虹の夢

天川裕司

虹の夢

タイトル:(仮)虹の夢



▼登場人物

●虹江郁夫(にじえ いくお):男性。40歳。在宅ワークの形で絵描きや漫画家をやっている。ノスタルジーが好き。

●クライアント:男性。40代。一般的なイメージでOKです。現代ニーズだけを求める。

●夢野花蓮(ゆめの かれん):女性。30~40代(若く見える)。郁夫の理想と本能から生まれた生霊。


▼場所設定

●郁夫の自宅:都内にある平凡なアパートのイメージで。部屋内がアトリエになっている。

●Dream in the Picture:都内にあるお洒落なカクテルバー。花蓮の行きつけ。


▼アイテム

●Needs in Reality:花蓮が郁夫に勧める特製の錠剤。これを飲むと現代ニーズに対応できるようになる。でも効能期限は3カ月。

●Two Dimensional Dream:花蓮が郁夫に勧める特製のカクテル。これを飲むと絵の世界に入りそこでずっと住めるようになる(外から見たぶんには普通の絵と変わらない形で)。


NAは虹江郁夫でよろしくお願い致します。



イントロ〜


あなたは現実に疲れていますか?

それとも元気に生きているでしょうか?

得てして現代人の多くはこの現実に疲れ、

自分だけの空間…永遠に心休まる空間が欲しい…

そう思ってるんじゃないでしょうか。

でも人間の世界には必ず限りがあるもの。

どんな恵みや安心、平和にもやはり限りがあって、

永遠に1つの事が続かないのが人間の世界。

ノスタルジーもその内に含まれるでしょうか。

今回は、こんな事に悩み続け、自分なりのゴールに辿り着いた

ある男性にまつわる不思議なお話。



メインシナリオ〜


ト書き〈自分の部屋のアトリエ〉


俺の名前は虹江郁夫。

今年で40歳になる絵描きだ。


俺はこれまで普通にサラリーマンとして働いてきたのだが、

組織社会がどうしても自分に合わず、自分の道を模索していた。


そして辿り着いたのがこの絵描きの世界で、

画家としてやっていく上、勉強に勉強を重ね、独学もして、

水彩画や水墨画、油絵やフレスコ画など、

とにかく自分にできるものは何でもやってきた。


その間に漫画コミックを描いたりもし、

少しでも自営していく為の土台を自分なりに築いてきたのだ。


だから俺の仕事は今で言う在宅ワークに近いだろうか。

どこかのクライアントから依頼を受け、それで絵を描いて納品し、

それなりの報酬を貰って生活費の足しにする。


でも今、俺のもとに注文は全く来なくなっていた。


郁夫「よし!出来たぁ。…はぁ〜ノスタルジーだなぁ。こんな環境の中で、ずっと埋もれるようにして生活してみたいよ…」


俺は今日も又、1枚の絵を描き上げていた。

テーマはそのまま「ノスタルジー」。


自分の好きなもの…自分にとって心休まるものを周りに置いて、

絵の真ん中には自画像として自分を描き上げ、

その自分を取り巻く環境は子供の頃の、

あの「いつかは帰ってみたい」と憧れに思う

ノスタルジックな環境。


俺は今、こんな絵を何枚も描き上げていた。

少し前から注文が来なくなり、

「よし、今こそ自分が好きな絵だけを描いてみよう」

そう思って始めたのだが、10枚20枚描き上げた今でも

そのうち来ると思っていた注文はやって来なかった。


郁夫「ふぅ。…あれかなぁ、もう絵描きじゃやっていけないのかな」


確かに一応漫画も描いてはいたが、

そちら方面でのストーリーを書き上げると言う才能は

俺にとって少し乏しく、どちらかと言うと

普通に1枚の絵を描き上げるほうが性に合っている。


だからか世間のニーズと自分のニーズが合わず、

俺はいっときから在宅ワークで全く稼げなくなっていたのだ。


ト書き〈カクテルバー〉


まぁそれでも今までそれなりに注文があったので、

すぐ経済的に困ると言う事はなく、それなりに貯金もあり、

俺はこの日、これまでに稼いだ金を手に持ち

行きつけの飲み屋街へ足を運んだ。


唯一の嗜好品と言えばお酒。

そうしていつもの飲み屋街を歩いていた時。


