第17話 魔女との戦い

「いい加減、鬼ごっこはやめないか」


 校舎の裏まで魔女を追い詰めた閏は箒に横座りする妖艶な美女に声をかけた。


「少しは遊べるようやねぇ。しかして、魔人の息子一人ではあてらには勝てないんじゃないのかえ?」


 残念ながら魔女の言うことは正しい。百体の魔女とは勝負にならない。


 だが、どんな状況でもブレない忠國が恐れずに魔女に問いただす。


「麗しい魔女様、どうか私共愚民にも魔女様がなぜこのような悪意を策略したのか、理由をお聞かせ願いませんか?」


 魔導具『ガフの部屋』を狙う理由は閏も知りたかったことだ。


「うむうむ、能三は可愛い子よ。理由くらい聞かせてやろうかねぇ。まぁ簡単な話やよ。能三はかつて世界を滅亡寸前まで追い込んだ邪神の正体を知っておろう?」


 忠國の異常なまでの魔族愛は交渉の役に立っていた。


「はい。邪神様とは魔人の進化の最終形態。つまり、ここにいる時十閏のひいおじいさんであります」


『貴様は進化の一つも出来ていないがな』


 麦虎から厳しい指摘が飛んできた。ぐうの音も出ない。

 

「よう勉強してはる。さすがは教師やわ。邪神を打ち倒したのは息子の魔人やったね。そこの坊やのおじいちゃんやの」


 わかっていると閏は頷いた。


「それは知っている。全ては俺たち魔人一族の失態だ。過去のことを責められたら詫びる以外に方法はないだろう。だが、爺様も父上も過去の過ちを二度と繰り返さぬよう厳しく一族にも世界にも魔人の正義を定め守っている」


 いつのときも生活のすべてに魔人の正義があった。それらは全て世界と人々と魔族を守るための定めだった。


「それやよ、魔人の正義。まさしくそれがあてらの不安要素や」


「と、言いますと?」


 忠國も言葉の意味が分からないと首を傾げた。


「口約束に過ぎひんやろ。いくら厳しく定めようが、邪神が再び復活しないとは言い切らへん」


 その言葉は閏の心を引き裂いた。


「そんなことはない! ただの口約束なもんか!! だって俺の母上は……!」


 ただの口約束であれば、父上は母上を殺すことはなかったかもしれない。


 だが、そう思うと心が揺れてしまう。正義を貫いたから母上は殺されたのか。


 正義とは、大切な家族を殺す理由にまでなってしまうのかと。


「閏? 母君がどうかしたのか?」


 トラウマを克服できていない閏には答えが見つからなかった。


「……いえ、なんでもありません」


 結局、何も言えず、魔女の言葉を聞くしかない。


「あてら魔族は召喚獣という形で人間族とも表面上は仲良くしてよります。しかし、魔族の本質は破壊衝動。召喚獣として契約しようが良い子になるとも限らへん」


 魔女の持論に真っ向から対立したのは忠國だった。


「そんなことはありません! 私は魔女様の破壊衝動も愛せます!! 私は魔族の悪意を愛しているのです!!」


 真っ直ぐな忠國の言葉は意外なことに魔女の心を揺さぶっているようである。


「……ほんに、能三はおかしな子じゃ。だがのうあてらは未来を憂いておるのよ。人間族と魔族は再び争い合うじゃろう。そして、世界には再び邪神が復活するであろうとな」


 閏は忠國のように相手の気持ちに寄り添うような言い方は出来なかった。


 違うものは違う。正しいものは正しい。定めを信じ続ける心は神を思う信仰心にも似ている。


 きっとたぶんもしかしたら、違うものが正しいのかもしれない。閏の心は揺れ動きながらも口から出たのは定型文のような否定の言葉だ。


「そんなことにはならない! 父上は決して邪神になどなったりしない! 俺だって邪神になるつもりはない!!」


「そうです魔女様! 人間族は魔族と永久に手を取り合うでしょう! 悲劇など起こらない!」


 忠國は魔族と人々を信じている。何が正しいのかわからない正義という言葉より、忠國の言葉の方が今の閏には信じられた。


「口では何とでも言えるものやろ。ほんにそう思っているのなら、あての悪意を受け止め切れるのかえ?」


 魔女から高密度の魔力の気配を感じ取った。攻撃の気配だ。言葉よりも実力行使に出たのだろう。


 一足飛びで閏の体は魔女へ近付く。反論する言葉を持ち合わせていなくても、ここにいる忠國や仲間たちを傷付けるわけにはいかない。閏は刀を振り上げ、横薙ぎに刀身を払う。


 しかし、魔女の黒く長く伸びた爪に斬撃は弾かれた。


「ほんに嘆かわしいわ……」

「勝手に嘆くな!」


 バックステップで距離をとった閏は再び刀を構え、手首の動きだけで刀身の向きを変えると、魔女の死角から逆袈裟斬りを放つ。


(仕留めた!)


