ライバル登場?


「別に? これは何でもないから」


 と、葛城マコは開き直ったかのように言った。


「第一なによアンタ達? いきなり人のこと捕まえて、ひょっとしてアタシのおっかけ? 普通に迷惑なんですけど?」


「いや別におっかけじゃねーし、記憶の片隅にギリ残るくらいの存在なんだけど」


「だったらその手を放しなさい。早くしたら警察を呼ぶのは勘弁してあげるわ」


「…………」


 すげえメンタルしてんなこの女。

 いつの間にかこっちが通報される側みたいにされてら。


「ほう、盗人猛々しいとはまさにこのことですわね」


 そんな葛城マコに対して、美鈴はぐるんぐるんと腕を回す。

 その目はマシマシ殺意、ドス辛め、慈悲なしと言った具合だ。


「落ち着け美鈴」


「わたくしは落ち着いておりますわ。夏場にキンキンに冷えたコカコーラのような心持ちですわ」


「ほんとうに?」


「おほほほほ……ですから美鈴さん? これより生爪を剥ぐのと生皮を剥がすこと、どちらがより苦痛を与えられるのか、紅茶を片手に優雅なディベートと洒落込みませんこと?」


「やっぱ落ち着け」


 口調だけお嬢様っぽく振舞っても無駄だ。

 あたしは片手で今にも飛びつきそうな美鈴を制する。


「っていうか何よアンタ達? アタシのおっかけでもないなら、どういうつもり?」


 そんなあたし達に向かって、なおも葛城マコは続ける。

 いや、お前がどういうつもりだって話なんだが。


「この家に住んでる奴と、あたしは知り合いなんだよ」


 だからあたしも言ってやる。


「で、お前がコソコソしてるのが見えた。だからとっ捕まえてやった。ゴミを漁っててるなんて、どう考えてもアレだし」


「は、はぁ!? アレって何よアレって!?」


「アレはアレだよ。はっきり言ってやんねーと分かんねえか? 巷で聞いた評判じゃあ、葛城マコは頭が良く回る配信者って話だったんだがなぁ?」


「ふ、ふざけんな!! いきなり人をとっ捕まえてストーカー扱いしようっての!? 誰があんな冴えない男のことなんか――」


「冴えない男? あたしは知り合いっつっただけで、男なんて一言も言ってなかったけどな?」


「っ!?!?」


 自らの失言に気付いた葛城マコがぎょっとする。

 語るに落ちるっつーか、どれだけ取り繕っても、テンパってる奴の言い訳ってのは大抵こんなもんだと思う。

 

「なぁテメエよぉ? 藤木とどういう関係なんだ?」


「ひっ!」


 あたしが屈んで目力を込めると、葛城マコは悲鳴を上げた。

 普段は自分でも嫌いな目だけど、今は敢えてビビらせるつもりでやった。

 だって――


「早く答えないと――そこの美鈴がエライことになるぞ?」


「ウギギ……コノオンナ、ユルサヌ……!!」


「ひぃぃっ?!」

 