郁夫「ん、あれ?こんな店あったんだ」


いつも来ていた飲み屋街なのに、全く知らないバーがある。

名前は『Dream in the Picture』。


郁夫「へぇ、なかなかシャレてるじゃないか」


外観から店内まで何枚もの絵が貼られており、

俺の為にあるような店。

俺はそこが気に入り、中に入ってカウンターで1人飲んでいた。


していると後ろから…


花蓮「こんにちは♪お1人ですか?もしよければご一緒しませんか?」


と1人の女性が声をかけてきた。

見ると結構な美人。


まぁそんな時でもあり、俺も話し相手が欲しかったので、

隣の席をあけて彼女を迎えた。


彼女の名前は夢野花蓮さん。

都内でメンタルヒーラーやスピリチュアルコーチの仕事をしていたようで、

どこか上品ながら落ち着いた雰囲気があり、

一緒に居るだけで何となく安心できる…

そんな不思議なオーラの持ち主だった。


郁夫「へぇ。ヒーラーさんなんですか」


花蓮「ええ♪今とても人気のあるお仕事なんですよ?」


喋っている内に気づいたが、

彼女にはもう1つ不思議なところがあって…

「昔どこかで会った事のある人?」

のような印象も漂っている。


そんな雰囲気からか彼女に対しては不思議と恋愛感情が湧かず、

代わりに自分の事をもっとよく知って欲しい…

今の悩みを解決して貰いたい…

何となくだが、ふとそんな気にさせられるのだ。

そして俺はその通りに行動していた。


花蓮「へぇ♪あなた、絵描きさんなんですか?」


郁夫「え、ええ、まぁ一応。でも最近はもういけません。この絵描きという仕事も現代ではもうニーズが無いんでしょうね。これでやって行けるのはほんの一握りの人達だけ。それも強力なコネや特別な下駄でも履いてなければ、たちまちポシャってやってけなくなるでしょう。あ、下駄ってのは皆が認めるような、立派な社会的ステータスの事です」


悩み相談のような形になった。

でも彼女は真剣に俺の話を聴いてくれていた。


花蓮「そうでしたか。あなたも大変な生活をなさってるんですね。良いでしょう。ここでこうしてお会いできたのも何かのご縁です。私が少し、お力になって差し上げましょうか?」


郁夫「え?」


そう言って彼女は瓶入りの錠剤のような物を

持っていたバッグから取り出し、

それを俺に勧めてこう言ってきた。


花蓮「これは『Needs in Reality』と言う特製の錠剤で、特にアーティスティックな仕事をされている方に重宝される物です。おそらくあなたもこれを飲めば、現在ニーズに即した形で仕事をやっていく事ができ、おそらく注文も増え、今の生活は次第に豊かになっていく事でしょう。いかがです?試してみられませんか?」


郁夫「…は?」


いきなりそんな事を言ってきたのでよく解らず、

俺は始め信じなかった。

でも…


花蓮「フフ、郁夫さん。何事も新しい事を始める時には、まず自分の力を信じる事です。そして自分の周りにあるものを信じ、将来、必ず幸せになれると思い込む事が必要です。おそらくあなたは今、自分の力が信じられなくなっているのでしょう。自分は世間に必要ない人間…そんな気持ちから逆に世間を恨むようになり、隠遁生活さながら、世間と自分を隔離して、わざと世間から遠ざかって生活なさってるのではありませんか?」


少し驚いた。

誰にも言ってない事を彼女は見透かすように言ってきた。


よくよく自分の生活を振り返れば確かに彼女の言う通り。

俺はどこかで世間と自分との間に一線を引き、

「自分を認めないような世間ならこちらからおさらばしてやる!」

そんな声を心に宿して、

俺は自分からクライアントの注文を敬遠していた所も確かにあった。


理由は、

「自分の描きたいものだけを描いて行きたい」

と言う信念のようなものが強くあったから。


郁夫「…少し驚きました。確かにその通りかもしれません。僕は絵描きとしてやっていく以上、やっぱり自分の描きたいものを描いていきたいんです。でなければその絵に魂を込める事もできず、責任をもって仕事を果たす事ができない…そんな思いがどこかにあったからでしょうね…」


