3 緑の町

(場所が特定されないように、表現に若干ぼかしをいれております。ご了承くださいませ。)



たしか、私が高校を卒業してすぐだったので、今からもう10年前のことだったかと思います。


春の、晴れた心地が良い日でした。


進学先が決まっていて気楽ではあるけれど、

学生時分でお金がなく、遠出することもままならなかったので、

私はよくまだ期限が切れていない定期券の範囲内でお出掛けをしていました。



あらかた遊び尽くしてしまったので、

今日はどこにいこうかと考えあぐねていたところ、ふと、通学中の道すがら大きな鳥居があることを思い出しました。



通学路から見える大きな鳥居は、いつも目についていましたが、近くまで行ったことがありませんでした。


近くに大きな神社があるなんて話は聞いたことがなかったので、とくにお参りすることもしてきませんでした。



一日中暇であるから、今日はその辺りを冒険してみようと決めて、意気揚々と出掛けました。




普段は自転車で駅に行きやすい、開けた大きな通りを進んでいくのですが、この日は鳥居があるであろう、少し細い道を歩いていきます。


歩いて数十分経った頃です。


普段は頭しか見えない鳥居の全体像が見えてくると同時に、辺りが暗くなってきました。



空は相変わらず青く白い雲がポツポツと浮かんでいて、太陽が隠れた様子もないのに、

まるでここだけ幕がかかったように暗いのです。



変に高い建物が多いから、きっと日が入らないのだろう。


何十分もかけて来た道を何もせずに引き返したくはなく、そう自身を納得させて歩みを進めました。



鳥居の前まで来たとき、違和感がありました。



通常、鳥居があればその先にお社や社務所など、何かしら神社の存在を感じるものが見えるはずです。


ただ、不思議なことに、その鳥居の先はいたって普通の田舎町でした。


木造作りの平屋がぎっしりと隙間なく建てられた住宅街で、どれも扉と窓がぴったりと閉められており、全体が古びていながら生活感が全くありません。



ここには誰にもいないのかな、そんな疑問を感じつつ、私は恐る恐る鳥居をくぐりました。



その瞬間です。


音にするなら、ぐにゃん、という感じでしょうか。


しばらく雨が降っていないはずなのに、

湿り気のある空気がまとわりついてきて、

より一層暗くなりました。



そして、驚くことに

辺り一面の景色が一瞬で緑色に変わったのです。



それは、葉のような優しい緑ではなく、

何年も放置された藻が繁殖した水槽みたいな、濁った緑色の液体の中にいるようなものでした。


同時に、誰もいないのに、いたるところから視線を感じます。



ただ、

今、すぐこの場から出ていったら

何かに目をつけられる、

異変に気づいたと何かに悟られたら

私の身にまずいことが起きる、

と直感で何故かそう思い、

私は深く息を吸わないように、

足を止めないように細心の注意を払いました。



この地の余所者だとバレてはいけない。



そんな緊張感のなか、足を進めました。



しばらく進んでいくと、恐らくお地蔵様が祀られているであろうとても小さな祠がありました。


信心深い方なので、そういったものがあれば足を止めるようにしているのですが、今回ばかりは前を通りすぎました。



その途端、重い空気はそのままに、

緑色だった景色が次第にはっきりと見えるようになり、

私は、何故かそれが、監視の目から外れたと感じて、ようやく踵を返して入った鳥居まで戻り、その場から去りました。



暫くは肺の中にあの湿った空気が溜まっているような感覚があったのですが、

開けた大通りに出た途端、それらがすっと抜けて呼吸がしやすくなり、体が軽くなりました。



それから何があったとか、そういうことはないのですが、

景色が一気に緑色に変わったあの光景のインパクトが強く、

今でも不思議な体験として忘れられずにいます。


大人になった今行けば、違った視点で見られるかもしれませんが、どうも深掘りする気にはならず、再び鳥居をくぐったり調べたりすることは出来ていません。



ただ単に、そこの氏子でないから歓迎されなかった可能性もあるので、

一概に変な土地とは言いきれませんが、

いったいあそこは何を祀ってらっしゃる所なのかなと、気になるばかりです。

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