 この通り。

 何時まで美鈴を押さえていられるか分からんし。


「だから正直に答えろ葛城マコ。お前は藤木の家の、藤木のゴミを漁って、何をしようとした?」


「ち、違うってば!! あんな地味で陰キャっぽい男、どうしてこのアタシが執着するってのよ!!」


「アウト」


「え?」


「ウボオオオオオオオオオオオオ!!」


 すかさずあたしは振り返り、怨嗟の声を上げながら飛びつこうとする美鈴を押し止める。


「コイツ! フジキサンヲ、バカニシマシタワ!! ショス!! ショシテヤル!!」


「ばっきゃろう!! こいつの前で藤木を馬鹿にするとか、てめえ死にてえのか!?」


「えええええええ!?」


「よしよし、よーしよしよし、落ち着け美鈴。このストーカーは売り言葉に買い言葉ってやつで、思ってもないことを言っただけだからな?」


 とんでもない馬鹿力に負けそうになりながらも、どうにかポンポンと落ち着かせてやる。


「アヤナサン。コイツ、マルカジリ?」


「するな。とりあえず言い訳を聞くぞ」


「デモ、マルカジリ」


「したら藤木に嫌われるぞ?」


「キュウゥゥゥゥン……」


 藤木の名前を出してようやく、大人しくお座りをしてくれた。


「――というわけだ。美鈴に噛まれたくなかったら、大人しく正直に吐いてくれれば」


「いやアンタ等なんなのよ!? 猛獣と飼い主なの!?!? どんな関係してんのよ!?!?」


 葛城マコトが言う。

 いやまぁそう言われると、自分でも何やってんだって話だけど。

 でもしょうがないだろ。こいつ藤木のことになるとアレなんだから。


「ちょ、ちょっと何の騒ぎ?」


「「「あ」」」


 そう、藤木だ。

 そういえばここが人様の家の前で、ギャーギャーと騒いでれば家主が出て来るのは当たり前のこと。

 すすけた色のスウェットを上下に来た彼は、恐る恐るといった様子で、あたし達を目の当たりにした。


「って宮下さん!?」


「お、おう……なんか悪いな」


 そして藤木は最初にあたしに気付く。

 あたしはぎこちなく笑って、頭を下げる他なかった。


「それに西雀寺さんも!?」


「あっ、あっ……ふ、ふふふふ、藤木さん! こ、これはまた奇遇ですわね!?」


 次に美鈴に気付いて、美鈴は酷くテンパる。

 こんな場所で奇遇もクソもないと思う。


「あと――由香里さんまで!?」


「「え?」」


 そして葛城マコに振り返って、あたし達の間抜けな声がハモる。

 由香里? 由香里って誰だ? そんな名前をした奴はこの場の何処にもいない筈だ。


「その……ごめん」


 が、その呼びかけに葛城マコが頷き返す。

 さっきまでの威勢は何処へやら、借りてきた猫みたいな態度で。


「なぁ藤木」


 あたしは指差しながら言う。


「由香里とか言ってたけど、それってコイツのことか?」


「うん、熊谷由香里さん。なんだかさっきまで盛り上がってたみたいだけど……宮下さん達にとっては初めまして、なのかな?」


「葛城マコの?」


「葛城マコって?」


「いやだからコイツの――」


 と、続けようとしたところで遮られた。

 葛城マコが必死の形相で、ぶんぶんと首を横に振っていた。

 

「じゃ、邪魔して悪かったわね。さっきまではその……そう! ちょっとこの人達と世間話で盛り上がっちゃって!!」


 そして葛城マコこと、熊谷由香里さんとやらは何事もなかったかのように振舞う。


「あとこの間のこと。私のポシェット、あんたの家に上がった時に寝ぼけてたし、間違ってゴミ箱に捨てちゃったかも、だったから」


「ええ、そうだったの!? 言ってくれれば僕が探したのに!」


「私のポカで迷惑かけるわけにはいかないわよ。それに――ほら。ちゃんと漁ったら見つかったし」


 と、熊谷はあたし達に見せつけるかのように、少し汚れた小さなバッグを取り上げる。

 さっきまでは下手な言い訳にしか聞こえなかったけれど、まさか本当に家庭ごみ漁りじゃなかったとは。

 

「なぁ藤木、こいつのこと由香里って呼んでたよな? それに家にも上げたって」


 そんなこともあって、あたしは少々の申し訳なさを感じつつ、それよりも疑問が先走った。


「お前とこいつって、どういう関係なんだよ?」


「どういう関係って……友達だけど?」


「葛城マコと?」


「いやだから、葛城マコって?」


 そこであたしも気づく。それはさっき美鈴が見せていた目と同じであることに。

 いわゆる世間知らずというか、時世音痴な奴が見せるリアクションだ。

 普段本ばっか読んでるやつってのは、そうなるもんなんだろうか?(偏見)


「葛城マコさん? っていうのは知らないけど、由香里さんとは同級生だったんだ」


 と、愕然とするあたしに向かって、さらなる爆弾発言をもたらしてくる。

 

「高校は別になっちゃったけれど、今でもこうして、たまに遊びに来てくれてね?   まぁうちは見ての通りだから、あんまりおもてなしとか出来ないんだけど」


 自虐っぽく微笑む藤木。

 あたしはそこから目を逸らし、葛城マコを見る。

 するとどうだ? 一見なんでもないように振舞っているようで、熟したリンゴみたいな頬で、もじもじと指を絡めて佇んでいる。


 つまり――要するにこれはアレだ。

 お手本が近くにいるし、そういうことなんだろうとあたしは悟る。


「まぁ何かのトラブルとかじゃないなら良かった」


 と、藤木は開いたゴミ袋に屈みながら言う。


「もう……芽衣ってば。虫が集っちゃうから、前日には出さないでって言ってるのになぁ……」


 なんて、ぶつぶつと呟きつつ、藤木はゴミ袋を抱える。


「じゃあ宮下さん、西雀寺さん、それに由香里さんも――またね?」


 最後にそう言って、彼は入口から三番目の扉をガラガラと開き、帰って行った。

 そこが藤木家族の部屋なんだろう。薄い壁である所為か、耳を澄ませると『芽衣ーっ!』と呼びかける声が聞こえてくる。


「そういうわけ、だから! これで誤解は解けたってことね!!」


 それから間もなくのことだ。

「これで分かったでしょ?」と言わんばかりに、葛城マコもまた退散した。

 汚れたバッグを片手に、ぷんすかと地団駄を踏むような足取りで遠ざかっていくその背は――その耳は真っ赤に染まっていた。


「…………」


「…………」


 そうして取り残されるあたし達。


「……なぁ美鈴?」


 幾ばくの沈黙を置いて、俯いたままの彼女に向かって呼びかけると、


「の……脳破壊ですわ……」


 なんて、イカれた発言が飛び出して来た。


「昔の同級生……家に上がる関係……下の名前呼び……ツンデレ……雌の顔……」


「おい」


 ぶつぶつと呟き続ける美鈴に、その肩にポンと手を当ててやると、


「おえええええええええええ!!」


「いやそうはならんやろ」


 彼女は吐いた。

 人んちの前で盛大に吐き散らかした。

 どうやらコイツの脳味噌は、食道と繋がってるらしかった。


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