花蓮「ええ、何となく分かります。ですが、それでは目の前の生活費を稼ぐ事はできません。やはり仕事としてやる以上、嫌な事でもして行かなければ生活の土台はおろか、あなたが今言われている『好きな事』すら出来なくなりますよ?」


当たり前の事を言われてるようだったが、

やっぱり彼女は不思議な人だ。

他の人に言われたら弾くような事でも、

彼女に言われると素直に聞き入れ信じてしまう。


ト書き〈数日後〉


それから数日後。

やっぱり俺は彼女の言う事を聞き、

あれから彼女に貰った錠剤を飲み続け、

なんとか仕事に打ち込もうと専念していた。


でも彼女の言った事は本当で…


郁夫「な、なんか俺スゴイじゃないか。こんなに早く、注文された仕事を終える事ができるなんて…」


それまで敬遠していたような仕事でも

俺はパッパとやり終える事ができ、

仕事の幅を増やす上で、いろんな注文に対応できるようになっていた。


こんな絵を描いて欲しい、あんな漫画を描いて欲しい…

そう言った注文にも柔軟に対応する事ができ、

その上でクライアントからの絶賛を受けていた。


クライアント「いやぁ、今回の作品も見事なものです♪大変ウケも良くて、ぜひシリーズ化してやっていきたいものですなぁ♪先生、よろしくお願いしますよ」


郁夫「ハハwどうも有難うございます。これぐらい容易いもんです」


そんな感じで俺の元にはまた収入が増え始め、生活も潤った。


ト書き〈3ヶ月後〉


でもそれから3ヶ月後の事。

俺の身にトラブルが起きていた。


郁夫「くそっ、やっぱりダメだ!こんな心にも無いような絵、絶対描きたくねぇよ!やめたやめた!」


それまでどんな注文にも柔軟に対応できていた筈が、

その日来た絵の注文には全く対応できなくなっていた。


薄っぺらなテーマの上に、ただ幼稚な明るさだけを求めたような絵。

子供っぽい女の子を描き、

周りにその子を崇拝するようなキャラ・環境を仕上げ、

ただウケを狙わされる為だけに描くようなそんな絵だ。


俺はこういうのが本当に嫌いでまっぴらごめんで、

もっと奥行きがあり意味のある、

自分なりに描いてて幸せになれるような

そんな絵だけを求めていたのだ。


郁夫「…でもなんで描けなくなったんだろう」


思い当たる節が1つあった。

それは彼女に貰っていたあの錠剤が切れた事。


あの薬はちょうど3ヶ月分で、昨日から俺はそれを飲んでいなかった。

飲まなくてもやっていけると思っていたから。


でも「きっと理由がそれだ」と思った途端、

俺は彼女にどうしても会いたくなって又あのバーへ行き、

もしそこで彼女と会えれば又あの薬を貰いたい…

その思い1つで店に駆け込んでいた。


(カクテルバー)


すると彼女は前と同じ席に座って飲んでおり、

それを見た瞬間、俺は彼女の元へ駆け寄って

思った通りの事をそのとき言った。


でも彼女は…


花蓮「申し訳ございません。あのお薬は誰にとっても1回限りで、これ以上お勧めする事は出来ないんです」


と拒否してきたのだ。


郁夫「そんな…お、お願いしますよ!僕、ああいう薬がなければもう仕事が出来なくなっちゃってるんです!これまで在宅ワークの形でいろんな絵を描いてきました。その上でやっぱり描きたいものが絞られてきて、それ以外の絵の注文となるとどうしても心が拒否してしまって、心の強壮剤のような薬をクッションに挟まないと、もうダメなんです…!」


俺は断固、譲らない姿勢で、その後も食い下がった。

それと同時に、そのとき俺の本心も訴えていた。


郁夫「確かに、この仕事は僕に向いてないのかもしれません。でもそれは多分、この現代だから。現代が欲しがるニーズと、僕が欲しがるニーズがどうしても合わないんですよ。ひと昔前なら、僕にも描きたい絵が沢山ありました。その描きたい絵を多くのクライアントが注文してきてくれました」


