第59話 伊織悩み、行動する
伊織はアイスクリーム屋さんのアルバイトを始めて充実した日々を過ごしていた。
アーシュラン国の中の瘴気病は今の所患者数は激減している。
トッキーさんの協力もあり、あちこちアレックス王子に同行して慰問する度に患者さん達の体調が良くなり、聖女としての活動は控え目にしても大丈夫になって来ている。
とは言え、偽の聖女が隣国で現れた事で、王室からセレモニーに本物の聖女として沢山出る様に言われているので、必ず毎日アルバイトに行ける訳では無い。
学校にも行かなくちゃいけないし……。
伊織は、はぁ……と溜め息を吐いた。
ルミィさんって絶対トッキーさんのこと好きだよね。
私はルミィさんみたいに毎日は一緒にいられないし、不利過ぎる。
ルミィさんって多分私と同じくらいの年齢だよね?でも貴族みたいなのに今は学校行ってないなら、もう卒業してる年齢かな?
トッキーさんは二十は過ぎてるっぽいかな。
二十二歳とかくらい?少し歳離れてるけど、トッキーさんはそういうの気にしたりするかなぁ。
そんな事をツラツラ考える。
伊織がいるのは時夫から教えて貰った質素な東屋だ。
日本の食事が恋しくなって調理場を貸して貰って作ったお弁当は、パサパサだったり、べちょべちょだったり散々な出来だ。
調味料も知っているのがあまり無いし、伊織は醤油や味噌が恋しかった。
流石にこの料理の腕前は恥ずかしくて見られたく無いけど、もう少し上手にできる様になったら、トッキーさんに相談して、醤油や味噌が作れないか聞いてみようかな。
それで一緒に料理できたらきっと楽しいだろう。
遠くで昼休憩が終わる予鈴が鳴る。
敷地内にある教会の綺麗で大きな鐘の音を聞きながら、授業へ急ぐ。
授業ではやはり王子と一緒に組んで何かをする事が多い。
なのでアレクと仲の良いフィリーとも話す機会が多いのだ。
フィリーはいつも優雅で、女性に優しい。
そんなフィリーが子供を攫って働かせているなんて信じられない。
何かの間違いであって欲しい。
でも、どうしてアイスクリーム屋さんを突然始めたんだろう。
お家の意向?
でも、フィリーの家は他の国と貿したりしていて、国の中でも有数のお金持ちだ。
お店一つ出した儲けなんてたかが知れたモノにそんなに躍起になる必要なんて無い。
それに、日本でなら人気になれば今後チェーン店にするだとか事業展開を考えることもあり得るかも知れないけど、冷凍技術が発達していない、この世界では珍しい氷魔法の使い手をどれくらい確保できるかが事業の鍵になる。
北狐族自体も希少らしい。
他の狐獣人との混血も進んで、氷魔法の使い手は減少傾向にある。
それに、人間で使える人は戦場での活躍が期待される上に、アーシュラン国には何故か生まれにくいらしい。
その分、他の国で生まれにくい雷魔法の使い手が多少生まれやすいらしいが……。
それはさておき、
とにかく、とてもゴールダマイン伯爵家が乗り出す様な話では無いのだ。
ならば、フィリー個人の意向である可能性が高い……と思う。
もしかして……伊織が嫌われてしまっているのだろうか?
だから伊織がアルバイトしてる店の邪魔をするのだろうか。
だとしたらとても悲しい。
フィリーは友達想いだから、思い込みの激しいアレクの話を聞いて、パトリーシャの事を酷い誤解をしたのだ。
もしかして、パトリーシャの事をまだ誤解してる?
それともパトリーシャが第二王子と婚約した事でアレクの次期国王の地位が危ぶまれているのにもかかわらず、パトリーシャと仲良くしてる伊織に怒ってる?
もしそうなら、トッキーさん達に迷惑を掛けないためにも、フィリーと話合わないといけない。
伊織は決意を固めて授業に挑んだ。
そして……こっそりとフィリーに声を掛ける。
「ねえ……あとで時間取れる?」
フィリーはいつも通りの笑顔でサラッと囁き答えた。
「もちろん……後で馬車に来てね」
そして、授業終了後、アレクが話しかけて来たのを適当に切り上げて、フィリーの家の所有する馬車の元へコッソリと行く。
話の内容が内容だけに、他の人には一緒にいる所も見られない様に気をつけた。
「待ってたよ。行こう」
アレクよお迎えの王室の馬車にも引けを取らない豪奢な馬車にさっと飛び乗った。
……はしたないって分かってるけど、のんびりしてられない!
そして、馬車は走り出した。
外から乗っているのが見えない様にカーテンが閉められる。
「イオリがこうして僕と会ってくれるの珍しいね。
何かあったのかな?」
伊織は優雅に優しく微笑むフィリーの様子に少しホッとする。
「あのね……アイスクリーム屋さんの事なんだけど」
「ふふ……わかってる。
その話は家に着いてからかな?
あ、そうだ。珍しいお菓子あるんだ。少し食べて見てよ」
「うん、ありがとう」
伊織はお礼を言って受け取る。クッキーだ。
少しほろ苦い味わいが口に広がる。
中々美味しいと思う。
「そのクッキーはね……」
フィリーがいつもの様に、朗らかに語り出す。
唄うような美声。
女子人気の理由の一つ。
でも、何だか今日はその声を聞いているうちに、少し眠くなって来た。
最近忙しくかつどうしてるからぁ……。
「………………………………」
目が覚める。
気がつけば、知らない部屋の中だった。
大きな豪華なベッドの上に靴を履いたまま寝かされていた。
確か……フィリーの家の馬車のなかで……。
どうやら寝てしまったようだ。
自分から話をするために乗り込んでおいて、恥ずかしい。
ここがフィリーの家だろうが。
調度品も装飾がとても凝っていて、どれも値段が高そうだ。
フィリーがここまで運んでくれたのだろう。
……勝手にあちこち行かない方が良いかな?
コンコン……
ノックの音。
「あ、はーい!どうぞ!」
声を掛けると、扉が開き、笑顔のフィリーとミルクティー色の髪の少女が入って来た。
「初めまして、イオリさん!」
少女は金色の瞳を細めてニコリと笑った。
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