四章

第28話 ミミズクの悪魔

 志島たちは他の教師が回収するだろうということで、わかりやすく岩場の一か所に集めると鎖で縛り付けたまま放置した。


 閏たちは他の人間にアイテムを使っているところを見られないよう、西側のチェックポイントの先にあった小高い山の頂上まで登り、召喚獣たちに四方を警戒してもらいながら、いよいよケツァルコアトルの卵を使おうとしている。


 しかし、アイテムを使う前に閏は考えていたことをみんなに聞かせた。

 

「志島たちに武器を与えたスポンサーは十中八九魔女だろうな」


 目を見開く優太は志島の使っていた武器の強力性を思い出したようだ。


「んじゃオレたちの妨害をしていた真の敵は魔女だって言うのかよ」


 頷く閏は続きを話す。


「おそらく志島たちはケツァルコアトルの卵の回収を命じられていたんだ。その条件と引き換えに魔女の作った魔法弾の込められた武器を与えられたのだろう」


 早くアイテムを使いたいのか球体を撫でまわしている忠國も同意を示す。


「魔女様が堂々と課外授業に参加するわけにもいかんからな。魔女様たちにとって最も恐れているのは魔人様に魔女族という種族全体が魔人の正義に反していると認識されることだ」


 どれだけの魔女が今回の作戦に協力しているのか、それはまだわからないが。


「脳三先生の言うとおりだ。父上が腰を上げたら魔界から戦闘に特化した部隊が送られてくる。魔女族程度の弱小種族じゃ生き残れないだろうな」


 しかし、今回最も奮闘していたことりはご立腹だ。


「だったら最初から部隊を送りなさいよ!」


「ことりちゃん、人間族に自衛の手段を持たせるのも魔人の正義ですよ」


「残念ながら美也の言うとおりだ。この程度の相手に躓いている俺が至らないのであって、父上の失策ではない。ことりにも理解してほしい」


 むすっと膨れたことりだが、一応は納得したようだ。


「だが、魔女も最初から二重で策を講じている。志島たちが滞りなく卵を手に入れてもよし。もしも負けても能三先生を個人的に呼び出しているだろ。卵を持って来いと注意書きも添えて」


