第14話 病院

 流石に皆んなで一緒に早く移動する魔法は無いので、馬車での移動になる。

 レミィが空間収納から取り出したのは馬の頭の装飾のついたベルだ。


 りんりーん


「これで馬車来るのか?」


「はい。少し待ってましょう。一番近い位置にいる、空いてるのが来てくれるはずですよ。

 たまに2台来ちゃって揉める事もありますけど……。

 まあ、その時は早い者勝ちで。

 ……串焼きは奢って貰ったので、馬車は私が代金持ちますから」


 ありがたい。馬車の値段はわからないが

おそらく向こうの世界でタクシー呼ぶよりも金取られるんじゃ無いか?


 待つ間に雑談。


「そのベルって何なんだ?」


「馬車の協会から買える魔道具ですよ。協会の馬車の魔道具と連動して、近くの馬車にこちらの位置をお知らせするんです」


 向こうの世界にタクシー呼ぶアプリあったけど、似た様なものかな。


「馬車なんて初めて乗ります」


 ミーシャが縮こまって恐縮している。

 双子達は地面に絵を描いて遊んでいる。


「本当にお母さん助かるの?本当に?」


 テオールが期待半分不安半分に聞いて来る。

 それにルミィが胸を張って顎を突き出して偉そうに答える。


「私たちは神官です。希少な神聖魔法の使い手です!あなたは私たちと出会えた幸運を女神アルマに感謝すべきです!」


 ルミィは本当に偉そうにするのが得意だな。きっと王族だってもう少し謙虚に違いない。


 馬車が来た。思ったより簡素な作りだが、時夫が知る馬車は、テレビの中の映像だったり、歴史の資料や物語に出て来る挿絵できっと金持ち向けの奴だし、平民も使える様な奴なんてこんなものなのかもな。


「凄い!お姉ちゃん!ほら!カイ、ルル、転ぶなよ!へへ……お母さん馬車に乗って来たって聞いたらきっと驚くよ!」


 テオールが年相応の子供らしい笑顔を見せる。

 双子達はキャーキャーはしゃいでいて、ミーシャは落ち着かせようと声をかけているが、ミーシャ自身も嬉しそうなのが伝わって来る。

 馬車手配はルミィの手柄でも、嬉しそうなきょうだいを見ると時夫まで嬉しくなってくる。


 馬車にギュッと詰まりながら乗る。なかなか揺れるし、尻が痛くなりそうで快適とは言い難いが、初めての馬車に時夫も心が躍る。


 そうだ、こういう時こそ魔法を使うべきか。


『クッション』


「あれ?なんかふわふわする?」


 テオールが不思議そうに尻の下を触る。

 『クッション』をその名前の通りの使い方をしただけだ。


「俺は生活魔法のカリスマなんだ」


 雑に説明しておく。


「カリスマ!?なんか強そう!」


 良かった子供受けは良さそうだ。今後も生活魔法のカリスマとして生きていくか。

 お尻の平和が守られたので、風景を楽しむ余裕ができる。

 

 ガタガタ揺れてもクッションで痛くないから、石畳ももう怖くない。

 活気ある街と人々を眺めてながら楽しんでいると、病院はあっという間だった。


 ルミィが馬車の御者にお金を渡しつつ、帰りの為に待機を頼んでるようだ。気が利くな。


 病院は郊外の静かな場所にあった。

 ここは瘴気病の患者が集められているらしい。


「少しここで待っていてください。先に病院長と話をして来ますから」


 ルミィがフードを被りながら一人で病院に入っていった。

 

「はいよ」


 時夫は双子と遊んでやる。


「ほら、なんか変な虫いるぞ!」

「それどくあるやつ!」「かまれるといたいよ!」

「マジかよ!触らなくて良かった」


 しかし、ルミィは病院長と知り合いなのか?それとも神官って結構偉いのか?

 あるいは実家の関係?


