ちょっとしたトラブル


「はは……まぁまぁ、無事に合流出来て良かったよ」


 と、藤木が苦笑いで言った。

 結局集合時間ギリギリまで合流出来ず、危うく乗り過ごしそうになってしまった後のことだ。

 一応は班長として(最初にプリントを提出した奴が自動的に任命される)の義務があってか、その点はあたしも申し訳なく思った。


「うぅ……もっと出来る筈でしたのに……」


 そして自ら機会を手放した馬鹿みれいは、今更ながら後悔に沈んでた。

 あれだけ散々あたしを振り回し、好き勝手に楽しんでいたにも関わらずだ。

 ……ったく。お前が絶叫マシーン巡りにエキサイトしなけりゃ、次のチャンスとやらが来てたかもしんないのに。


「うぷっ……」


「だ、大丈夫? アカリ?」


「う、うん……ちょっと、疲れただけだから」


 そして今は帰りのモノレール。

 顔を青白くさせている白川に、村田が心配そうにしていた。

 なんでも乗り物酔いをしやすい体質らしい。行きはそうでもなかったが、帰りは疲れも出ていたのかもしれない。


『次は――駅。――駅』


 と、車内のアナウンス。

 埋まっていた席が一つ開いた。


「アカリ、ちょっとここで休んで」


 すかさず前かがみな白川を座らせようと、村田が案内する。

 そこに――


「お、開いてんじゃねえか」


「きゃっ」


 遠くからズカズカと、横から割って入って、そのでぷっとした体躯を席に沈める。

 ふらふらとしてた白川を、ほとんど押し退けるような形だった。


「あ、あの!」


 そんな中年の男に向かって、村田は果敢に声を上げた。


「すいませんが、ちょっと友達の体調が悪くって」


 そう続けるも、中年はちっとも動く様子を見せない。

 見れば顔が上気していて、ここからでも酒臭さを感じた。確か対岸には飲み屋街もあるって話だったか?


「そ、それに、そこは今、この子が座ろうとしてて――」


「あぁん?」


「っ!?」


 それでもと食らい付く村田に、中年は据わった目を向ける。


「んだよガキ? 喧嘩売ってんのか?」


「そ、そんなつもりじゃ」


「そんなつもりもねえだろうが!!」


「っ!?」


 と、唐突に大声を上げた。

 ビクッと肩を竦める村田に、中年はより一層圧を強める。


「ああん!? どうなんだ!? もっぺんいってみろや!!」


 ……要するにそういう輩ってことだ。

 酔ってて気分がってこともあるんだろうけど、そもそもの人間性の問題ってやつを、あたしは議論したくなる。


 自分よりも年下の、身体の小さな女子に向かってそれか。

 見れば視界の端で、藤木と美鈴が先公よりも早くに動こうとしているのが見て取れる。

 でも美鈴ならともかく、藤木ならちょっと役不足(意味が間違ってるかも?)だ。

 それに憎まれ役って意味じゃあ……もっと適任がいるだろうし。


「おいオッサン」


「うぉ!?」


 だからあたしは目一杯にドスを効かせて、その胸倉を掴み取ってやった。


「そこさぁ? 先にあたしのツレが座ろうとしてた場所なんだわ?」


「なっ……なっ……」


 何かを言い返そうとするも、あたしの目に気圧されたのか、中年はあからまさにたじろいでいた。

 ったく。あたしはさっきあんたが脅しつけてた相手と同年代の女子だぞ?

 なのにちょっと目つきが悪いだけでコレか? どうせ偉ぶんなら、誰に対してもそうしろってんだ。


「どいてくれるよな? ジョーシキとかちゃんとある大人なら」


「あっ……う……」


 そうこうしている内に電車が次の駅に止まり、中年はへなへなと、腰が抜けたような足取りで車外へと逃げ出して行った。

 まったく。あたしも人のこと言えたもんじゃないが、あんな大人にはなりたくねえなって思う。


「ほら白川」


「ひぅ……!」


「…………」


 が、結果として開けてやった席もこれだ。

 今度はあたしが怖がられる番で、まるで無理やりそうさせてるみたいに、おそるおそると着席する。


「美鈴、そういうわけだから」


「ちょ……ちょっと美鈴さん!?」


 ……まぁ、でもこれもある程度は織り込み済みだ。

 美鈴に後のフォローを任せ、あたしは一人隣の車両へと歩き出した。

 

 そんなことがあって、結果としてそれが最後の班行動だった。

『電車で客とおたくの生徒にトラブルが』って通報があったらしく、すぐさまあたしは篠沢に呼び出され、まったく解けぬ誤解に苦労する羽目になった。


「なぁ宮下、正直に言ってくれ。でないと言い訳が思いつかない」


「さっきから正直にしか言ってねーよ」


 だから帰りのバスも篠沢の隣。


「宮下が素直になってくれないと上も納得してくれないし、先生も残業になってめんど……心が苦しいから」


「おいコラ。面倒っつったか? 面倒っていいかけたよな?」


 あきらかに面倒ごとを嫌っていて、途中からは隠す気もなかった。

 

「宮下、自首すれば罪が軽くなるぞ。いや本当に」


「教師やめちまえ」


 挙句の果てにはそんなことまで言われた。

 頭湧いてんのかこの男は。


「ったく……」


 しかし、それだけあたしが学校から信用されてないってことだ。

 オオカミ少年はオオカミ少年になっちまった時点で詰んでいる。これまでの積み重ねとか、そういうもんが大事だってことは、あたしにだって理解出来てる。

 そういう意味ではこんなんでも――面倒くさいことをしたくないという本心は見え隠れするものの――良心的な方であり、ずっと篠沢は『事を荒げぬ方向』を模索してくれていた。


「もうなんだっていいわ。で、あたしはどういう風に言い訳すりゃいいんだよ?」


 投げっぱち気味にそう言ってやると、篠沢は「ようやく素直になってくれたか!」と頬を緩ませた。

 単なる面倒くさがりかと思えば、とんだタヌキである。

 そのことを強く自覚したのは学校に帰って、教育指導室にいた先公に対して、打ち合わせ通りの言い訳をした後のことだ。


「な? 先生の言った通りだったろ?」


 と、すっかり暗くなった校舎でも分かるくらい、篠沢は得意げにドヤる。

 軽い小言だけで停学も補修もなし。

 結果だけを見ればパーフェクトだが……やっぱり教師やめちまえって、あたしは思った。

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