 美也もその意見に同意するように頷いた。


「ですが、卵を使うなとは書いてありませんでしたわね」


「そこなんだよな。一度使えば数日間は使えなくなると思うのだが、魔女は卵を何に使うつもりなんだろうか」


 しかし、考えているとユナが急かす。


「ねーねー、それより悪魔を呼び出そうよ。ユナ早く質問したい」


「そうであるなユナくん! 生徒が望むのであれば仕方ない! いざ! 召喚!」


 忠國が球体を持ち上げ召喚用の魔方陣を展開すると、球体から白い煙が噴出した。


 煙と変わった球体は徐々に姿を形どっていく。


 牛の角が二本突き出るように生えた王冠をかぶり、小児サイズのミミズクに似た悪魔が現れた。


「おおおおおおお! ついに出たぞ! これが上位悪魔! 漲る悪意! 悪の権化だ!」


 愛らしい見た目からは、そんな悪意は感じ取れない。忠國以外の他のみんなも同じようだった。


「悪魔さん! セツナはどこですか? セツナに会わせてください!」


「行方不明になった他の人たちはどこに行ったんだ? 無事なのか? 答えてくれよ!」


「美也の大事な相棒だった召喚獣はちゃんと天国に行けたの? 苦しんでない?」


「みなさん、落ち着いてください。いっぺんに聞いても困らせるだけです」


 しかし、美也に咎められてもユナも優太もことりも早く答えをよこせと鬼気迫る様相だ。


 やがてミミズクは翼を広げて一声鳴いた。


「ほっほう、セツナは中華鍋の中。タケノコと一緒に炒められた。おそらく酢豚だ」

「ええええええ!? 酢豚!?」


 なんて阿呆な回答なんだ。


「ほっほう、行方不明になった人は海に捨てられた。今頃はクジラの腹の中」

「んな!? 助けられなかったのかよ!!」


 無くはないが、学園都市近郊の海にクジラはいないだろう。


「ほっほう、馬鹿め!! 天国などない!!」

「なによこの悪魔!!」


 実に悪魔らしい回答だった。閏は忠國の方へ振り返る。


「脳三先生、どういうことですか? 回答に信憑性がありませんが」


「この悪魔は私の使役しているフルフルの上位体でな。このまま聞いても嘘しか言わないのだ」


「脳三! どういうことよ! ガセネタじゃない!」


「拳を振りかぶるな! このままではと言っただろう! ちゃんと準備してある!」


 そして忠國はようやく背中に背負っていた風呂敷に包まれた荷物を下ろす。


 風呂敷を外すと中から出てきたのは身の丈ほどもある大きな鏡だ。


「こいつを、よっと、悪魔様の目の前において、悪魔様の姿を鏡に映すのだ」


 忠國が運んだ姿見はミミズクの前に置かれた。すると、また翼を広げて一声鳴いたが、先ほどはしわがれた老人のような声だったのに、今度は綺麗な高い声に変わっている。


「ほっほう、セツナは召喚学校の本校舎に張られた異空間の中にいる。七人の魔女がセツナと繋がり、『ガフの部屋』には戻れない」


「閏! 聞いた!?」


「ああ、敵の数はこれで判明したな。残る魔女は七体だ」


 今度は場所も正確であるし、明かしていないユナの正体も言い当てている。信用できる答えだろう。


「ほっほう、行方不明者も異空間に捕らわれている。しかし、異空間の中は時の流れがこの世界の十分の一のスピードでしか進まない。十分、助けられる」


「いよっしゃあああ! 助けに行こうぜ時十!」


「もちろんだ。だが、情報収集と準備を怠るわけにはいかない」


 自分自身と見つめ合う悪魔はさらに言葉を続ける。


「ほっほう、魔族の魂は魔界に全て還る。いずれまた魔族として生まれるために。縁があればまた出会うこともあるだろう」


 まるでことりの方が大切な召喚獣を亡くしたかのように美也に抱きついた。


「美也~! よかったね、また会えるよ! 絶対会える!」


 涙を浮かべることりを見て、美也は嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。ことりちゃん。でも、わたくし、出会えなくても幸せですよ」


 ことりを抱きしめる美也は本当に幸せそうだ。


「それじゃあ、俺からも質問だ。魔女たちはどうやって『ガフの部屋』のブービートラップを突破したんだ?」


 ミミズクは二声鳴いた。


「ほうほっほう、魔人の息子よ、それは答えられない。魔導具に関する情報は秘匿とされる」


 確かに納得できる話だ。このアイテムがあれば全ての魔導具の秘密が明かされる、なんて話があるならこの悪魔は魔人の正義に反することになる。


「では、ヒントくらいは与えてもらえないだろうか?」


「ほっほう、『見ると死ぬ部屋』の噂に関しては答えられる。見てはいけない、それはなぜか。そこに秘密があるからだ。秘密が無くなれば見ても問題ない」


 直接『ガフの部屋』の攻略に関わるヒントでもないし、悪魔が答えられるのはここまでか。


「では次は私だ! 悪魔と結婚したい! 紹介してもらえないだろうか!」


「脳三! あんた何しに来たのよ!!」


「婚活だ!! 私は二十四だぞ!! 結婚を夢見て何が悪い!!」


 大人の切実な願いという奴だろうか。しかし、悪魔を相手にまともな結婚生活が送れるとも思えない。


「ほっほう、魔界の広域ネットワークで探せばいい。女性で人型の悪魔は多くいる。大抵が、人間の魂を食らうタイプだ」


「死にたくはないんだよおおおおおおお!!」


 捕食者と獲物の恋はなかなか難しい。


「せめて魔女様の連絡先だけでも!!」


「脳三先生、諦めましょう。魔女も人間の魂を魔法薬の材料としか思っていません。魔族でよろしければ比較的友好的な妖精や精霊なら」


「悪意が無いではないか!!」


 どうしろというのか。その悪意のせいで婚活を進められないのに。


「すみません、脳三先生。俺の質問を先にさせてください」


 閏は保健室での樹の話を思い出していた。


「これは、ヒントでも構いません。『目に映ることなく、目で見る方法』を教えてください」


 するとミミズクは目を見開き、対面している鏡に渦巻く靄が現れた。


「な、なんだ? こいつ様子が変だぜ?」


「未来視だ。今この悪魔様は未来を見つめていらっしゃる」


 しばらく血走る瞳で靄を見つめていたミミズクは、体を痙攣させながら答えた。


「キイイイイイイ!! 温泉だ! 温泉に入れ! 露天風呂だ!! 男は全員入れ!!」


 ガクッと首が折れたのかと思うほどミミズクの首が傾いた。白目を向いて気絶している。


 そして、煙に包まれると、ミミズクは元の光彩を放つ球体に戻っていた。


「消えちゃったよ?」


「未来視で魔力が尽きたのだろう。これは私が預かっておく」


「脳三、まだ諦めてないのね……」


 呆れることりだが、隣で美也も残念そうにしている。


「露天風呂に入れるのは男性だけですか。せっかくなのでわたくしも入りたかったです」


「ユナも温泉入りたーい」


 なぜ温泉がヒントになるのかわからないが、未来で何かが見えたのなら、行かないという選択肢はない。


「美也も来てくれるのか?」


「ここで聞かれるなんて悲しいですよ。時十さんはことりちゃんもわたくしも助けてくださりました。ですが、恩返しではありません。わたくしたち、仲間ではありませんか」


 素直に嬉しかった。


「美也が仲間だと言うなら、あたしも当然仲間よ。大体ユナちゃんの家族探しは最後まで付き合うと最初に言ってあったでしょう」


 ことりに仲間と認めてもらえるのも嬉しく思う。


「脳三先生、近くに露天風呂はありますか?」


「あるぞ。バスに戻ろう。東側の山のふもとに良い温泉宿があるのだ。熱々の悪意を全身に浴びに行こうではないか! ひひゃひゃひゃひゃひゃ!」


「……女子と混浴とか。いやいやいや、何を考えてるんだオレは!」


 ある意味、欲望という悪意が噴出しそうな温泉を目指して、閏たち一行はバスまで戻った。


 バスに乗り込むころには空も茜色に変わっていた。露天風呂を楽しむにはちょうどいい時間帯だろう。



☆☆☆


次回、みんなで温泉回! お楽しみに(*'ω'*)



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