第33話 北の東屋。伊織の本音
「うわぁ!学園にこんな素敵なところあったんですね!」
伊織がはしゃぎながら時夫を振り返った。
学園の庭園は東西南北にあるが、北のこの庭園は他と比べて地味というか、花は咲いているが、小さく色味も地味で、パッと見、ザ・ミドリって感じなので普段はひと気が無いのだ。
一応、薬草的なのがそこそこ生えているので、授業の前に教師がたまに摘みにくることがあるだけなので、けっこう穴場だ。
他と比べて地味なだけで、東屋自体はそこそこお洒落だ。
まあ、他の場所の東屋と比べるとこれもやっぱり地味なのだが……。
しかし、とにかく伊織は気に入ってくれたらしい。或いは、気遣って気に入ったフリをしてくれているのか。
「気に入ってくれて良かったよ。
……あの、あんまりこう……サボってるの見られるのは良く無いと思って、ひと目が無いところに来たけど、他意は無いから」
そういえば女子高生を連れ込んでることになるかと気がついて、慌てて時夫は弁明する。
そんな時夫を見て、クスリと伊織は小さく笑った。
「大丈夫ですよ。あの……用務員さんお名前は?」
「そっか名乗ってなかったな……えっと……トッキーだ」
偽名をすぐに思いつく能力を気の利かない女神が授けてくれなかったので、仕方なく前に名乗ったのを使いまわした。
「トッキーさん……前に聞いた様な?
あ、そうだ、あの空を飛ぶ邪教徒の時戦っていた方ですね。
そして……その……あちこちにびしょびしょにした人……ですよね?」
途中ちょっと笑いかけ、吹き出しそうになりながら確認して来た。
しまった。やっぱり別な偽名が良かったか?
「……まあそうかな。……えっと、びしょびしょにして悪かったよ」
伊織はハッとしてすぐに首を振った。
「あ、責めてるとかじゃ無いです!すみません。
私も水の魔法が一番得意で……でもこの間も失敗して水浸しにしちゃって……他の魔法より失敗した時のリカバリーが簡単だから……私、水系統ばっかり使ってるんです。
炎とかで同じことしたら大変だから……。
この間と、今日も助けていただいてありがとうございました」
伊織は居住まいを正して丁寧に頭を下げた。
「いや、ご丁寧に……仕事だから気にしないで」
日本育ちの時夫からすると、伊織は神殿の手伝いの時も率先して患者の看病をするし、仕事は丁寧だし、気を配って声掛けしてくれるし、今も丁寧に頭を下げて凄く良い子だと思う。
でも……きっと今の頭の下げ方一つについても、こちらの貴族の子女からすれば、雑で粗野に見えるだろう。
伊織も時夫もこちらに来てまだ半年くらいしか経っていない。
常識やら何やら覚えようにも時間が無い。
特に伊織は聖女としての役割で、あちこち外交にも使われているみたいだから、マナーも勉強も足りていないのだろう。
「いやぁ……こっちに来て半年だよね。
聖女様は頑張ってると思うよ。才能もあるんだよね。異文化理解は大変なもんだよ。他の皆んなはそれをまだ分かってないだけだよ。
皆んなそれを理解するには若いからね」
図らずも能力だけ奪って身軽な立場を享受している時夫は、自分だけ楽している罪悪感もあって、伊織を薄っぺらい言葉で慰める。
伊織の生活はここ何日かしか見ていないので、その辛さがわかるなんて言えない。
同じ日本出身と言えど、性別も年代も違うのだ。本来ならば関わり合いにならない二人だ。
言ってから、時夫は自分の軽薄さに嫌気がさした。
しかし、それを聞いた伊織はポロポロと涙を溢し始めた。
「あ、ご、ごめんなさい……ごめん……なさい。何でも無いです。すみません……すみません」
目元を伊織は指で擦り続けるが涙は後から後から溢れ出した。
「ごめん。知った風な口を利いた」
変なこと言うんじゃ無かった。時夫には女性の気持ちはわからないし、若い子の気持ちは特に難しい。
伊織は無言で首を振る。
しばらくそうして涙を拭っていたが、ようやく落ち着いた。
「すみません。何だか疲れちゃってたみたいで」
まだ目は赤いが、伊織は気丈に笑った。
「……うん。大変な仕事してるんだもんな。今は病気の人増えてるし……」
時夫はまた泣き出さないように言葉を慎重に選ぶ。
しかし、間違えたらしく伊織の表情が僅かに固くなったのが読み取れた。
「そうですね……。私が頑張らないと」
病気の話で仕事を思い出させてしまったようだ。時夫は地雷を踏み抜く天才である。
学生時代も社会人になってからも、こうして女子からの顰蹙を買ったものだ。
「いや、君はまだ未成年なんだから。そんなに頑張んなくて良いんだよ。
大人がもっと頑張った方がいい。君は……まあ、大人の半分くらいの頑張りで良いんだ。
それに、そもそもはこの世界の危機なんだから、この世界の人が頑張るのが道理ってもんだ。
この世界の人は……その、俺も含めてだけど、君に感謝こそすれ、もっと頑張れだなんて、そんなの間違ってるよ」
勝手に呼び出して、勝手に責任を押し付けて勝手な奴らなんだ。
「でも……」
伊織は俯く。
「頑張らないと……」
「努力家だけど、もっと周りを頼って良いよ。俺も冒険者だし、邪教徒と戦うし」
伊織は首を振った。目にはまた涙が溜まり始める。
「あの、トッキーさん……。口硬いですか?」
伊織は唇を噛み、必死な瞳で時夫を見つめた。
「大丈夫。話をばら撒けるほど知り合いいないからさ」
時夫の真面目な顔で答えた、あんまりな理由に伊織は少し笑ってくれた。
そして、すぅ……と息を吸ってから意を決して伊織は時夫に誰にも見せなかった弱音を……頑張らないといけない理由を教えてくれた。
「じゃあ……秘密を教えます。
異世界から来た人が役立たずだと分かったら、王宮から追い出されてしまうんです。
……私と一緒に日本から来た人は……一緒に来た人がいたんですけど、求めていた存在じゃ無かったから追い出されたそうです。多分……死んだって聞きました。
……私、聖女の力、たまにしか使えないんです。
神殿の人が凄く時間かけて教えてくれてるのに、ダメなんです。
だから、私……アレク……アレックス王子に嫌われたら、多分ヤバいんです。
こんな世界……地理もわからないのに……地図、見せてもらえないんです。
外に行くのも、一人じゃダメで……この学園内だけが私が自由に一人で歩ける場所で……。
私……頑張って、聖女として頑張らないと…………頑張ります。私、もうすぐアレクと巡礼の旅に出ます。
その時……聖女として頑張れないと……。神殿の人達……も、もう一度他の聖女呼び出せないか調べるって……。私の負担を減らすためだって言ってたけど……。私、こわ……怖くて……。役立たずって思われたら……私……私は、日本に帰りたい。日本、日本に帰りたい……。
あの、邪教徒の言ってたこと……本当に本当に嘘なんですか?日本に帰る方法が……あるんでしょうか。
でも、そんなこと!アレクには聞けない!」
ついに伊織は突っ伏して泣き始めた。
ここにいるのは聖女でも何でもない単なる女の子だった。
自分勝手な奴らに全てを背負わされ、追い詰められた女の子だった。
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