邪魔者


「えぇと、宮下さん? サイズとかキツくないかな?」


 コースターに乗り込んだ後のこと。

 隣に座る阪井が、係員から手渡された雨具に関して言う。


 ……宮下さん、か。

 これまでのコイツを見てる限り、クラスメイトの誰に対しても呼び捨てだった筈なんだけどな。


「大丈夫だよ。ちゃんと着れっから」


「そ、そうか」


 と、それ以降は前を向いて、あたしの方には振り返らなかった。

 結果的にだけど、出汁にしちまった不幸な隣人に申し訳なさを感じないでもない。

 

 だからあたしも前方――美鈴の方に向き直り、見るからにガチガチな彼女を見守る。

 折角隣にしてやったんだし、建設的な会話ってもんを期待しつつ、


「うわぁ……ここから見ると、結構高そうだね?」


「ハ、ハイ、ソウデスネ」


「ちゃんとフードも被っておいた方がいいよ。波しぶきとか激しそうだし」


「ハ、ハイ、ソウデスネ」


「あの、西雀寺さん? さっきも言ってたけど、やっぱり高い所って駄目?」


「ハ、ハイ、ソウデスネ」


 駄目そうだった。

 あっちはあっちで――あたしとは違う意味で――気を遣われてんのに空返事しか出来ちゃいない。

 たぶん頭ん中がパニックなんだろう。まったく、何の為に隣の席にしてやったんだか。


「…………」


「…………」


 その一方であたし達二人は無言。

 別に因縁があるとかそんなんじゃない。話したこともない相手に対して、話すことがなければこんなもんで、向こうが話したいと思ってなかったら尚更のことだ。


 ――ガコン。


 やがてつっかえが外れたのか、ゆっくりゆっくりとコースターが動き出す。

 徐々に徐々に、傾斜へと差し掛かるにつれ、それは加速度を増していく。

 キャアキャアと喚き立てる他の客とは裏原に、あたしの隣は静かなもんで、声を発することすら躊躇うような緊張感があった。


「アイッタアアアアアア!?!? 目が!! 目が!? 海水が目にぃぃ!?!?」


「さ、西雀寺さん!? だからフードを被ってって言ったのに!!」


 一方で、見守っていた前方からは悲鳴が上がった。

 美鈴だ。わざとらしく悲鳴を上げて抱き着くどころか、野太い悲鳴を上げながら目を押さえている。

 何やってんだあの馬鹿はと、あたしは激流の中でも肩から力が抜けそうになってしまった。



「ねぇねぇ! 次はこことかどうかな?」


 と、そんな大失敗から三十分後。

 次の提案をしたのは村田であり、あたしはそれに耳を貸す。

 全身びしょ濡れになった美鈴が「やっぱり着替えが必要だったではありませんか」だなんて、つんつんとあたしに愚痴を吐いてんのは無視しつつ。


「なんだこれ? お化け屋敷か?」


「巨大迷路っぽい感じもするかな?」


 外観そのものはおどろおどろしい洋館でありながら、中は細かく区切れられた壁の数々に、阪井と藤木が言う。


「両方だって! ゾンビとか幽霊とかがわーっと出てきて、中もちゃんとマッピングしないといけないくらい複雑で、あと謎解きとかもあってね!」


 要は欲張りセットということらしい。

 

「こういうのって、なんか浪漫があっていいよね……! 昔のバイオハザードみたいっていうか、こう、痺れるもんがあるよね……!」


 と、謎に力説しだす村田。

 分かるような分からんような。


「うん……! 分かるよセリカちゃん……!!」


 謎にぎゅっと拳を握る白川。どうやら分かる奴がいたらしい。

 前から思ってたけど、こいつらのグループってどういう集まりなんだ?


「ふっふっふっふ……」


 一方でそんな二人と藤木達の後ろで、美鈴は怪しげな笑みを浮かべていた。

 

「ありがとうございます村田さん」


 と、たまたま見つけたような口ぶりだったが、これも事前に何かしらの打ち合わせがあったことが窺える。


「今度はなに企んでんだよ」


「それはもちろん――」


 あたしがそう言うと美鈴は『よくぞ聞いてくれました!』と言わんばかりに詰め寄ってきて、


「『きゃあ! こわーい!! だきつきっ!』作戦ですわ」


 ビックリマークとヒソヒソ声を器用に両立させ、文字だけで容易に中身が理解できる、慎重さとインパクトと簡潔さアグレッシブとを兼ね備えた、知能指数0の作戦名であった。


「要はさっきと同じじゃねーか」


「同じじゃありませんわ。絶叫マシーンは一瞬ですけど、今度は猶予がありますもの」


「猶予の問題か? 踏ん切りの問題じゃねーの?」


「い、言いやがりますわね彩奈さん……。ですが見ててくださいまし。わたくしが華麗に、そして可憐に、藤木さんのお体にボディタッチする様を」


 なんてことを言って、意気揚々と『阿鼻叫喚! 恐怖の巨大西洋洋館!』(命名もまた欲張りセット気味だ)へと彼女は乗り込む。


 が、実際にそれがどうだったのか?

