第25話 真実告知

 医療施設の搬送部隊が到着して直ぐに司と綾人をヘリコプターが待機する場所に移送して緊急搬送され、機内では酸素マスクや出血に対する手当と同時進行で司への心臓を正常に戻す処置がおこなわれていた。

 

「あと数分で着きます。頑張って下さい!」自衛隊の方々は、ずっと声をかけ続けてくれている。


「神様、お願いします。助けてください」綾人は紫色になった司の手を見ながら手を合わす。

 

 ──ふと、窓の外に琵琶湖が見えた。

 まるで、お風呂の栓を抜かれたように、本来あるはずの水がなくなって底まで見えている。水の溜まっていないダムのようになった琵琶湖は所々、地下に繋がる穴が開いていた。

 常識では考えられない光景を見て思う。


 ──ああそうか、もしかしたら全て夢なのかも知れないなと。

 そうだよ。こんな事起きるわけないじゃないか。

 それにしてもリアルな夢だ。離れた山からは煙をモクモクと上げているのを見て台風の後、噴火を起こしたのはこの山かと冷静に判断する。

 いたるところに台風や地震、火山による爪痕があるのが分かる。道路には亀裂がはしり、土砂崩れもあちこちで起きているのが見えた。

 こんなのおかしいって、夢に違いない。目が覚めたら家にいて家族四人で笑って話して過ごせるはずだ。

 

 ──そう思いたいのに、電気ショックによって倒れている司の体が一瞬ビクッと動く度に現実に引き戻されてしまう。  

  

 病院のヘリポートには職員が既に待機して、司の身体を迅速に運ばれていく。

 綾人は後ろから追いかけようと看護師の静止を振り切って、無理やり司の手を握り、何度も何度も必死で声をかけ続ける。

 

「死なないでお願い!」

 

 そして、手術室の前で体を抑えられて司と手が離された。

 

 ──手術室のランプが消えるまで時間はどれくらい経ったのか、この時から記憶は、あまりはっきりしていない。


 扉から出てきた医師は、うかない顔をして何か話していた気がする。

 廊下の椅子にずっと俯いていて腰掛けていた俺の横に、気づいたら、かーちーと茉莉がいて肩を寄せ合って三人で泣いていた。その涙は、互いに生きて再会した涙だけでなく、悲しい顔の涙でもあると分かって、ようやく、とーちーの“死”を受け入れると、目の前が真っ暗になって俺はその場で倒れ込んだ──。


 家族と再会、地底での疲労、とーちーの“死”。全てが重なって心身ともにパンクして倒れた綾人が目を覚ますと政府が用意した病院に入院することになっていた。

 何せ、琵琶湖の底の下からの帰還者であり。未知の生物との遭遇。色々、国家秘密にしておきたい事もあるのだろう。

 だから入院中は一人でいることが多く、カウンセリングや検査を受けた後は腑抜けたように、ぼんやりと終わる一日を多く過ごした。


「今日は雨が降っているのか……」

 

 俺が望んでなくても、涙で前が見えないと言っていても、良くも悪くも時間というのは、こちらの都合を気にせずに、無気力だった自分を明日に向かって無理やり引っ張ってくれるのが、とても有り難かった。

 とてもゆっくりと少しずつ、窓にあたった雨が水滴となって張り付いて下に流れ落ちていくように──。

 

 ──何週間か経ったある日、病院のベッドで寝ていると部屋をノックの音がして目を覚ました。

 

<コンコン……!>


「うん……何だ……」


<コンコンコン……!>


「はい!」


<コンコンコンコン!>


「えっ!?」


<コンコンコンコン! コンコンコンコン!!>


「な、なんだ!!」


「どおりゃ──!  大きな声で返事をしろぉ、綾人ぉ──!!」ドアを勢いよく開けて中に入る天真爛漫な姿。


「わわっ、茉莉!?」


「綾人、元気出た──!?」


「こらこら……茉莉、お兄ちゃんはまだ完全に回復してないんだから……」菜桜子も茉莉に続いて後ろから入ってくる。


「かーちー……」

 

 俺が他愛無い世間話が続くまで、回復したのは時間と家族の存在のおかげだった。

 テレビでは連日、琵琶湖の様子が映され、あることないこと放映しては特番を組んでいる。

 なにせ琵琶湖の水がほとんど流れ落ちる巨大な地下空洞があり、そこで救出された子供ということでマスコミがこぞって俺にコメントを求めようとしてくるのだ。

 ただの小学生なのに囲み取材でも受けたら、神経を病んでもっと長く入院するかもしれないと思うと、政府はプライバシー保護を理由に上手く匿ってくれていると感じた。


「ねえねえ綾人は、まだお家に帰れないの?」

 

「毎日いろいろ検査とか受けてたけど、 今度の土曜には退院できるみたいよ」

 

「えっ! それ、ほんと!?」綾人は驚いた顔をする。

 

「ついさっき先生に教えてもらったのよ」

 

「やったね綾人」

 

「やっとここから出れるのかー、 長かったような短かったような……」


「帰ったら残りの夏休みの宿題もしないとね。」


「えー嘘だろー。こういう時でも宿題ってするの?」


「そうね。やらないクセより、やるクセをつけるためにもしないとね」菜桜子の説明に渋々納得して、そういや作文がまだだったっけと思い出した。

 

 その会話を聞いて気落ちする綾人を励ます様に茉莉が話しかけてくる。


「ねぇねぇ、綾人聞いてー。テレビでさ、私達がいた所をね”チャイルド・レイク”って言ってたよ!!」


「”チャイルド・レイク”だって、なんなのそれ?」


「うーん、茉莉わかんない」困った顔をする茉莉の手助けをかって出るように菜桜子が話す。


「滋賀県では、よく琵琶湖を”マザーレイク”って呼んでいるの知っている?」

 

「あー、なんか聞いたことある気がする」


「琵琶湖の下で育った、地下空間を子供と見立て、“マザーレイク”の子供だから” チャイルド・レイク”って名付けたみたいよ」


「ふーん……”チャイルド・レイク”か、とーちーみたいな発想だな……」


「────」三人の間に沈黙が生まれる。


「綾人、心の方はもう落ち着いてきた?」

 

「うん……。忘れることはないけど、時間が、少しずつ癒やしてくれた」綾人は自分の両手を組み直す。

 

「だから……、聞かせて欲しいことがあるんだ。かーちー、俺と茉莉の生立ちのことを」


 長い沈黙──

 

 菜桜子は綾人茉莉を交互に見る。

「わかったわ……二人とも、ややこしくて少し長くなるけどいい?」


「うん……」綾人と茉莉は真剣な顔で同意した。

 

「今から十年以上前の話よ……」

 

 そういうと、窓の側に立つと菜桜子は遠くを見つめ、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた──。

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