第5話 故郷

今日は大都会のビルに出張している時間屋。通る人は多いのにお客さんは来ない。うう…。

仕方無く管理表の確認を一日中していた。長かった…。

本日は閉店…

「待って下さい!」

「え?」

閉じかけたシャッターの下に人がいた。

サラリーマンかな。2、30代の若めな男性。スーツに黒い鞄で、通勤中ってはっきりと分かる人だ。

「お客様、どうかしましたか?」

彼は少しおびえていた。目は堂々としている。

「俺は…吉上よしがみといいます」

「はあ。吉上さんですか。私はあがたと申します」

私は自分から名乗った人だけに名乗ります。

「実は…俺…えっと…」

いきなり告白?おっかない人だなあ。

「俺…実は人間ではないんです。狸です」

「え?た…たぬ…きい?」

狸って本当に人間に化けるのかー。初めて見たー。

「見ての通り狸です」

いや。どこを見ても狸か分かりません。

吉上さんは私がよく分かっていない、と分かったのか今から見せます、とつぶやいた。ぽんっとポップコーンがはじけるような音がした。煙がもくもくと出てる。理科の実験みたい。

煙がすうっと消えたら中型犬ぐらいの狸が出て来た。

「これが…俺の本当の姿です」

2本足で立ってる狸かわいいー。じゃなくて。

「吉上さんはどういった御用でこちらにいらしましたか?もし良かったら店内にお入りになって話しますか?」

2本足で立ってる狸を大都会で見たらぞっとするよね。

プライバシー保護しよう。

「はい。店内に入ってもいいでしょうか?縣さん、お気づかいありがとうございます」

礼儀正しいなー。この人。こっちが申し訳なくなります。

テーブルは…上にある荷物をどけていけばいいか。ぽいっ。

「どうぞ。中にお入り下さい」

…狸に椅子っている??どうしよう。ヤバいヤバい。

と思っていたら吉上さんは人間の姿になっていた。

「失礼します」

ここは職員室じゃありませんよ。私…職員室入った事無い。

「外からは見えませんし、聞こえませんので…。ご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

吉上さんは数秒固まってから答えた。

「えっと…俺と関わった全ての人の記憶を消してほしいです」

「え?けけ消す?」

全然ついていけない。狸が人の姿にじゃって…会社で働いていて…関わった人の記憶を消してほしい、って時間屋に頼みに来たって事でいいのかな?

「俺が元々住んでいた森に帰ろうかと思いまして。もう森の木が切られて遊園地にされてしまうんですしかもその遊園地を作るのが俺の会社で…」

「森にいる他の狸さん方はどうするんですか?」

「別の場所に逃そうと思います。俺も一緒に行きます」

これは厄介なケースだ。私に相談されても解決できない。

吉上さんのとってはかなりつらい事なんだろう。

「そもそもどうして人間として会社で働いているんですか?」

「池で溺れかけてた時に、たまたまそこを通りかかった人間に助けてもらったんです。それ以降憧れて…」

ふーん。人間かあ。命の恩人…。

「ぶくぶく茶釜みたいに恩返しって事?」

「ぶんぶく茶釜ですね」

…すまない。私には常識が無いからね。

記憶を消す事はできなくはない。でも消したら…吉上さんが人間でいた時の事を知る人はいなくなる。

それに…もう一つ気になる事がある。

「自分の故郷を壊されて悔しくないの?」

「悔しいです。でも…俺じゃどうにもならない」

ここは私の助けが必要のようね。

「私が協力してあげる。その森じゃない所に遊園地が建つように調整するから。いい?」

「ほ…本当ですか?」

吉上さんがすっとんきょうな声を出した。

「縣さんって普通の人間ではないですよね」

「そうよ。私はこの地球の人間じゃない」

時間屋、少しは本気を出しましょうか。


「この工場の跡地、どうかしら?」

私は地図を吉上さんに見せた。周りの時間止めて、2時間かけて探し出した土地だ。めっちゃ疲れた。

「駅も近いし…森より広い!ここなら課長達も賛成してくれるかもしれません!話してみます」

吉上さんの故郷を思う気持ちは強いなあ。

「縣さんはどうやってこの土地を探したんですか?」

「丁度知り合いが持ってた工場で、最近移転したらしいから。たまたま買ってただけ」

私にこの土地いるー?って聞いて来たのよ。本当に迷惑。各地を旅する時間屋には必要無いからね。

「ありがとうございました。では…代金の思い出を、貸しますね。どうぞ」

「まだいりません。吉上さんが課長達と話して、森の木を切らないと分かってから…ここに来て下さい。お代はその時でいいです」

吉上さんはびっくりしている。

「このお店って一人一回しか来店できないのでは?」

私はチッチと右手の人差し指を振った。

「いいえ。それは普通の人間の事です。狸の吉上さんはまたご来店できますよ」

「そうなんですね。では一旦失礼します。縣さん、本日はどうもありがとうございました」

そう言って立ち上がった吉上さんからぐううっと音が鳴った。はは〜ん。さては…。

「吉上さん、ここで夕食を食べて行きませんか?私今夕食食べるので、もし良ければご一緒に…」

「いいんですか⁉︎下さい」

という訳で私は吉上さんと夕食を食べた。

唐揚げとご飯の定食みたいな組み合わせ。

吉上さんはおいしそうに食べてくれた。

そして帰った。


吉上さんと会ってから2日経った。別に驚く事では無い。再開するまでに4ー50年かかる人もいるから。2日じゃ全然よ。会社員だから働いていないとでしょ。

私はいつでも問題無し。

夜になった。こっちに向かって近づいているような足音がする。

「縣さん、こんばんは」

吉上さんだ。ちょっと緊張している。

「えっと…その…」

どうだったの?早く教えて。

「上手く行きました!あの工場の跡地に変更になりました!ありがとうございます」

「こちらこそ。あの土地を持っていても困ったので使ってもらえて何よりです」

にこにこしている吉上さん。良かったー。ま、最悪上手く行かなくても私が何とかできるから。

何とかするのは大変だからやらなくて良かった。

「さ、代金の事ですが…」

吉上さんが身構えた。空気がピリピリする。

「森とか会社のお話をここでしてくれませんか?」

「え⁉︎」

普通の人間以外は思い出を借りるの少し難しいんだよね。体力がかなりいる。

一瞬困った吉上さんはすぐに気を取り直した。

そして店の奥の椅子に座る。

「では話しますね。まずは…俺が森にいた頃の話からしましょうか。

あの山は緑がきれいで…空気がとっても新鮮です。この街とは比べ物にならないぐらい…」

「緑がきれいな山かー。いいなあ」

「緑だけじゃありません。水もきれいで…。四季折々の植物や風景だってありますから」

「四季かあ。春はどんな感じなんですか?」

「春は…」


その話は沈んだ日が再び昇るまで続いた。

私がその山を見に行ったら、落ち葉や紅葉で作られた絨毯が太陽に照らされていた。いい故郷だね。







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