 これまでの彼女を見ていれば分かることだ。


「わっ!?」


「び、びっくりした……」


「結構本格的だよね」


「…………」


 などなど、結構おどかし要素が功名なお化け屋敷を、おそるおそる進んでいく先頭集団。

 その集団こと――藤木達の背後から、いまひとつ距離を縮められないまま、様子を伺い続けている美鈴がいた。


「おい美鈴。いつやるんだよ」


「つ、次にいきますわ……次こそは……」


 そんなことを言い始めて、脅かしポイントは次で六度目だ。

 三度目の正直もとうの昔に過ぎ去っている。


『ウボオオオオオオオオオ!!』


「わっ!?」


「ひいっ!?」


 やがて六度目が訪れる。

 突然ニュッと飛び出てきたゾンビ(のメイクをしたスタッフ)だ。

 見えぬ突き当たりから現れたこともあって、先導する四人はみんな肩をすくませる。


「――勝機」


 と、その瞬間だった。

 ようやく美鈴が目を光らせ、ババッとクラウチングスタートの構えを見せた。

 若干勢いがつきすぎるような気もするけど、そうやって藤木に抱き着く算段なんだろう。


 が――


「あー、びっくりした」


「ねぇー?」


「ほんと良く出来てるよな? すげえ雰囲気もあるし」


「う、うん。驚かすタイミングも、計算されてるよね?」


「きゃああああああ! こわ――あべしっ!?!?」


 藤木達が感想を言い合いつつ、歩き出した頃にようやく突撃して、美鈴は壁に激突した。

 何が勝機だ。

 判断が遅い。というか行動全般が遅い。


「さ、西雀寺さん!? 急にどうしたの!?」


「おぼっ……お、お星さまが、見えますわ……」


 そして藤木からすれば、急に奇声を上げながら誰もいない場所に駆け出したんだ。お化けよりもお前が怖いわって話だったろう。



「ここからは二人一組で進んで頂きます」


 そんなことがありつつ、半分くらいが過ぎた頃だろうか?

 暗幕で覆われる三つの入口を前に、首にパスを下げたスタッフが待ち構えていた。


 六人で来たなら二人ずつ。三人で来たなら一人ずつってな具合だ。

 恐怖演出として分断することを目的としているからか、必ずしも三つに分かれる必要はないみたいだけど。


「じゃあ組み分けはさっきと同じでいいかな?」


 律儀に藤木は提案する。

 グーとパーで決める感じだ。あたしは美鈴に目配せをして、美鈴もそれに頷き返したが、さっきよりも確立は低いと思った。

 だってもう入口は遥か向こうだ。それに村田も白川も自分から望んできたアトラクションだから、今更リタイアを言える空気じゃない。

 

「じゃあ西雀寺、よろしくな」


「はい、阪井さん……よろしくお願い致しますわ」


 だから望んだ抽選は外れた。

 美鈴は阪井とだった。あからさまにしょぼんとしている。


「よ、よろしくね藤木くん……! 楽しみ、だね……!!」


「あはは……白川さんって、こういうの好きだったんだね」


 白川と藤木。

 意外にも早く先が見たいと興奮している白川に、人並みにビビっていた藤木は冷や汗を流していた。


「あ、ああー……宮下さん、かぁ」


「…………」

 

 そしてあたしと村田だ。

 村田はさっきまでのテンションが、穴の開いた風船のように萎んでいた。

 顔は笑っていても目が笑っていない。無理に弾ませようとした声がぎこちなく詰まっている。


 うん……そろそろ頃合いだよな。


「悪いけどあたし――この辺でフケさせてもらうわ」


 だからあたしは言った。

 他の五人が全員、特に美鈴がぎょっと目を見開く。


「眠いし、ダルいし、点呼があるまで適当なとこで寝てっから」


 あたしは横目で非常口を見る。

 途中でギブアップをする客向けに作られた道だ。


「別に二対三でもいいんだろ?」


 それからスタッフに尋ねると、彼は虚を突かれたように「え、ええ」と頷き返す。


「じゃあ村田は阪井のところに行ってくれ。そんでもって白川よお?」


「は、はひっ!?」


 次にそう言って、白川がびくっと肩を強張らせる。


「どうせなら村田と一緒の方がいいだろ? 何時もつるんでんだからな」


「あ、そ、その……はぃ」


 半ば脅すような形になってしまったが、白川は頷いてくれた。

 これで1対4の組が出来上がる。


「おっと、これじゃあ藤木が一人になっちまうな」


 あたしはわざとらしく、今しがた気付いたかのように続ける。


「だから美鈴。お前が藤木と一緒に組んでやれや」


「え――?」


「いいな? それでいいよな? 他の連中も異論はないか?」


 美鈴が驚いている内に、あたしは他の四人に同意を促す。

 我ながらとんだ力業で、最早グーとパーで組んだ意味など欠片も残っちゃいない。


 でもそれがあたしに出来る、この遠足における最後の助け船だった。

 阪井も村田も白川も、あたしに睨まれて反論することはなく、こくこくと頷き返した。


「じゃあそういうわけだから。集合時間になったらまたな」


「ちょ、彩奈さ――」


「美鈴」


 後ろ手を振って非常口へと向かう最中、美鈴が何かを言おうとしたから、あたしは目で訴えかける。

 ここから先はフォロー出来ないけど、ちゃんとやれよって意味を込めたつもりだった。

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