郁夫「だから今その稼ぎをもってそれなりの貯金も出来て、今こうして生活する事も出来ています。…でも、世間は移り変わるもんなんです。その速さは本当に凄まじい…。昨日認められていたものが今日にはもう認められなくなる。昨日人気のあったものが、今日にはもう全く人気がなくなる。そんな訳の解らない勢いの付いた現代で、僕はもう、ほんと言うと…やってく気が全く無くなっちゃってんです…」


現代でのニーズの移り変わりの早さ。


何もかもが本当にすぐに変わっていく事で

それまで手にして、「ずっと続いて欲しい…」と思っていたその平安も、

時代を動かす何かに奪われるようになってゆく。

ずっと自分のもとに留まって欲しいと思っていたその幸せも、

必ず限りが有るようにみんな消えてゆく。


ノスタルジックな絵に執着したのも

その忌々しい時代の移り変わりに怒りを覚えたからだ。


そんな事をその時、延々と俺は彼女に向けて話していた。

でも彼女はそんな愚痴のような俺の話を

ずっと真剣に聴いてくれていた。


そして少し沈黙が流れたあと彼女は…


花蓮「…郁夫さん。あなたはきっと、限りなく幸せを感じられる空間が欲しいんですね。その気持ちも私はよく分かります。誰しも永遠に憧れるもので、それが自分にとって幸せなものなら、やっぱり『ずっと続いて欲しい』って思いますもんね」


花蓮「分かりました。では、あなたのその望みを叶えて差し上げましょうか」


郁夫「…え?」


そう言って彼女は指をパチンと鳴らし、

一杯のカクテルをオーダーして

それを俺に勧めてこう言った。


花蓮「もしその夢と気持ちが本気なら、ぜひそちらをお飲み下さい。それは『Two Dimensional Dream』と言う特製のカクテルで、それを飲めばあなたは永遠に変わらない、あなただけの幸せな空間に留(とど)まる事が出来るでしょう」


花蓮「でも良いですか?その変わらない幸せな空間に一歩足を踏み込めば、あなたはもう2度と今の生活に戻る事はできません。もしその覚悟がおありなら、ぜひあなたの手で、あなたが望むその幸せを掴み取って下さい…」


少し怖い事を言われてるように思ったが、

やっぱり彼女は不思議な人。

彼女に言われるとやはりその気になってしまい、

俺はそのカクテルを手に取り、彼女が話し終わらない内に

一気に飲み干していた。


ト書き〈郁夫の部屋のアトリエで〉


そして俺のアトリエには今、1枚の絵が置かれている。

それは俺の自画像を描いた絵で、周りには子供の頃の思い出、

その思い出を彩ってくれる暖かなもの達が散乱している。


両親を始め親友やクラスメイト、

皆と一緒に遊んでいたファミコンゲームや

ローラースケート、スケボー、野球のグローブやバット…。

とにかく懐かしいと思えるものが沢山あって、

俺はそれに囲まれるようにずっと笑顔でこっちを見ている。


俺はどうやらあのカクテルを飲んだ瞬間、意識が飛んだようであり、

次に気づけばこの絵の中に住んでいた。


花蓮「フフ、今日も楽しそうに、みんなに囲まれてる。その絵の中の世界にこそ、あなたの幸せな空間があったのね。絵だから周りは一切動かない。何も変わる事が無く、その時の幸せを留めておける。あなたが望んだ幸せはそれ。幸せをどんどん消して行くような世間の勢いに、あなたはもう付いて行く気がなかったのよね」


花蓮「私は郁夫の理想と本能から生まれた生霊。その夢を叶える為だけに現れた。確かに世間はどんどん変わり、今幸せに思えているそのものも、そのうち消えていく。誰かが消してるのかもしれないけど、それが現実よね」


花蓮「若い時の自分の写真に幸せを見る事があり、懐かしい風景に平安を見て、昔の記憶にこそノスタルジーを覚え、それなりの幸せに浸り続ける人達も多く居る。きっと郁夫もそんな人達と同じような心境を持っていたのね。この『郁夫の変わらない幸せを留めた絵』が色褪せないように、私がちゃんとメンテナンスして、保管しといてあげるわ…」


動画はこちら(^^♪

https://www.youtube.com/watch?v=eJHFiTwbx10&t=8s

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虹の夢 天川裕司 @tenkawayuji

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