第8話 見せてくれ!! 

 やがて夜になり、校舎の中から人の気配が無くなる。


 閏は昼間のうちに見つけておいた屋根裏部屋で身を隠し、夜を待っていたがようやく動くときが来た。


 まずは最上階の四階から、昼間は入れなかった校長室など普段生徒が立ち寄らない場所から探してみようと思ったのだが、


「んん?」


 コツコツコツ……と、ヒールの歩く足音が響き渡る。


『誰かいるようだな』


 麦虎のいう通り、午後二十二時を回っても四階に用がある人間がいるらしい。


『扉の奥で隠れて様子を見よう』


 閏は近くにあった用具室の中へ麦虎を連れて中に入ると、扉を少しだけ開けて廊下の様子を見ていた。


 やってきたのは閏と年も変わらなそうな少女だった。しかし、単なる少女ではなく、物理的に発光するほど輝くとびきりの美少女だ。


「んな!?」


 思わず声が漏れた。それほど少女の姿は美しい。薄紫色のロングヘアーだが、ただの紫色ではない。薄紫色から内側に向かって水色、ピンク色、濃い目の紫色へと見事なグラデーションだった。


 着ている衣装も魔女の服装のような奇抜なものである。ミニスカートの部分はスリットが深すぎてパンツまで見えそうだ。足元はヒールの高いニーハイロングブーツ。


 そして少女の左側頭部には歯車が幾重にも重なったような光る物体が浮かんでいる。


 明らかに人間族とは違う雰囲気だが、閏の目が止まったのは少女の左側頭部ではなく、少女が右腕に抱え込んでいるだった。


「待て。そこのお前、手に持っているものを見せろ」


「ひゃあっ!!」


 唐突に少女の前へ飛び出した閏は右手を差し出していた。


 少女の謎の発光体のおかげで廊下は妙に明るい。紫色の大きな目をぱちくりさせる少女は四角い荷物を抱え込むようにして閏の視線から逃れた。


「こ、これは怪しいものではありません! これはユナの、その、絵画なんです!」


 それを聞いた閏は鼻息を荒くさせる。


「そうだろうそうだろう! その大きさと厚み! 俺も絵画で間違いないと思っていた!」


「へ……?」


 少女は思っていた反応と違ったのかキョトンとしている。


「誰の絵だ? お前のものか? どこの部屋に飾るんだ?」


 矢継ぎ早に飛んでくる閏の質問に少女はタジタジで答える。


「ええと、ユナはユナだから、部屋はユナしかないし、これはセツナが飾っていたものだから、誰の絵? セツナが描いたんじゃないの?」


 質問に質問で返してくるとは中々の阿呆だと閏は判断した。


「お前の言っていることは九割意味不明だが、それが絵画なのはわかった。だから見せろ」


 絵画以外の部分は何も理解していないということだ。


「で、でもこれユナの大切なもので……」


 くわっと閏の目が開かれる。


「本当に大切な前時代の名画だったら貴様の扱いは絵画に対する侮辱行為だ!! いくら額縁に入れてあるとはいえ裸で持ち歩くな!! 貴様の体温で絵の具が変色したらどうするんだ!!」


