第37話 断罪失敗
「パトリーシャ・ベーデル!
お前と婚約破棄する!
この世界を救うべく異世界より来たりし聖女に対し、他の女どもを使って随分と手の込んだ嫌がらせをしてくれたな!!
そんな心根の女とは俺は結婚は出来ない!」
ドヤァ!!!
アレックス第一王子は、他国の王族の交換留学生もいる収穫祭のパーティの席で、予定通りにパトリーシャ嬢にキラッキラのドヤ顔で婚約破棄を告げた。
シーン……
パーティ会場が静まり返った。
貴族の子女が互いに目配せしつつ、今後の自分達の動きを、実家の諸事情との兼ね合いを考えながら、どうすべきか考えている。
時夫は使用人の姿でコソコソと空いたグラスを片付けながら、行く末を見守っている。
変装用のメガネもバッチリの赤毛もちゃんとパーティ仕様に撫で付けている仕事熱心なナイスガイである。
ルミィもミルクティーに変化させた髪を派手すぎない様に、動きやすく纏めている。
時夫とお揃いのメガネを掛けて、滑らかな動きでテキパキと働いている。
冒険者よりも神官よりもこっちの方が向いてそうだ。
時夫も負けじと優雅にしかし素早く静かに動く。
そんな使用人二人組はさて置いて、伊織が王子を止めようとする。
「アレク……パトリーシャはそんな……」
「イオリ、卑劣な行いをした女に慈悲など無用だ!」
騎士団長の息子の見るからに脳筋っぽいイ……何とかさんが伊織の言葉を遮った。
俺とキャラ被りするから赤毛はやめちくりー。
「そうだよイオリ。今まで辛かったろう?君が辛いのは僕も辛いんだ」
見るからに成金趣味の煌びやかな衣装に身を包んだ優男が、深緑のロン毛をばっさーと手で払いつつ、伊織の肩に手を置いた。
濃い茶色の瞳が優しく伊織を見つめる。
「でも……パトリーシャは……」
伊織は突如始まった謎のオンステージに目を白黒させつつ、パトリーシャ嬢が謂れのない罪を被せられそうになっているのはわかるようで、必死に止めようとするが、筋肉とロン毛の男二人に宥められまくってしまう。
その間にキラキラ王子様が高らかに、今まで伊織が受けた嫌がらせを声高に発表している。
……実際に伊織が受けた被害もあるし、真偽不明な話も盛りだくさんだ。
パトリーシャ嬢はフワフワした触り心地が良さげな扇子を緩やかに扇ぎ、口元を隠しながら王子を冷徹に見据えている。
そう、昨日リックと共に、王子の計画を話した時も非常に冷静だった。
そして、対処は考えておくとのみ言って、早々に帰ってしまい、パトリーシャ嬢とは碌に今日の作戦を練れなかったのだ。
時夫は心配だったが、パトリーシャ嬢をよく知るらしいリックとルミィが落ち着いて、パトリーシャ嬢に考えがあるのなら、彼女に任せようなんて言い始めたのだ。
その後はパトリーシャ嬢が何かで責められる事だけはわかっていたので、周囲の令嬢から、パトリーシャ嬢の評判を集めて、少なくとも伊織の虐めに関しては関与していないどころか、諌める立場にあったことは確定させ、何かあった際に証言してもらえる様に方々に取り計らった。
それにしても、パトリーシャ嬢は凄い。
今日はパーティだからか、いつになく気合の入った髪型だ。
栗色の髪を高く結い上げ、瞳と同じ明るい緑の石の髪飾りやネックレスで豪華に飾り立てている。
優美でたおやかな立ち姿だが、その瞳は王子の傲慢な虚言に一歩も引かぬ決意が込められていた。
「それで、何か言いたいことはあるか?」
王子がパトリーシャ嬢を見下す様に吐き捨てた。
パトリーシャ嬢はニコリと花が綻ぶ様な愛らしい笑みを浮かべた。
「いいえ、わたくしからはございませんわ。しかし、父からはあるようですの」
「……は?」
王子が口をあんぐりと開けた。
パトリーシャ嬢は後ろを振り向き、甘える様に口にする。
「お父様!」
そこには凄味のある笑みを浮かべ、こめかみに血管を浮かび上がらせた親バカで有名なベーデル公爵がいた。
「お久しぶりですな。第一王子殿下」
「……はい」
怒れるベーデル公爵の前に、王子は蛇に睨まれたカエルの様に大人しくなってしまった。
そして、数日後には王子が願った通りにパトリーシャ嬢との婚約が破棄される事が正式に決まった。
王家と公爵家との取り決めに従い、パトリーシャ嬢は改めて第二王子と婚約し直す事が決まったそうだ。
時夫とルミィの出る幕は無かったが、この騒動のお陰でリックとの繋がりが出来た。
アレックス王子と聖女の巡礼の旅にコッソリ時夫達が従者として紛れ込むのにリックは協力してくれるそうだ。
そして、リックの働きで伊織の教育体制が見直される事になった。
多少は本人のペースに合わせてもらえると良いんだけどな。
巡礼の旅は、邪教徒カズオの移動に合わせて、追っていく形になる。
討伐隊も編成されている様だが、まずは伊織にくっついて祈りを捧げて瘴気病に苦しむ人々を助けながらの移動になる。
そして、新たな被害を食い止める為に、討伐隊がカズオを止められなかった時には、時夫が止めるつもりだ。
いや、討伐隊に倒されてしまっては困るのだ。
カズオには、元の世界に戻る方法とやらを聞き出さないといけないからな。
用務員道もここまでか。
「師匠!!ありがとうございました!!」
制服を綺麗にしてから返し、ボルゾイ師匠に挨拶をする。
「お前のお陰で学校も綺麗に明るくなった……。お前は最高の弟子だ。
また必要なら声をかけろ。俺はいつでもここに居る。ここを第二の故郷と思って良いぞ」
「師匠っ……!!」
ボルゾイ師匠と硬く握手を交わし、別れた。
……きっといつか戻ってくる。
用務員道で得たものは時夫の中にいつもある。
振り向かない。
この別れは一時的なものだから。
なのに、何故、何故こんなにも熱い涙が溢れてくるんだー!!!
時夫はルミィと共に夕陽に向かって走り出した。
用務員道の長く険しい道はまだまだ続く。
用務員としての誇りを胸に進め時夫。泣くのは今日までだ。
明日を笑って迎える為に、走れ時夫!
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