近森の吟ちゃん 2 中学生の勇気

博雅

その二のお話です。


☆☆☆


8月7日、所は尼崎。

中学生一年生の男子生徒、田森宏斗が襲われた。

宏斗は元来内向的でおとなしい性格であり、小学校でもよくいじめにあっていた。

鬱屈した感情は時として父母に向けられることもままあったのだ。


自他ともに認める富裕層であり、7LDKプール付きの邸宅を抱えるほどの裕福っぷりを見せていた彼の家庭は、当然といえば当然、悪の勢力にその財力に目をつけられたのである。


7日、黒尽くめの三人組が、お留守番兼就寝中の宏斗の邸宅に侵入した。カメラは既に述べた通り機能していない…もとい、機能させられなくなってしまっている。カケコムのセキュリティも突破されいていたのか、防犯機能もまた無効化されていた。今回用いられたのは、高圧バーナーで円形に、防犯繊維入のガラス戸を焼き切るものだ。


男たちはなぜか、おっちょこちょいな動作を始めた。侵入においてこれほどのプロならば、千両箱がどこにあるかくらいは把握しているはずだからである。しかしやがて、


「あったぞ」


と一人の男の声があがる。案の定、ジュエリーボックスと、鍵付きの金庫がその腕に抱えられていた。


「今日はこれまでだ。とりあえずずらかるぞ」


そのすべてを、隣の部屋・自室で隠れながら聞いていたのが宏斗である。


(怖いよ、かあさん、とうさん)


恐怖で文字通り手足が震えて止まらない。男たちはすぐ傍の部屋にまで迫っている。


(このまま静かにしていればやり過ごせるかも…)


しかし、震えを止めようとして右腕を動かした瞬間、置いてあったペットボトルをフローリング床に倒してしまう。男たちの静かな、しかししっかりとしたやりとりが聞こえてきた。


「隣か」

「やっちまうか」

「ついでだ、見られてもやっちゃっていいだろ」


ベッドの向こう際に隠れている宏斗。だが、運命とは残酷なものか、見つかってしまう


ゴスッ。


宏斗は頭に鈍い痛みを憶えた。が、必死にこう叫ぶ。


「か、顔は見たからな!」


男が即座に言い返す。


「見ただァ? どうせ忘れるだろうが。じゃ、もらってくぜ」


しゅっ、と今度は腕に痛みを覚える。切りつけられたらしい。そして、ドン、と思いっきり蹴飛ばされた。


宏斗の意識は、男たちが退散する足音と比例するかのようにして薄らいでいった。

同時に、宏斗が見た悪人の顔の記憶とともに。

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