「びええええ!! すみましぇええええんっ!!」


 ついに泣き出した少女は素直に閏へ絵画を渡した。閏は泣き崩れた少女のことなどお構いなしに光源を求めて少女の左側へ寄っていく。


 そして、また叫ぶ。


「これは! カミーユ・コローの『オルフェウス』!! 正真正銘前時代の名画じゃないか!!」


『……貴様は忍びながら調査する目的を忘れているのか』


 麦虎の呆れたような声は聞こえていたが、閏の目はそれどころではなく、絵画の隅々にまで寄せられていた。


 霧の中の森を描いたような神秘的な光景だ。右下の部分には女性の手を引く男性の姿が描かれている。


 男性は女性を引きつれるように前へ前へと進んでいるようで女性の方を見ようともしない。


 女性の方はその様子に戸惑っているのか、表情からは悲しみも喜びも感じられなかった。


「素晴らしい! 見ろ、この幻想的な灰色を! コローと名づけられたこの灰色はカミーユ・コローの数々の名作を彩ってきた唯一無二の配色だ!」


「ええと、じゃあセツナが描いたんじゃないの?」


 そこでようやく閏の興味が少女へ移った。


「そういえば、お前誰だ? 魔族だよな。お前が『ガフの部屋』を盗んだのか?」


 ビクッと両肩を跳ね上がらせた少女だが、閏の値踏みするかのような失礼な目線に腹を立てたようだ。


「違うもん! ユナが『ガフの部屋』なの! 奪われたのはセツナの方だもん!」


 これには閏も驚いて目を見開いた。


「なんだと!? 『ガフの部屋』なんていう古代兵器の危険物にカミーユ・コローの『オルフェウス』が飾られていたというのか!?」


『驚くところがおかしいだろう』


「もう返してよー!」


 ひょいっと絵画を持ち上げてユナの手から絵画を守る閏は心底ユナを値踏みし始めた。


「ふぅむ、古代兵器になど興味もわかなかったが、インテリアにこだわりを持つ古代兵器となると話は別だ。いや、人格があるのなら話が合うはずだ」


「君と話が合う人、変だと思うよ」


 率直なユナの意見は閏の耳に入らなかった。


「貴様が本当に『ガフの部屋』なのかまずは確かめる必要があるな。おい、部屋の中に俺を入れろ」


 じーっと、ユナの目は閏を真っ直ぐに見る。


「どうした?」


「……ユナのこと『ガフの部屋』だと知っても中が見たいなんて、怖くないのかなと思って」


 数千年前、『ガフの部屋』が人類の前に姿を現したとき、魔界の公式な記録では一瞬で十万人の命が奪われたという。


『ガフの部屋』の中身を見た。ただそれだけの理由で奪われた命は十万人分だ。


 以来、兵器としての側面もあるという理由で、『ガフの部屋』は魔導具に認定された。


 今の地上界には数千年前の滅びた時代に追いつくように、魔法の文明と共に科学文明も飛躍的に発展しており、テレビもネットも普及していた。


 もしも、『ガフの部屋』の中身を見せようと思ったら、十万人どころか、何億人という人間が一斉に中身を見るだろう。そして、中身をその目で見たのなら、命は奪われる。


 そう考えると確かにユナの言うことは一理あるが、ブービートラップの効果如きで魔人の魂が消滅するとは思えない。


「自己紹介がまだだったな。俺は魔人の息子、時十閏だ。貴様如きに敗れるとは思っていないから安心しろ」


 にこっと笑ったユナはぴかーっと学園中が明るく照らされるほど全身から発光した。


「言い方が王様過ぎてムカつくから見せてあげるね」


 何で怒るのだろうか。とは思ったが一瞬で視界は暗くなった。


 黒いのではなく暗い。夜の部屋だ。明かりがついていないから、なんとなくしかわからないが、一瞬で壁に囲まれた気配を感じた。


「ユナ、明かりをつけてくれよ」


 すると、ぼんやりと前方に人の姿が浮かんだ。近付いてみると前方にあったのは窓だ。


 カーテンもかかっていない夜の学校を映し出す窓にユナの姿がぼんやりと映っている。しかし、振り返ってもそこにユナの姿は無い。


「不敬だもん。ここは神様の部屋。顔を上げて見るのも本当は失礼なんだからね」


 部屋全体から響くユナの声を聞いて確かにそれはそうかと閏は考え直した。


「しかし、実際に窓を見ても、何も無い空間と壁を見ても俺の体に変化が起こらないということは、ブービートラップが作動していないんだな」


 本来であれば罠の効果により、部屋の中を見ただけで即死するような魔導具がユナの正体だ。


「だから! 作動していないんじゃなくてセツナは侵入者に奪われちゃったの!!」


「意味不明なんだが、ブービートラップって魔方陣のような術式だろ。術式を奪うって例えば描かれた床ごと持ち去られたということか?」


 そうではないとユナは、鼻があるなら鼻息を荒くするように答えた。


「床に描かれた術式だったけど、急にぽわわわんって光る球体にセツナの姿が変わったの!!」


 魔法の効果と魔力だけ独立して動き出したということだろうか。


「んで、そのぽわわわんとして光る球体にもお前みたいにセツナという名前があって人格があるということか?」


「当たり前でしょ! ユナたちには魂ありますもん!!」


 心外ですもん、みたいな感じで言われても困る。古代兵器の常識など持ち合わせていない。


「奪われた、と言っていたな。この絵画を選んだ慧眼の持ち主はもしやセツナの方か?」


 しゅっと視界が切り替わり、気が付けばまた廊下に立っていた。足元には麦虎もいる。 


 目の前に人型で立つユナは眉も下げてしょぼくれた表情でぼそぼそと話す。


「突然のことだったの。いきなりユナの中に大勢の人が入ってきて。本当だったらセツナの能力でみんな死んじゃうはずだったのに、なぜか誰も死ななくて。びっくりしている間にセツナがユナの中から飛び出しちゃって。中に入っていた人もセツナを追いかけて行っちゃった……」


 なんらかの原因でブービートラップが作動しなかった可能性が高い。



☆☆☆

ちょっと長いのでここで切ります。

ユナっち可愛いって思った方は♡や☆で応援していただけると嬉しいです(*´ω`*)


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