いっぱい食べる君が好き?


「こんなとこで奇遇だな。今日はどうしたんだ?」


「あぁうん、ちょっと人と会う用事があって」


 と、藤木はあたしの質問に答える。

 

「宮下さんは?」


「あたしは何時も通りだよ。コイツの付き添い」


「本当に仲がいいんだね? 遠足の時も思ったけど、なんだか姉妹みたいで羨ましいな」


「うげっ、ぞっとすること言うなっての。そんなの願い下げだし、そもそもお前にも兄妹はいるだろーに」


「まぁ……それは、うん……」


 あたしの発言に、藤木はほんのちょっとだけ微妙な間を置く。


「それよりこの間、大丈夫だったの? 宮下さんは村田さん達を助けようとしただけだって、僕からもちゃんと説明はしたんだけど」


「はぁ……お前も美鈴みたいなこと言うよな……?」


「え?」


「なんでもねーよ。んなことより、だ」


 同じ話題を掘り返されたくなくて、あたしは無理くりに本題へと移ろうとする。


「ど、ど、ど……」


 それと同時に、仰天ヅラのままフリ―ズしていた美鈴も動き出した。


「ど、どどどどうして、こちらにいらっしゃっておいででございやすって?」


 落ち着け。

 とんでもない日本語が飛び出してんぞ。


 ――グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ。


「あっ」


「ぶっ、くくっ……!」


 おまけに絶好のタイミングだ。

 この世の終わりのような顔をする美鈴に、あたしは笑みを殺しきれない。


「――――」


「え、えぇと……?」


「くくくくっ……!」


 目のハイライトがなくなった美鈴と、訳も分からず首を傾げる藤木と、腹をかかえて縮こまるあたしは、さぞ妙な光景だったろう。


「ははっ……な、なぁ藤木?」


 しかし何時までも笑っちゃいられない。

 

「いっぱい食べる女子ってどう思う? 体育会系の男子かっつーくらいに、山盛りの飯を食う女をよ」


「え、それってどういう」


「いいから。お前の素直な感想を聞かせてくれ」


「…………」


 あたしが問いかけると、藤木はほんの少しだけ考える間をおいて、


「微笑ましい、かな?」


 と言った。

 視界の端で美鈴がはっと息を呑んでいる。


「へぇ。それってどういう?」


「いっぱい食べるってことは、食べることが好きなんだよね? だったらきっとその子は笑顔だと思うし、見ていて微笑ましいかなって」


「ははっ」


「み、宮下さん? 僕、何か変なこと言った?」


「いいや、そんなつもりじゃねえよ」


 むしろ満点の解答だって言ってやりたかった。

 一応は仮の体で、藤木も気づいていない(ニブチンらしい)ようだから、誰のことかって話までは勘弁しておいてやる。


 ――ウ”ウ”、ウ”ウ”。


 と、そこで藤木がポケットからスマホを取りだす。

 着信のバイブレーションのようだった。


「ごめん、そろそろ行かなくちゃ」


「おう、悪かったな。わざわざ呼び止めちまって」


 そうして壁際のテーブル席へと戻っていった藤木は、スマホを耳にあて、誰かと話し始めた。


「…………彩奈さん」


 そこから間もなく、美鈴は席を立つ。

 会計を済ませるつもりらしい。たぶんまだ頭の中が整理しきれてないだろうから、大人しくその後に付いて行ってやる。


「もう一件、付き合ってくださいますか?」


「…………」


「昼食を終えられたばかりでその、申し訳ございませんが」


 十分に店から離れた後に美鈴は言う。

 あたしはわざとらしく肩を竦め、しょうがねえなって感じに頷き返した。



「はむっ……はふっ……むぐむぐっ」


 そして三十分後――あたしは付き合ったことを後悔し始めていた。

 何時から食っていなかったのか、物凄い勢いで網に乗せた食材が消えていく。


 空調が効いていても、とにかく暑苦しかった。

 もくもくと上がる煙とか、飛び跳ねる肉の油とか、流れる汗からの熱気とか、微笑ましさなんてものは欠片も感じられない。


「おい馬鹿」


 だからあたしはジュースを啜りながら言う。


「確かに食えって言ったけど、どんだけ食うんだよお前は。一人でこんだけ皿を積み重ねる女なんて初めて見たわ。店にある肉を全部食うつもりか?」


「? そのつもりですが?」


「そのつもりですが、じゃねーよ」


「だって藤木さんが仰ってくださいましたもの! いっぱい食べる女の子が好きだと!! 食べる姿に興奮して仕方がないと!!」


「そこまでは言ってねえ」


 それはもう特殊性癖の一種だ。


「でしたらわたくしも食べて食べて、ふくよかになってさしあげるのが礼儀というものでは!?」


「いちいち極端過ぎるんだよお前は!」


 元気になったら元気になったでコレだ。

 こいつ0か100しか存在しねーのか?

 

「ったく……」


 あたしは胃もたれしそうな肉の山から目を逸らしつつ、スマホを取りだす。

 この分なら当面は食ってるだろうから、YOUTUBEで猫の動画でも見て気を紛らわそうとして――


「ああ――」


「彩奈ふぁん?」


「何でもない。あと飲み込んでから喋れ」


 今となってはどうでもいいことだったから、口には出さない。

 あたしはサムネイルに映る『見覚えのある顔』から目を逸らし、ほとんど水同然になったジュースを手に取った。


 

 

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