疾風の天使
第20話 学園での伊織
「イオリ様、スカートの裾が乱れていますわ」
「え!?わわ!ありがとうございます!パトリーシャさん!」
パトリーシャにそっと耳打ちされて伊織が制服の裾を慌てて直す。
そんな伊織を見て、周りの女子生徒がクスクスと忍び笑いを漏らす。
「イオリはまだこちらの生活に慣れていないんだ。笑い物にするのか?」
アレックス第一王子が伊織をすぐに庇ってくれて、周りの女子生徒はバツが悪そうに顔を背ける。
アレックスがいつもそばに居てくれて、伊織は本当に助かっている。
アレックスは忙しい為に、常に伊織のそばに居る事はできないが、彼の友人達に声をかけてくれていて、アレックスがいない間は、彼らがサポートしてくれるのだ。
お陰で伊織は何とかこの世界でも生きていく事が出来ている。
伊織はまだ他の魔法と違って神聖魔法が思うように使えない。
聖女としての力は神聖魔法に属するから、一番得意であってもおかしく無いらしいが、使えないものは使えないのだ。
しかし、この間病院にアレックスと慰問に行った時にも自分では手応えは無かったが、あれで良かったらしい。他の魔法は使えば体感があるが、神聖魔法は違うのだろうか?
とにかく、この間はうまく行ったとしても、聖女としてあまりに未熟なことは変わりなく、神官たちにも最近は少し厳しい目で見られているので、何くれと無く世話を焼いてくれるアレックス達には、本当に感謝しかない。
「じゃあパトリーシャ、私は仕事があるから、少しの間イオリを頼むよ。虐めたりしないでくれよ」
アレックスが伊織に手を振り去っていった。伊織もその背中に手を振りかえす。
アレックスが、騎士団長の息子のイーサンと合流した。
「まあ、イーサン様だわ」「素敵ね。今年のトーナメント戦の優勝はどちらになるのかしら」「どちらも応援したいわ」
パトリーシャの友人達が、きゃっきゃとはしゃいでいる。
「ねえ、パトリーシャさんトーナメントって何?」
伊織はパトリーシャに聞いてみる。トーナメントって何だかワクワクする響きだ。
「魔術戦闘に長けている生徒達が互いの技術を競う大会ですわ。
優勝者はトロフィーと記念品が貰えるのです。
三年連続で優勝すれば、特別に絵姿が、ほら、あちらに見える記念館に飾られるのですよ。
既に二年連続で優勝されていらっしゃるアレックス様は、今年も勿論優勝を狙っておいでです。
しかし、イーサン様は二年連続で準優勝でしたので、今年こそは優勝をとお考えのようですわ」
アレックスもイーサンもどちらも伊織に優しく接してくれるし、どちらにも頑張って欲しいし、どちらも応援したい。
伊織はアレックスの狙う絵姿とやらがどんな風に飾られるのか気になった。
「ねえ、パトリーシャさん、記念館って入れるの?行きたいな」
「ええ……今から行くんですの?そうですわね、まだ時間もありますから行きましょう」
ニッコリおねだりする伊織にパトリーシャはきょとんとし、少し困ったような顔をしたが、了承してくれた。
記念館は他の学校施設よりも華美な装飾が施された、華やかな場所だった。
そこまで広くは無いが、杖やマントや、剣が飾られている。
他にも優勝カップも並べられていて、優勝者の名前が確認できたりした。
確かにアレックスの名前がある。
そして、奥まったところに、絵姿が何枚か並べられていた。
三年連続は余程難しいのか、絵は五枚しか無い。そのうち四枚の男性の絵姿は、なんとなく古い時代の物のように思えた。
そして、他の四枚とは違い、描かれて何年も経っていないだろう絵に描かれていたのは、スッと背筋を伸ばし微笑む美しい少女だった。
少女の陽光を紡いだような金髪に伊織はアレックスを連想した。瞳は灰色?……いや青だろうか?
アレックスの鮮やかな青い瞳とは違うが……しかし、この顔は……。
少女の顔を熱心に見つめる伊織の隣に、パトリーシャがそっと立った。
「アレックス様に似ておいででしょう。こちらはエルミナ第一王女殿下、アレックス様の姉君です」
伊織が、キョトンとパトリーシャの顔を見る。パトリーシャは絵姿を感情の読めない顔で見つめていた。
伊織は聖女として王族、アレックスの家族を紹介されている。しかし、この様な女性はいなかった。
いや、王様と王様のご兄弟と王子や姫は皆んな金髪で目が青かったし、絵の少女と雰囲気は似ているが……失礼な言い方だがこんなに綺麗な顔立ちじゃ無かった。
勿論、王族相手なら絵師も手心を加えるだろうが、そもそもアレックスより上の兄弟はいなかったはずだし、エルミナという名前も聞き覚えがない。
「伊織様、あまりエルミナ様のことはアレックス様に聞いてはいけません。
そして、私からもエルミナ様の事は説明できません」
どうやらパトリーシャは、伊織が勝手にここに来て、アレックスと似ている少女についてアレックスに聞くことがない様に、事前に釘を刺す為にここに連れてきた様だ。
「うーん、よくわかんないけど、わかった。オッケー!」
伊織は考えても仕方のない事は諦めることにした。ただでさえ、この世界に来てからは考えないといけない事が多いのだ。
記念館を出ると、伯爵家の次男のフィリーが声をかけてきた。
一つに結んだ深緑の長髪が風になびき、焦茶色の瞳が優しく細められる。
「聖女様!相変わらずお綺麗ですね。新作のお茶とお菓子があるんです。一緒にどうですか?
……お連れの方々も」
彼の家は平民相手の商売をしていて、最近軌道に乗っていて、なかなかに懐が暖かいらしい。
「フィリー!」
伊織はいつも優しくさり気無くサポートしてくれるフィリーを見つけて、嬉しそうに手を振った。
「イオリ様、彼は婚約者のある身ですので、あまり親しくされては……」
パトリーシャが苦言を呈する。
「大丈夫だよ。フィリーがアレックスと友達なのは皆んな知ってるから、ほら、行こう!」
パトリーシャは、というより、この世界の女性は少し気にし過ぎる感じがする。
「……アレックス様も私の婚約者なのですが」
「え、なあに?パトリーシャさん何か言った?」
パトリーシャの声は小さくて伊織には聞こえなかった。
「いいえ……私は遠慮いたしますわ」
「そっか……残念」
お菓子食べたくないのかな?もしかしてダイエット中かな?この世界の女性はダイエットに本気だったりするけど、身体に悪いのに……
伊織はパトリーシャが遠慮した理由を勘違いしたまま、フィリーと二人でお茶とお菓子を楽しんだ。
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