想い出屋へいらっしゃい

daisysacky

プロローグ

プロローグ 1

カタカタカタ…

リンリンリン…

静かな早朝。

新聞配達の自転車の音。

ワンワンワンワン…

配達員に吠える、近所の犬。

カラカラカラカラ…

窓を開けているのでしょうか?

ピチピチピチピチ…

鳥のさえずり。


 男は、枕もとのメガネに手を伸ばし、目覚まし時計をのぞき込むと、

やおら布団の中で伸びをしました。

朝の5時半。

先日定年を迎え、もう早起きをしなくてもいいというのに、習い性なのか、

目が覚めてしまいます。

そんな自分のことを、馬鹿らしく思いますが、けれども愛おしくも思うのです。

 だけれど、今日の彼には、ある目的があるのです。

定年になったら、これをするぞ!と心に誓っていたことです。

 彼は手早く、枕もとに置いている服を身に着けると、立ち上がって窓を

開け放します。

木造平屋建てのこの家は、もう築30年。

自分と同じくらい、ガタがきています。

そして思いっきり、背伸びをすると、朝の空気を胸いっぱいに、吸い込みます。


 窓の外を見ると、野良猫の《ボス》が、のっそりと庭先に現れて、じぃっと

男の方を見上げています。

「おはよう」

男は《ボス》に、声を掛けます。

《ボス》はニャアとも、瞬きもしないで、ただ黙って、チョコンと座り込んでいます。

すると、「ちょっと、待ってろよ」と言って、男は台所へと走りました。


 昨晩のあまりもののお味噌汁を、これまた炊飯ジャーに残っていたご飯にぶっかけて、かつお節をのせた、いわゆるねこまんまを皿に盛ると、《ボス》の前に置いたの

でした。

 さらに顔を突っ込んで、夢中に食べる姿を、男は目を細めて、眺めております。

皿が空になると、猫は愛想なく無言で立ち去り、

「挨拶ぐらいしろよ」

男が背中に声をかけるも、まったく相手にもしません。

ため息をつきつつ、空っぽの皿を手に取ると、台所へ取って返し、さて自分の食糧を

作ろうと冷蔵庫を開けました。

長年の習慣で、朝は決まって、白飯と納豆とみそ汁。

これは生まれてこのかた、変わらないメニュー。

たまには、パンを、と言われたこともあるけれど、

彼にとっては、食べた気がしない…と言って、いつもの白米に戻したものでした。


 ご飯を茶碗に盛ると、いの一番にするのが、仏壇に手を合わせること。

湯呑にお茶を入れると、黙って手を合わせる。

そこには、若々しい女性の笑った顔。

「いよいよ、今日からだよ」

男は、写真の女性に向かって、話しかける。

「一緒に、迎えたかったな!」

そうして玄関に向かうと、郵便ポストに入った新聞と手紙を、手に取る。


「おはようございます」

 燐家のおばあさんが、犬の散歩に出かけるところ。

「おはようございます」

男が返事をすると、

「お散歩ですか?」

わかりきったことを聞きます。

「はい。今日も早いですね」

おばあさんが言うので

「お互いに」と言い、家に取って返しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る