第51話 制服

「制服をつくるぞ!」


「制服ですかー?」


 伊織は学業に淑女教育に忙しいので今日はお休みだ。

 ルミィがアイスクリームをパクパク食べている。


 この間の商品開発の時は、やはりアルマになっていた為に味わえなかったのだ。

 口の周りをベタベタにしているので、ハンカチで拭いてやる。


 最近コイツだらしないなぁ。淑女教育のやり直しが必要だな。

 素直に顔を差し出すルミィは、綺麗になったらまたアイスクリームを食べる作業に戻る。


「いや、食べるの止めろ!制服の話をするぞ!」


 時夫がアイスクリームの器に手を伸ばすも、ルミィが手元に引き寄せて阻止。

 

「食べないと溶けちゃいます!」


「それもそうか」


 仕方ない。幸せそうに次々と食べるルミィを頬杖をついて見守る。

 そんな二人の様子を眺めていたコニーが大きな狐耳を緩やかに動かしながら、微笑ましそうに時夫に声を掛ける。


「仲良いんですね」


 揶揄からかう様な響きに、時夫はクールに返す。


「相棒だからな。半年以上一緒だし」


 そう、今はいやしくアイスクリームを食べ続けるコイツは頼れる相棒だ。

 そして、命の恩人だ。コイツに拾われなかったら時夫がどうなっていたかを祖父が教えてくれた。

 あまりに孤独で報われない人生。

 

 ……アルマには協力するが、報いはいつか受けさせる。復讐とかじゃ無い。不適格な神はいずれ排除されなくてはならない。

 やり方は今は分からないが、もう少しこの世界の事を知って……。

 

 思考が暗い方向に向いてしまっていると、青灰色のルミィと目があった。キョトンと目を丸くして見つめてくるので、

 何でも無い、と首を振った。


 「どんな出会い方をしたんですか?どうしてルミィさん程の冒険者がトキオさんと組もうと思ったんです?」


 コニーは質問の矛先をルミィの方に向けた。

 しかし、困る質問だ。

 実はトキオって聖女なんすよ〜とか絶対頭おかしい。

 ルミィも困った様な顔を一瞬した。意を決してアイスクリームをコクンと飲み込んでから答える。


「捨てられてるところを拾いました」


「え……?」


 コニーはそうなの?と茶色の瞳で時夫を見てくる。


「まあ……そうかな?」


「な、なるほど?」


 コニーはこれ以上聞いてはいけないんだな、と判断した様で、話題をようやく本題に戻す。


「それはそうとして、制服ですか?それぞれの普段着にエプロンとかじゃダメなんですか?」


 狐耳をピコンと折り曲げながら小首を傾げながら聞いてきた。


「ダメなんです!!」


 時夫は力いっぱい否定した。

 何と言っても単なる店員では無い。看板娘なのだ。ちゃんと集客効果を狙いたい。


「せっかく美人が三人も揃ってるんだ。ちゃんとした制服が欲しい。ルミィだって可愛い服着たいよなぁ?」


 小さい子供の様にアイスクリームを食べ続けるルミィの口元を今一度拭ってやりながら、話を振る。


「私は何を着ても可愛いから何でも……いたい!」


 ばちんとデコピンを食らわせた。

 ちょっと褒めると直ぐに調子に乗る。

 まったくもう!


 そんな訳で、他の飲食店を参考に、コニーとあーでも無い、こーでも無いと言い合い、白い清潔感のある半袖シャツに、お揃いの帽子、前掛けエプロン、スカーフを付けることになった。


 イラストを一生懸命に描いて大満足だ。学生時代は美術の成績は4だったのだ。

 絵心に自信あり!

 後はこれと似た様なものを探さないといけない。


「私も店とか見てまわりますね」


 コニーも言ってくれた。

 時夫達もそろそろ帰らないといけない。ゾフィーラ婆さんの夕飯も考えないといけない時間だ。

 暗くなる前に帰らないと。


「じゃあな」


 買い物を済ませてから神殿の方に帰った。


「ただいま婆さん。今帰ったよ」


「あら、爺さん、お帰りなさい」


 ゾフィーラ婆さんは、時夫を爺さんと思ってるのか、帰ってきた時夫のマントを畳んでくれたり甲斐甲斐しい。

 ルミィのことも子供扱いして調子が良い時は何くれと世話を焼いている。


「婆さん待ってな。今飯作るから」


「ええ……そうですか。……これは何のお絵描きですか?」


 どうやら時夫の描いた制服のイラストに興味を持った様だ。


「それは……まあ、ルミィ達に着せる服のデザインだよ。うーん……なんて説明したら良いかな?

