邂談〜しんぶつまみえて〜
阿炎快空
序章
〝親の心子知らず〟とは良く言いますが——子供の心だって、親にもそうそうわかるものではありません。
ましてや、それが継母であれば尚更というもの。
今回お話しするのは、そんな物語です。
え?
私ですか?
ふふ——名乗るほどの者では御座いません。
単なる狂言回しでございます。
さあて——まず登場するのは、一人の男。
名は
怪談師というのは、夏の暑い時期に人を集めて、幽霊話や妖怪話といった、
この男の元に、一人の老紳士が訪ねて来るところから、この物語は始まります——
その執事然とした格好の老人は、一人、屋敷の廊下を歩いていた。
髪は白く、頭頂部はだいぶ薄くなってはいるものの、背筋は真っ直ぐに伸びている。
案内をしてくれていた筈の着物の女は、ふと目を話した隙に、まるで幽霊のように姿を消してしまっていた。
仕方なく、事前に言われていた通りの順路で、目的の部屋の前まで辿り着く。
中にいるであろう人物に声を掛けようとした、丁度その時——
「お入りください」
声と共に、襖が開いた。
部屋の奥では、男が
薄茶色の着流しに紺の羽織。顔には眼鏡を掛けており、右腕にはびっしりと包帯を巻いている。
如何にも
老人は、一礼をして部屋へ足を踏み入れた。
部屋に居るのは、老人と眼鏡の男の二人だけだ。
それでは
いや、考えるのは後だ。
老人は頭を掠めた疑問を振り払うと、あくまで平静を装って口を開いた。
「鶴泉南雲様ですね?」
「如何にも。貴方がご連絡いただいた――」
「はい、
「さて、僕に相談事とは一体何でしょう?」
「あやかし退治でございます」
「退治とはまた物騒な。僕は一介の怪談師ですよ。訪ねる相手をお間違いでは?」
成程、噂に聞いていた通りの男だ。
南雲の腰の重さに関しては、板倉も事前に把握していた。
「貴方様が本業の傍、怪事件の数々を解決しているのは存じ上げております」
「あやかしなんてものは存在しない。僕が語る怪談はあくまでフィクション、作り話だ」
申し訳ありませんが——と、全く申し訳なくなさそうな口調で南雲が続ける。
「僕は忙しいんだ。お引き取り願えますか」
しかし、板倉は帰らなかった。
彼には、南雲に対する〝切り札〟があったからだ。
「鶴泉ゑい――貴方のお師匠様ですね?」
やや間があって——南雲は、ようやく顔をあげた。
「師匠の名をご存知なんですね」
「ええ。私が使えております奥様が、ゑい様とは旧知の間柄でして――
「……」
「〝また何かあった時には自分を頼れ〟と、生前のゑい様に仰っていただいたそうで」
そこまで聞いて。
やれやれと呟き、南雲は、ぱたんと本を閉じた。
「巡業が近いというのに……師匠の名前を出されては、引き受ける他ありませんかね」
心底迷惑そうに言って立ち上がる南雲に、老執事が
「車を用意しております——奥様がお待ちです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます