第16話 閑話 樹の思い
今夜は出かけてくると告げる女性に、樹は本から顔を上げることなく答えた。
「恵まれている者は正常に育つ精神と道徳が備わっている。そう夢想するのは心が貧しい者のひがみだと思わないか」
樹以外、誰もいないのをいいことに、保健室でコーヒーの芳醇な香りを楽しむ女性は口元に笑みを浮かべる。
私は恵まれているし、正常な精神と道徳をわきまえていると話す女性だったが、樹の本を見つめる目が殺意に滲んでいることに気が付き、言葉を付け足した。
とても恵まれているお友達に選ばれたことが不満なの? 女性はおかしそうにそう言った。
ふと思い出したように樹は本を閉じて、携帯端末を取り出す。
生徒IDを入力して表示された画面には閏の生徒情報が映し出された。
「……それほど恵まれていないようだよ。少なくとも迷いはなかった」
僥倖ではないかと言われ、樹が思い出したのは閏の弾むような瞳だ。
「抜け目の無いようで、まぬけだった。温室育ちとも違うような」
どうでもいいと突き放したいけれど、思い出すたびに、まぬけな顔が浮かぶ。
正義を振りかざしてくるなら戦うつもりでいた。しかし、閏が口に出したのは正義とは畑違いの芸術的なことだけ。
まさか、そう来るとは思わなかった。
「今日は来ないのかな……」
気が付けば、そんなことをぼやいていた。
女性に笑われる。会って告白でもするのかと問われて、それはないと返答した。
「決別以外の正義を見つけたわけじゃない。単にこれは、いわゆる友達付き合いだ」
閏のことを友達と認めた樹自身が一番驚いていた。
☆☆☆
一応補足ですが、女性は夢想とかじゃなくて実在しています!
これは保健室での会話ですね。真相は後半で!
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