 時夫は首をブンブン振って思考を霧散させる。あんまりひと様の事情を邪推するのは良く無い。


「トキョへんなの!」「ね!へん!」


 双子に笑われる。


「変とはなんだー!」


 追いかけるとキャーキャー言って笑いながら逃げ回る。


「お待たせいたしました」


 ルミィが戻って来た。

 何だか偉そうなおっさんも連れて来た。看護師さんも一緒だ。


「こちら入院患者の家族と友人です。トキオ、こちらは病院長のサットンさんです」


「あ、よろしくお願いします」


 時夫は頭を下げる。

 テオール達も慌てて挨拶する。


「それでは案内させていただきます。イリーナさんのところですね」


 病院長自ら先導してくれる。

 病院長がルミィにヒソヒソ声をかけている。

 時夫も耳をこっそりそばだてる。


「それでエルミナ様は今度いつ頃……」

「その話はまた別の機会に……」

「寄付について感謝……」

「王子も先ほど……一緒に来られて。寄付金が……」


 何だかお金の話っぽいな。お金の話には興味が無くは無いが、今は病気の治療の方に集中だな。


 建物内部に入ると、広い場所に粗末なベッドが並べられ、その上で痩せて呻き声を上げる人々がいた。

 患者達の間を看護師達が無表情に行き来する。

 何だかショックを受ける。


「あまり長時間いてはいけません。ああ、神聖魔法の使い手であれば大丈夫かも知れませんが、ここは……瘴気が強いので」


 瘴気に蝕まれた人たちから瘴気が少しずつだが立ち昇っているのだ。

 そして、過密に並べられたベッドのせいで、瘴気が建物内に密に集まっている。

 換気の窓はあるが、十分とは言えない。

 看護師達も患者に寄り添ってなんてなっていては、瘴気にやられてしまう為にこうも機械的にやるしか無いのだろう。

 命懸けの仕事だ。


「その……私は神聖魔法は使えませんので、これで……」


 病院長がルミィに気遣わしげな態度をとりつつ去っていった。


「ああ、ミーシャ……テオール……カイ、ルル……こんな所に来てはダメ……」


 看護師だけあってここの危険性は分かっているのだ。母親、イリーナは自分の手を握るミーシャを弱々しく振り解こうとする。


「で、俺はどうすれば良いんだ?」


 レミィにこっそり聞く。


「え?知らないんですか?女神様に教えて貰ったりしてないんですか?」


 レミィがいつもの驚き顔をしてくる。……ムカつくが病院で騒ぎたく無いのでデコピンは我慢してやる。


「知らないから聞いてるんだよ!」


「私も知りません!」


 ええ………………?

 仕方ない。女神に聞くか。


「よし!ルミィ、お前祈れ」


「えーっとですね、私の神聖魔法では一人か二人の患者の症状を緩和するくらいしか……」


「違う!女神を呼び出すんだ!」


 時夫のツッコミにルミィがポンと手を打った。


「なるほど!」


 ルミィがフードを深く被り直し、その場で跪いて祈りを捧げる。

 そして、立ち上がると瞳が金色に輝いていた。

 女神アルマだ。


「ここはひどく瘴気に満ちて随分と病人が多いところね。

 時夫、そなたの力で早くここの瘴気を祓いなさい」


「いや、お前がやれよ」


 女神なんだから時夫より上手くできるのでは無いのか?


「それが……能力を制限されているの。

 だからこの娘の体を借りないとそなたと話が出来なかったり、そなたを通してでないと瘴気が祓えなかったりするのよ。

 さあ、早く祈りを捧げなさい」


 よくわからないし納得してないが、ここの患者が苦しんでいるのにのんびりもしてられない。

 とりあえず跪いてルミィがやった通りに祈ってみる。

 ふわっと暖かな風が通り抜けた気がした。


「これで大丈夫なはず」


 女神からオッケーがでたから良いはずだが、病人達はまだ唸ってたり、苦しんでたりする。


「なんか治って無く無いか?」


 とは言いつつ、イリーナを観察すると、先ほどより呼吸が安定している。それに瘴気も立ち込めてない。


「一度弱った体が魔法の補助も無しにすぐに回復するはずもないでしょう?」


 金色の瞳が時夫を呆れた様に見て来た。


「まあ、出てきてくれてありがとう。助かったよ。で、目とか金色だし、テオール達にバレる前に戻ってくれ」


「…………自力で戻るには寝るしか無い」


 もしやすぐに戻るにはデコピンしか無いってことか?


「よし!デコ出してくれ」


「て、手加減しなさい……」

 

 キリキリと筋肉を張り詰めさせる、極限まで中指を振り絞る。


 女神がギュッと目を瞑る。


 ばちん!


「いたあ!」


 ルミィがおでこを抑えてうずくまる。


「威力最近上がってますよ!手加減してください!」


 青灰色の目が涙を湛えて恨めしげに見上げてくる。良かった、ルミィに戻った。


「ミーシャ、テオール、カイ、ルル、俺たちが祈りを捧げたから、お前達のお母さんはこれから少しずつ良くなっていくはずだから」


「え!本当?」


 テオールがはしゃぐ。


「そう言えば……息が苦しく無いわ」


 イリーナの表情が綻ぶ。


「お母さん……」


 ミーシャが泣きながら母親に抱きついた。

 長女として幼い弟妹達の世話を一人でしてきて、本当は不安だったのだろう。


 しかし、これでハッピーエンドでは無い。

 借金と行方不明の父親の件がある。


「これからどうしますか?」


 ルミィもどうやら、この家族とはまだオサラバする気はない様だ。

 気が合うな。

 特に金策は時夫にとっても喫緊の問題だ。


「なーんか冒険者って単語を父親の話の時聞いたよな?」


 そんな心踊るワードを放っておけるはずが無い。それに父親が金のために冒険者にって話なら、要するに冒険者は儲かるって事だろう。


「なるか、冒険者」


 

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