第35話 乳母子リック

 時間が無い!

 

 とりあえず王子の側近であるリックの方にルミィと二人で声を掛けることにする。

 王子の近くによくいる、イケメンなのに何となく苦労人っぽい顔した紺色頭を発見!

 金魚の糞みたいにいつもくっ付いてるのに今日は一人か。

 早速時夫がずずいと進み出て話しかけようとしたのを、ルミィが二の腕を掴んで引き留めた。

 

「トキオ……ちょっと私が話しかけて来ますから、ここで待っててもらえますか?

 私、あの人と知り合いなんです」


 ほほう……王子とも因縁があったようだし、やはりルミィは元はかなり良いところのお嬢様だった疑惑が深まるな。


「おう……任せる」


 ルミィが程よく単独行動中のリックの肩に手を置いた。

 リックは突然お偉い貴族様のお体に許可なく触れた、無礼な平民風情に眉を顰めたが、ルミィが帽子のツバを少し持ち上げて、メガネを外して見せると、その紺色の瞳を丸く見開いて慌ててやたらとペコペコし始めた。

 

 それはまるで休憩中に同僚と上司の悪口を言ってたら、その上司が気がついたら背後にいたのに気がついた時の時夫にそっくりだった。

 リックはきっと良い奴。うん。そして苦労人に違いない。


 ルミィが振り向き、ちょいちょいと指を動かし、時夫を呼び寄せる。


「エ……ルミィ様、この方が……異世界から来た方なんですね。

 私はアレックス第一王子の秘書を務めております、リック・ガルニアと申します。

 ……ここでは目立ちますので移動しましょう」


 そうして通されたのは、王族と近しい学生のみが与えられる校舎内の部屋。

 王族の御学友に選ばれると、一人一部屋与えられるそうだ。何それずるい。


 部屋自体はそんなに広く無かった。王族その人が与えられる部屋はもっと広いらしい。

 学校生活と執務を両立させる為の特権だそうだ。


「アレックスは今日は執務が忙しくて学校には来ていません。

 エ……ルミィ様、トキタ様、どうぞお掛けください。お茶を淹れますね」


 ソファで遠慮無く寛がせて貰って、何やら匂いが強い謎のお茶を啜る。

 うーん……芳しいとか何とか言っといたほうが良いのかな?

 ルミィが背筋を伸ばして作業着を着た姫君の様に優雅に飲んでいるので、時夫も違いが分かる男風の顔で飲む。あちちっ!舌火傷した。


「それで、聖女サリトゥ様の現状については、私たちの方で直接調べさせて貰いました。

 そしに、明日のパトリーシャ・ベーデル公爵令嬢を第一王子が他の貴族の子女の前で糾弾する予定と聞きました。

 貴方は乳母子として、王子の暴走を止める責務があったのでは無いですか?」


 ルミィが厳しい口調と鋭い目線でリックを責める。

 いつもの、はわわ〜ほええ〜もけけ〜みたいなこと言ってるルミィはどこ行った?と思ったが、指摘するのは後にしよう。

 時夫は今現在違いのわかる男の顔を続けるのに忙しい。キリリッ……!!!

 でも、やっぱりこのお茶芳香剤飲んでるみたいで美味くないような……?ショボーン。


 気難しい顔をした時夫の雰囲気にリックは緊張をさらに高めながら、ルミィの厳しい言葉に項垂れる。


「返す言葉もありません。

 聖女様は……聖女としての能力を覚醒しきれていないようなんです。

 それに……教養自体はある方なんです。それは間違い無いです。

 平民と違って文字の読み書きも高いレベルでできます。

 教育を学校で受ける身分の方と聞いてます。

 なのに、礼儀作法があまり身についていなくて……平民の女を相手に話をしてるようなんです。

 明け透けで、やんわりとした注意を無視する……と言うよりは、言葉をそのままに受け取ってニコニコしてて……。

 アレックスはそれが新鮮で今は構っているようなんですが、ご存知の通り飽きっぽいところがあります。

 他の赤毛のゾフィーラとか言う女を探せとか言い出したかと思えば、見つからないからやっぱり聖女と婚約するとか言い出したり……。

 聖女もニコニコしてて、何を考えてるのか私にはわかりません。

 明日なんですが……聖女が嫌がらせを他の女子生徒から受けているのは確かなんです。

 それはパトリーシャ様が指示しているとアレックスは思い込んでいるんです」


 時夫はリックの話を聞いて、思い違いを正す。


「聖女さんなんだけどさ。平民だよ。

 と言うか、俺も平民。俺らの世界の俺らのいた国ってかなり栄えててさ。

 魔法とかは無いんだけど、こっちの世界より便利に楽に暮らせてるところが結構あって、平民でも全員が義務として15歳までは学校に行ってるんだよ。あと、余程のことがない限りはほとんどの人が18まではさらに高度な教育受けたりするかな?

 それ以上の教育はご家庭によるけど、平民でも普通に受けてるよ」


 その内容はリックにも、ルミィにも驚愕すべきものだったようだ。


「え!?平民が教育を!?しかも15まで全員ですか!?

 それに魔法が無い?魔法無しでどうやって生活を?」


「凄い!皆んなが学校に行けるなんて、なんて豊かな国!私たちが目指すべき国のあり方はニホンにあるのかも知れません!」


 リックには日本の生活は想像もつかないようだった。

 ルミィは何やら感銘を受けたようで、日本人として時夫は誇らしい気持ちになったが、時夫は別に誰かが作った制度に乗っかって恩恵を受けただけの人だから、威張るのもちょっとおかしいかな。


 「だから、聖女さんは高度な教育を受けたけど、平民だからマナーとか知らないんだよ。

 と言うか、国によってマナーとか違うんだろ?こっちの世界でも。

 たった半年で色々求め過ぎなんだよ。

 お前らどうせ十年くらいマナーだ何だとやって来て今があるんだろ?

 せめて年単位で待ってやれよ」


「そう……でしたか。聖女のこと、少し勘違いしていたようです。

 私も仕事で平民とは関わることも少しだけあるので、違和感の正体がようやくわかりました。

 トキタさん、ありがとうございます」


 リックは向かいのソファに身を沈めて、片手で顔を覆ってため息を吐いた。

 半年分の苦労が乗った重いため息だった。


「明日、ベーデル公爵令嬢の断罪なるものが行われる際、貴方も止めてくれますね?」


 ルミィはリックに確認する。確認と言うには少し圧が強いが。


「ええ……もちろん。貴女の命には背きません」


 リックが居住まいを正して、断罪キャンセルの協力を約束してくれた、


「良いのか?あんた王子の直の部下なんだろ?」


 時夫は気になって聞いた。

 時期国王に一番近い男に逆らって、色々今後大丈夫なんだろうか……。


「家門のために色々と目を瞑るつもりでしたが、本意ではありませんでした。

 でも……私のこと見捨てないでくれますよね?」


 リックはルミィを紺色の瞳で確認するように見た。


 ルミィは一つ頷いた。


「あのバカ王子をこそ断罪しましょう。

 さて、役者がまだ揃ってません。公爵令嬢にも話を通さなくては」


 立ちあがろうとするルミィに、リックが素早く近づいて、その手を取って立ち上がらせる。


「ご案内いたします」


 ほええ〜とその様子を見ていた時夫は、リックのレディーファーストって感じの流れるエスコートを見て思った、

 貴族ってなんか大変そう!俺平民で良かった〜!


 

  

 

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