェンジ』!!」
時夫の腕が伸びる!長く!太く!あと、指毛も腕毛も伸びる!長く!太く!
ギルド長バージョンの太い逞しい指が、スライムを纏いながら、がっしりとフィリーの鎧の腕を掴む!
「『剛腕』!」
トドメとばかりに腕力をさらに短時間アップさせて、哀れな優男を抱き寄せ抱きしめた!
もちろん!今、時夫が見に纏っているのはスライムのみだ。下着も溶けた。ネックレスは無事!
裸にネックレスのスライムゴリマッチョ!
「やめてー!助けて!うわーーー!!!!」
一人の青年の心が壊れる悲痛な叫び。
いつの間にか雲が晴れて新円を描く二つの月が静かに見下ろしていた。
黒い鎧はプルプルの中に消滅した。
そして、時夫の鎧は無事。
時夫が無事かは諸説あるが……。
つまり、装備対決は時夫の完全勝利ということになるということでいいんじゃないかなって感じだった。
あとがき
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