 目の前では魔女の首に刀身が当たり、軌道は弧を描く。


 だが、まるで手ごたえが無い。質量の無い煙を切り裂いたような感覚だった。


「閏! 後ろだ!」

「っつ!?」


 忠國の声で咄嗟に身をよじり振り返ると、魔女のナイフのように研ぎ澄まされた鋭利な爪が制服の端を切り裂く。


「いつの間に……!」


『愚か者。あれほど精神攻撃には細心の注意を払えと言っただろう』


『三つ目の網の正体がわからなかったんだ! もうわかった幻覚だ! 次こそ仕留める!』


 防性魔法を編み直し、記憶の改ざん、異空間、幻覚を防ぐ魔法を構築させた。


 視界はブレていない。目の前にいる魔女は爪をくゆらせながら妖艶な雰囲気で立つ。


「おやめください魔女様!! 私は心からあなた様を愛せます!! あなたの悪意を私は愛しています!!」


 忠國の熱い愛の告白に魔女も少し気がそがれているようだ。魔女が得意としている火炎の魔法を放とうという気配が感じられない。あくまでも爪での攻撃に集中しているようだ。


 とはいえ実際、魔女の持つ長い爪で心臓を貫かれた方がダメージはデカい。


 閏は反撃される手を考えるよりも、自身の放つ確実性のある一撃に集中した。


 刀に雷撃の魔法を付与する。腰を落とすと紫電を放つ刀身を真一文字に払った。


 瞬間、ドスッドスッ! 正面から伸びた魔女の爪が閏の首と心臓を貫いた。


(幻覚!? 馬鹿な!?)


 一瞬前と魔女との距離が変わっている。閏の切っ先は魔女の体に届いておらず、伸ばした魔女の爪だけが閏の体を貫いていた。


「閏っ!!?」


 いつの間に来ていたのかユナが駆け寄ってくる。しかし、爪が引き抜かれた閏の体は地面に投げ出された。


「っく、くそ、ここで負けるわけには……!」


「閏! ユナを使って!! 契約だよ!」


 ユナの手が閏の手に触れる。古代兵器の力など体験したことないが、今はそれしかないと考える。


 閏は流れる血も気にせずに足を引きずって起き上がった。


「ユナ! 魔人の正義と共に!! 【ライズ】!!」


 その瞬間、ユナの体を紫色の煙が包んだ。


「なんとまぁ、『ガフの部屋』はこんなところにあったのかえ」


 閏の手にも収まり切れない大砲のような機関銃にユナの姿は変わった。


 肩に小型の大砲のような機関銃を背負うと閏は魔女に照準を合わせる。


『閏! 行っけえええ!!』


「喰らえ!! 【超次幻重力砲アブソリュート・カノン】!!」


 極太の光線が機関銃から発射される。


「うおお!!?」


 反動がすごすぎて閏は派手に転がった。


 地面をえぐりながら天まで伸びた光線は真っ黒の圧縮された重力に紫電が纏う破壊力抜群の弾丸であり、触れただけの校舎の天井は音もなく消えた。


 雲も割った光線を見て閏は古代兵器を安易に使うんじゃなかったと後悔した。


 しかし、行き過ぎた威力は魔女の戦意を喪失させたようだ。


「こら勝負になりまへんな。よろしいわ、一旦退かせてもらいましょ。忠國」


 魔女は最後に忠國に声をかけた。


「は、はい!」


「さっきの言葉、嘘じゃありまへんな?」


「心からの真実です!!」


 言い切った忠國の態度に魔女は満足したようだ。


「ええわ、忠國。あんたとはもう一度お会いしましょう。約束やで」


 それだけ言い残すと魔女は闇に呑まれて消えていった。



☆☆☆

忠國のラブコールは一応聞こえていたみたいです笑


次回は保健室へ(*'ω'*)



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