 そういう奴を美人三人娘が着て店を開いたらお客さんいっぱい来るかなって。

 似た様な服これから探すんだ」


「まあ……可愛らしいですねぇ」


 婆さんは熱心にいくつか描いたイラストを眺めている。

 絵を見て大人しくしといてくれてる間にルミィとシチューを作るか。

 婆さんが喉に詰まらせない様に野菜も肉も細かくしっかり切る。

 時夫はカズオを亡くしてから年寄りに優しくするのをモットーにしているのだ。


「そう言えば……最近ゾフィーラさん調子いいですね。

 前よりも会話してくれると言うか……」


 鍋をかき混ぜながらルミィがふと、思い出した様に言った。


「そうなのか?」


 時夫には変化は分からない。


「もしかしたらトキオの存在が良い方に影響してるのかも知れませんね!」


 よく分からないが、それなら嬉しい。


「偶にしっかりしてる時あるもんな。マダラぼけって奴なのかもな。

 婆さんって何歳くらい何だろうなぁ」


 シチューの味見をしてみる。

 少し塩を足すか。……うん。これで良いな。


「私が知ってる時には、既にあんな感じでしたし、一度昔のゾフィーラさんを知ってるっていう人に会いましたけど、まだあのお婆ちゃん生きてたの?って驚かれたので、かなりの高齢みたいです」


 パンを切って、夕飯完成!


「よーし、できたよー!」


「ありがとうねぇ……」


 ゾフィーラ婆さんがニコニコとシワを深くして微笑んだ。

 

 そして、翌日。


「あれ?無い……」


 変身ネックレスが無くなってる。

 ……どこに置いたかな?

『探索』


 すると、探した先にはゾフィーラ婆さん。


「婆さん、ネックレス持ってる?」


「……ああ、これかい?綺麗な石だねぇ」


 首から下げてるのを服の下から出してきた。赤い石を見ながらニコニコと笑っている。


「ごめんよ。それ借りてる大事なものだから返してくれる?

 今度代わりになるか分からないけど、他の似合うネックレス買ってあげるから」


 時夫はお洒落をしたいらしい老婆を悲しませない様に気をつけながら話をした。


「そうかい、すまないねぇ」


 すんなり返してくれてホッとする。


 朝の身支度を終えたら、ルミィとイメージに沿った制服を探しに出掛ける。


「行ってくるよ婆さん」


「はいはい。いってらっしゃい、爺さん」


 婆さんがニコニコとシワの中に目が隠れる笑顔で手を振り見送ってくれた。

 時夫とルミィは街中の今まで行った事の無い店にまで行ってみたが、残念ながらイメージに近いものは見つからない。


「オーダーすると結構な予算オーバーですよ。それに手に入るまで時間が掛かります。

 諦めて別のデザインにしますか?」


 休憩がてらにコニーが内装の方を準備してくれている店舗の方に立ち寄った。

 途中で購入したサンドイッチを齧りながら話し合う。


「うーん……いきなり妥協かぁ」


 めっちゃ頑張ってこの絵描いたのに……。


「もう少しだけ探そう。明日までに見つからなかったら諦めるよ……」


 そして、その後も制服候補探しを頑張ったが遂に見つからなかった。

 その日時夫は悲しみで枕を濡らしながら眠りについた。


 朝の光を受けて瞼をゆっくり開く。


 そして、枕元に見覚えの無いものが綺麗に畳まれて置かれていた。


「これ!イラストと全部一緒だ!!」


 そこには時夫が考えたイラスト通りの……いや、それよりもずっと立派な3着の制服があったのだ!

 妖精さんの仕業か!!

 ……いや、普通に考えてルミィだな。


「ルミィ!これどうしたんだ!?」


「……何ですかそれ?……制服!?どうしたんですか!?いつの間に探しに行ってたんですか!?」


「お前が用意してくれてたんじゃ無いのか!?じゃあ誰がこれを……」


 ルミィは驚いて見せているが、しかしルミィ以外にこの神殿のこの区域に入れるのはゾフィーラ婆さんしかいないのに……。

 本当にルミィじゃ無いのか?


「まあ良いや。これで後は店の内装整えれば開店できるぞ!!」


 もしかしたらルミィが気恥ずかしくて、知らないフリをしてるのかも。

 ならば礼を言う代わりに、この喜びを素直に表す方が良いだろう。


「それにしても本当に良い出来だ!ルミィ!着てみてくれ!」


「えー……?じゃあ、ちょっとお待ちくださいね」


 ルミィがイソイソと着替えに行った。

 そして、思った通りの可愛さだった。


「うわぁ!可愛い!アイスクリーム10個は買う!!」


「えへへ……でも誰が用意してくれたんですかね?本当は時夫がビックリさせようと、こっそり注文してたんじゃ無いんですか?」


 ルミィはまだしらばっくれる様だ。

 まあ、茶番に付き合ってやろう。


「えー……?知らんなぁ」


 ゾフィーラ婆さんが時夫の隣にやって来て、スカートの裾を摘んでポーズを取るルミィをニコニコ見ながら、のんびりと呟く。


「若い子は何を着ても似合うねぇ。可愛いねぇ」


 さて、そろそろ出掛けるか。

 忙しくなるぞ!

 


 

 


 

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